手綱は握れない
「このクソ暑いのにサドニナがうるさい」
「元気があるのはいいことだよ」
「直、アンタは甘い」
今日もサドニナがサークル室にやってくるなりきゃいきゃいと歌って踊っている。窓を開け放てるような状態にないABCサークル室はただでさえ風も通らないし蒸すのにサドニナまで加わると逃げ場がなさすぎて。
「サドニナ、いい加減に静かにしなさい」
「やーですー。テスト対策教えてくれるなら考えてもいいですぅー」
「何でアンタにテスト対策を教えなきゃいけないの」
「サドニナ、ちゃんと授業に出てた?」
「ふえ~ん、直クンセンパ~イ! 何故か出席がちょこちょこ抜けてるんですぅ~、助けてくださ~い」
「直、助けなくていいからね」
「あー! 鬼の横やりー!」
アタシと直、それからサドニナは同じ経営情報学部。学部学科が同じなら、履修する教科もそれなりに似通う。どうやらサドニナは素行があまり良くないらしく、テストが近付いている今現在、出席で少し困っているらしかった。
当然、アタシと直がそんなことで困るはずもなく、そもそも1年の春学期からそんな状態でこれからどうなるのかと。助けろと泣きつかれても、助ける気にもならない。そもそも、普段の態度が態度だし。
「それはいいからさっさと歌うのやめる!」
「Kちゃん先輩は頭ごなしに怒鳴るだけじゃないですかー、ひどいー」
「いくら言ってもアンタが歌うのをやめないからでしょうが」
「こーた先輩はすごいですよ! ちゃんとサドニナの歌を聞いた上でどこをどうすればいいーとかアドバイスくれますしー。根拠があって優しいんですよねー。Kちゃん先輩はただただ怖いだけですしー」
「黙って欲しい根拠? 単純にウルサいから。ここはカラオケでもないし」
「やーい感情論ー。それに比べてこーた先輩は理路整然としててー」
「そんなにこーたがいいなら向島の情報にでも行けば? そしたらテスト対策だって野坂に集れるし。そうだ、それがいい。熨斗つけて送りつけてやろう」
はー、腹立つ。暑さで余計冷静さがじりじり奪われる感じだわ。イライラする。そもそもどうしてこの部屋はこんなにクソ暑いのか。窓を開けられる状態にしないとさすがに死人が出る。
と言うか、こーたはどうやってコレをここまで従順になるよう調教したのか。本人の言うようにサドニナの歌をちゃんと筋道立ててモニターすればいいみたいなこと? でもサドニナの歌を長時間聞くのも結構な拷問だ。
「直、確かどっかに簀巻きなかったっけ」
「あったと思うけど、まさか本当に」
「サドニナを巻く。そんで熨斗つけて向島に押しつける。向島は女子を欲しがってたし」
「で、でも啓子、確か向島さんが欲しがってたのは「春風の似合うぽわぽわして癒される可愛い女の子」だって言ってた気がするんだよ」
「条件にはひとつも合わないけどまあいいでしょう」
「それに菜月先輩のお眼鏡に適うか」
「ダメだったらその辺の川に放り込めばいいよ」
「Kちゃん先輩の鬼ー! そんなこと平気でやれるなんてKちゃん先輩くらいですよー! それにサドニナはおしゃれな街なかにある青女の、女子大生っていうブランドが大事なんですー!」
まさかいくらなんでも本当に簀巻きにして川に放り込むなんてことはしない。江戸時代なら私刑として行われてたかもしれないけど、現代でそれをやったらやった方が罪になる。サドニナのことで前科者にはなりたくない。
そして簀巻きを探すのにその辺の山をひっくり返していて気付く。この部屋は汚い。それこそ植物園ステージが終わった後から掃除らしい掃除なんてしていなかったから、荷物が平然とその辺に置かれていたりもする。そりゃ窓なんて開けられないし、窓にもまずたどり着けない。
「でも向島だったら本当にテスト対策もらえたんですかねー」
「それは知らないけど、ヒロが野坂に集ってるとは聞くから」
「ああ……何か打ち合わせの日程を決めるときにそんなことを聞いたような……」
「そういやアンタヒロの班だったね」
「そうだね」
「野坂先輩て頭いーんですか」
「アイツ成績オールSらしいからね。向島でそれなら相当いいでしょ」
「えー、やっぱ出来る人は心も広いんですよー、あー、Kちゃん先輩が野坂先輩みたいだったらなー」
「まあ、仮にアタシが野坂みたいでもアンタみたいな人は絶対助けないけどね」
結局、サドニナが困ってるのは自業自得なのだ。そしてアタシはサドニナの扱いを諦めた。こーたのように忍耐強く動画を見てはアドバイス~みたいなことは出来る気がしないからだ。
もし何かの間違いでサドニナがこーたに感化されて夏合宿の番組だけじゃなくてこっちのステージにも真面目に取り組むようになってくれれば一番いいんだろうけど、他力本願じゃなかなか上手くもいかないと思う。でも手綱はもう握れない。疲れた。暑いし。
「啓子、テスト前か後にサークル室の掃除しない?」
「しよう、窓も開けられないし扇風機置くスペースもないって問題だ」
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