スワロフスキーとガムシロップ

「カン、本当にここでいいのか」

「ああ、オッケーオッケー。サンキュースガ! そんじゃーな」


 指定された待ち合わせ場所からは少し距離のある適当な交差点でスガの車から降りる。まだまだ残暑とは言えない暑さが続いていて、少し歩いただけで汗が滲む。やっぱカフェの前で下りりゃ良かった。

 スガの車の中ではいろんなことを話した。SDXのこと、部活のこと、バンドのこと……IFサッカー部の活動はまたあるのかね、などなど本当にいろんなことを。それから、俺が呼び出された相手とその目的についても少し。

 店に着いて、店員に案内された席に向かえば、メニューをじっくり読みながら通しの水を飲む茉莉奈。茉莉奈と書いて“元カノ”とルビを振っといて欲しい。


「あ、太一。急に呼び出してゴメンですよ」

「いや、全然いいんだけど、どうした?」

「特に理由はなくて」

「ンだよ、何かあったのかと思ったじゃねーか」

「メニュー見る?」

「いや、いい。コーヒーにするし」

「コーヒーって言ってもいろいろあるけど」

「じゃあ見るわ。お前は?」

「もう決めたですよ」


 一目で即決して呼び出しベルを押す。俺は水出しコーヒーを、茉莉奈はアメリカンコーヒーとフレンチトーストを注文した。店員が下がると、俺は通しの水を一気に飲み干す。店の中は冷房がガンガンかかっているけれど、それでも体が水を欲した。


「茉莉奈お前、アメリカンとか飲む柄だったか? 俺のイメージだと、こーゆーの。ハチミツなんとかみたいな甘いの飲むかと思ったんだけど」

「少し飲めるようになったですよ」

「ガムシロなしでか」

「なしですよ」

「どーせあれだろ、戸田が飲んでたからとかそーゆーアレか」

「違うですよ、どっちかって言うと太一のまねっ子」

「え、俺の?」

「本当は甘いの好きじゃないとか、先に言っといてくれれば無理矢理スイーツ食べに連れ回すこともなかったですよ」

「あー……それについては、サーセン」


 それは俺と茉莉奈が付き合う前の、何か雰囲気いいなーって頃の話。茉莉奈がパンケーキを食べたいって言うからそれに付き合ったんだ。俺は甘いものが食べられないこともないけど実はそこまで好きじゃなくて、メニューを見てめっちゃ悩んで。

 そこでは適当に甘さがまだ緩めだろうプレーンのパンケーキとブラックコーヒーを頼んで誤魔化してた。茉莉奈は何かカラフルなソースと生クリームがたくさん乗ったパンケーキをオレンジジュースと一緒に美味そうに食っていて。


「あの時に太一が言ってたのを試したですよ」

「何言ったっけ俺」

「ブラックコーヒーが飲めないなら甘いものを食べた後に飲んでみるといいって。口の中に甘いのが残ってるから味が引き立つし苦みもそこまで感じないーって」

「あー、そんなこともあったようななかったような」

「でも、茶道でもお茶の前にお菓子を食べるし、と思って。濃いのはまだ飲めないけど、アメリカンくらいなら飲めるようになったですよ」


 一方的にフラれて2ヶ月弱、知り合ってからの期間がまず短いということもある。だから互いに知らないことも、変わったこともたくさんある。茉莉奈の髪型も前までとは違うし。

 と言うか、フラれた理由が理由だけに嫌われているということもなく、むしろ好かれたまんま捨てられた俺は一体どうしろと。先輩やってりゃいーんすかと。


「そう、何で今日呼び出したかって話ですよ」

「あ、本題はあんのな」

「あるですよ。太一今日誕生日だから、一応プレゼント的な物を用意したですよ」

「えっ、マジで。いただけるんすか」

「また好み外してるかもしれないけど」

「いいよ、ちょーだい」


 小さな手提げ紙袋を受け取って、さっそく中を開けてみる。出てきたのは、スワロフスキーがキラキラ輝くト音記号のループタイと、キーホルダーみたいに持ち運べる爪切り。こちらも音符の模様が入っている。


「太一と言えばループタイですよ」

「え、なにこれめっちゃいい感じじゃん。本当にくれるの?」

「どーぞですよ」

「って言うか今つけるわ」

「そんなに?」

「どう?」

「うん、似合ってるですよ」

「ありがとな」


 俺は「戸田が部内恋愛を嫌うから」という理由で捨てられたワケだけど、まあ、つまりそれはあと2ヶ月もすりゃ“部内恋愛”ではなくなるんですけどその辺はどうお考えですか、とも聞いてみたいワケで。まあ、すぐには聞かないけど。

 今の茉莉奈は多分宇部の後ろにくっついてプロデューサー修行をしたり、戸田をきゃいきゃい追っかけてるのが楽しいんだろうから。インターフェイスの合宿にも出たとはカン経由で聞いた。何か甲斐甲斐しく面倒見てくれるいい班長に当たったとか何とか。


「ねえ太一」

「ん?」

「私が宇部さんみたいなすごいプロデューサーになるまで待っててくれますか」

「お前それは……ちょっと虫が良すぎるだろ」

「だよね、知ってたですよ」

「まあでも、俺がピアノ練習したり曲作ってりゃすぐだな」

「虫がいいついでに言わせてもらえれば、太一は人が良すぎるですよ。でも、次のステージでの曲にも期待してますですよ」


 ――とか何とかやっている間に、注文していたドリンクとふかふかのパンケーキが運ばれてきた。多分あれだ、俺の恋愛は夢も希望もないかと思えばスワロフスキーみたくキラキラしてるし、ほろ苦いようで底にはガムシロが沈んでいる。虫がいいのはお互いさまだ。

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