ピンポイントのインプット

「ふぁ~わ」

「タカシ、眠そうだね」

「大分眠いです」


 秋学期が始まって数日。まだ真っ当な人としての生活を送るようには体が戻りきらない状況で、油断をすればあくびが出てしまう。大学には何とか来ているけど、足りない睡眠を授業中に取り戻しているという感じだ。

 そんな俺の様子を見て伊東先輩が苦笑い。「寝坊で単位落とさないようにしないとね」と言われれば、俺は「春学期のレポートはそれでひとつ出せませんでした」と返すのだ。せっかく苦労して書いたのに、起きた頃には提出期限が過ぎていたとかいう笑えないヤツ。


「え、シャレになってなくない?」

「マズいですかね」

「この調子だとマズいね。授業中寝てたらテスト落とすよ。第二言語とか大丈夫?」

「第二言語は起きてても自信ないですね。まあ、うとうとはしてますけど」

「タカシって第二言語ドイツ語だっけ」

「ですね。高崎先輩から辞書をもらいました」


 春のテストは高崎先輩から譲ってもらった辞書のおかげで何とか空欄を作ることなく解くことが出来た。高崎先輩の辞書は本当に使い込まれていて、授業で言われたポイントなんかも余白に書き込まれていた。あれには本当に助けられたなあ。


「ああ、高ピーってめっちゃ勉強するからね」

「紙の辞書って、コラムとか豆知識みたいなのが角っこに書いてあったりするじゃないですか」

「ああ、あるね。わかるよ」

「高崎先輩の辞書の、オクトーバーフェストに関するコラムが丸で囲まれてたんですよね。テストに関係するのかなと思って昨日の授業中に読んでたんですけど、ちょうどその話を授業でもしてたのでよく覚えてます」

「オクトーバーフェスト? でも、オクトーバーってことは10月のお祭りなのかな」

「端的に言うとビールのお祭りみたいなことですね」

「あっそれ多分テストどうこうじゃなくて趣味だね」


 俺も薄々そんな気がしてたけど、まあ、そうだよなあ。オクトーバーフェスト、本当に端的に言えば「ビール祭り」みたいなことだし。高崎先輩が絶対に好きなタイプのお祭りだなあとはコラムを読みながら思っていた。

 俺はビールが飲めないから満足に楽しむことは出来ないだろうけど、ドイツと言えばウインナーみたいなイメージもある。ジャガイモもあるって。そういう付け合わせだけでも十分美味しくいただけそうだなあと、寝坊の結果昼食抜きで滑り込んだ3限に飯テロを食らって。


「あ、そしたらオクトーバーフェストやる? MBCC流のオクトーバーフェスト」

「MBCC流と言うと」

「言い換えると10月の無制限飲みだね。ちょうどね、12日が果林の誕生日だから」

「そうなんですね」

「食べ物なんてどれだけあっても足りないし、俺も鍋の練習の成果を発揮したいからね。よし、そうと決まったら高ピーにも話さないとね。高ピーがやらないって言う理由なんてないんだから」

「ビール以外の物を飲んでも大丈夫ですよね」

「全然オッケー。よーし、ジャガイモ料理の研究だ」


 あれよあれよとMBCC流オクトーバーフェストの計画が組み上がり始めた。と言うか伊東先輩のやる気が凄まじい。俺はと言うと、軽い気持ちで発したことがこんな大きなことになってしまうのかと内心恐ろしくも感じていて。


「うーす」

「あっ、高ピーおはよー」

「おはようございます」


 ――とか何とか言っていたら、飲みの話が読んだかのように高崎先輩が来るんだもんなあ。まあ、授業終わりの時間帯だし普通にみんな来る頃なんだろうけど。


「どうした伊東、やたら張り切ってるみたいだけど」

「来月の12日にオクトーバーフェストやろうよ高ピー。場所は俺の部屋ー」

「オクトーバーフェスト? っつーと、ドイツのアレか」

「そう。高ピーが辞書のコラムに丸してたっていう、それ。あとは高ピーさえゴーサインを出してくれれば、俺はうちの調理機器をフルに活用したジャガイモレシピの研究に入るよ」

「よし、やるぞ」

「それでこそ高ピー!」

「やらない理由がねえよなあ、ビールとジャガイモの無制限飲みなんかよ」

「あの、先輩。ジャガイモをそれだけ用意するとなるとコストは……」

「それを何とかするのが俺らの腕だろうがよ」


 飲み会に懸ける先輩たちの情念がすごいなあと思う。伊東先輩はあまり飲めないけど、無制限飲みの専属シェフとしての気合いが尋常じゃない。しかも高崎先輩によれば伊東先輩は何かすごい鍋を買ったって言うし。

 で、当日までにジャガイモをどう調達するかっていう会議が始まりましたよね。「ケースで買う?」とかっていう恐ろしい規模の単語が聞こえてきたけど、よくよく考えたらオクトーバーフェストは果林先輩の誕生会だ。それくらいないとダメですね。


「しかしジャガイモな。どこで買うのが安いかね」

「みんなアンテナ張って、適宜報告だね」

「あの、俺も何かの間違いでジャガイモの安いところを見つけたら報告すればいいですか」

「ああ、そうだな。星港市内ならまさかもあるかもしれねえ」

「頑張ります」


 最近じゃ普段の買い物もエイジに任せっぱなしだったけど、自分でも数字を意識してみよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る