ミート・イズ・パワー!

 星港での買い物中、拓馬さんから通りがかりに拉致られたから何かと思えば連れて行かれた先は西海の焼き肉屋。つかこの人こないだも肉食ってなかったか。それはいいんだけど、そこでばったり会った顔だ。


「わー、高崎だー。どうしたの?」

「どうしたのはこっちのセリフだ。大石お前、どう見ても堅気だけど拓馬さんと知り合いか」

「何だお前ら、知り合いか」

「大学のサークル関係の知り合いっす」


 連れて行かれた店に、星大の大石がいやがったのだ。いかにもないい子ちゃんの大石と、伝説のヤンキー(……今は元ヤンか)の拓馬さんとの繋がりが全く見えなかったが、会社の社員とバイトだと聞かされ納得した。

 俺と拓馬さんとの関係も、さらりと濁して音楽関係のうんたらほにゃほにゃということになっている。まあ、音楽関係なのは事実だ。間に長谷川を挟めば説明は付く。そんな話の何を疑うでもなく「そうなんだー」とほけほけ信じる暢気な顔だ。


「元々千景とサシで肉食うつもりだったんだけどよ、通りがかりにユーヤを見つけたらなあ。どうせ肉食うなら食いっぷりのいい奴がたくさんいた方が俺もノるしな」

「あー、そう聞かされると納得っす。拓馬さん食わない奴嫌いっすもんね」

「長谷川とか長谷川とかな」

「そっか、高崎もいっぱい食べるもんねー。高崎と一緒だと俺が特別いっぱい食べるように見えなくなるから嬉しいな」

「あと1人呼んでるから、俺らは食い始めてようぜ。コースはしょぼいが食い放題だ。どんどんやれ」


 カルビを軽く6人前から始める拓馬さんの安定っぷりだ。拓馬さんは焼き肉に来るとマジで肉しか食わねえ人だ。こないだも俺が飯を挟むと邪道だと言われたし、今も大石がキュウリを頼もうとしているが、納得はしていない様子。

 自分の食いたい物は自分で世話をしなければならないというルールもある。網奉行たる物は存在せず、手前のことは手前でということだ。拓馬さんは肉を黙々と焼き、焼いては食い、食っては焼きを繰り返すだけの機械と化した。


「でも拓馬さん、こないだライブの後も肉だったじゃないすか。また肉なんすね。頻度高くないすか?」

「夏は肉だ」

「わかりますけど」

「これからうちの会社は繁忙期に入るから、そのための景気付けだな。飯を食わないと体力が持たねえ。俺の経験上、体力が一番回復するのは肉だ。だから繁忙期には肉を食う。っつーことだから千景、お前も野菜ばっか挟んでないで肉を食え。野菜は肉になる前の肉が食ってるから肉を食えば大体の栄養はコンプリート出来る」


 自分が焼いていた肉をどばどばと大石の皿に流し込み、空いた網で次の肉を焼く拓馬さんと言ったら、まるでヤのつくナントカがやってる焼き肉の屋台のようにも見える。言ったら港に沈められるだろうが。

 俺たちが談笑しながら肉を食っていると、席に近付いてきたのはひょろひょろとした男だ。大石も拓馬さんもガタイがいいから、比較すると文字通りのもやしっ子。知り合いのようにも思えない。


「拓馬、来ちゃった」

「気持ち悪いこと抜かしてんじゃねえぞ。ま、いいからお前も座れや」

「……えーと、呼んでたもう1人っつー人すか」

「あんまり塩見さんの知り合いには見えないなあ」

「それな」

「実際共通項はないが、一応元同居人だ。京川樹理っつー、向島大学の院生の皮を被ったクズだ」

「えっ、拓馬酷い。事実だけど初対面の人の前でクズって酷くない? あっ、それともこれから深く知り合ったときのために最初に俺の印象下げてくれてるみたいなこと? 第一印象悪い方が後からの印象が良くなるって言うし!」


 チャラいと言うか、軽薄と言うか。元同居人っつったか? 俺も大石も、この院生と拓馬さんがどういう結びつきなのかが見えないし、正直この院生のノリにドン引きしている。


「お前らはコイツとの“これから”なんざないから心配すんな」

「拓馬はまだ付き合ってくれるってことだね! また一緒に暮らそうよ」

「死んでも戻るか。お前の面倒見るのが嫌で一人暮らしを始めたんだろうが」

「女の子たちが待ってるよ!」

「勝手にヤってろ。人を棒の数に換算するな」


 拓馬さんにこんなノリで絡むとか怖すぎて絶対出来ないし、この院生は何者だという気持ちがどんどん大きくなっていく。いや、クズだということはこの時点で十分わかったが。そして院生はタッチパネルで卵のスープともやしのナムルを注文する。


「ねえねえ、この後この辺でどこかいいお店って知ってる? お酒飲みたいなー」

「酒飲むのは勝手だけど、どこに泊まる気だ」

「拓馬の家」

「ふざけんな。千景、お前地元だろ。どっか適当な店教えて放り込め」

「あんまり出歩かないんで知らないですよ、それこそ兄さんの店くらいしか」

「ん? お前の兄貴、店やってんのか」

「はい。駅前でバーやってて」

「へえ、それは俺も興味あるな。明日休みだし行くか」

「あ、でもちょっと普通のバーとは違うかもしれないですけど」

「問題ねえよ。教えてくれ」

「やったー拓馬の奢りー」

「樹理、誰がてめェと行くっつった」


 あれよあれよと決まる二軒目の計画。その中に当然のように俺も組み込まれているのだと知ったのはここの会計後、「お疲れっした」という挨拶に対するきょとんとした3人分の視線が刺さったとき。二輪で来てるからとかそんな言い訳が通用する気もしない。俺は生きて帰れるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る