天空にて求める潤い

公式学年+1年


++++


「うわあー……凄い人だ。ただでさえ暑いのにこの密度は倒れそうだね」

「これは1階に下りたくないじゃん?」


 7月の3連休は、緑ヶ丘大学のオープンキャンパスが開かれるということで物凄い人が大学に押し寄せていた。スクールバスも平常授業の時にはあり得ないようなピストン運行だし、入学式の時でも見ないような人口密度。これは真っ直ぐ歩けない。

 このオープンキャンパスで佐藤ゼミは全体ガイダンス係として駆り出されることになっていた。オープンキャンパスでは模擬授業や部活動見学、その他大学生活にまつわる見学会などがあって、そのアナウンスをしたりするのが全体ガイダンス係の役割。

 ちなみに、このガイダンス係も本来文化会に所属する司会放送部っていう部活がやってたそうなんだけど、何年か前に先生がぶんだくったよね。そういうのは華のある佐藤ゼミがやるべきだーとか何とか言って。余談でしたね。

 公式発表によれば3日間で1万人以上を動員するオープンキャンパスだけあって、佐藤ゼミもフル回転する。ガイダンスの他にも空き時間には2年生が番組を持ったりしているし、とにかく忙しい。


「俺、人混みって苦手なんだよね」

「人混みが好きって奴もそういないと思うけどな」

「あ、だよねえ」

「はー、あっつい。鵠沼、お茶買って来てくれる?」

「自分で行けよ安曇野」

「ここから下りたくないし」

「それは俺もじゃん?」


 2年生は番組やその様子をカメラで撮影する係を持ち回りで担当することになっている。今は俺たち3班が撮影係を担当していて、ガイダンス用のブースを一望できる場所にいる。ここは人もあまり通らないし涼しいし、何より静かだ。

 俺はミキサーの扱いを、鵠さんは腕っ節を、安曇野さんは撮影の腕を、そして佐竹さんはリーダーシップを買われて謎に3日間連続出勤を言い渡された3班だ。と言うか主に俺の所為みたいな扱いになってて疫病神と呼ばれ始めている。

 下を見下ろせばプラカードを持った学生スタッフの人が立っている。プラカードには講義名が書かれていて、どうやら受けたい授業のプラカードに付いて行くとその教室に連れて行ってもらえるというシステムらしい。

 緑ヶ丘大学は敷地も広いし校舎の建物もたくさんある。案内役の人がいなきゃ確かに迷うんだよね。俺も最初はガイド用のハンドブック片手に歩いてたし。でも社会学部はそこまで行動範囲が広くないからすぐ覚えたけど。


『9時半から体験講義が始まります。講義を受ける方は左手に見えるプラカードの前に並んでください』

「体験講義で人が捌けりゃちょっとは暑さもマシになるかね」

「なるといいねー……人が捌けたタイミングで俺も飲み物買って来るし、その時で良ければ安曇野さんのお茶も買って来るけど」

「そん時でいいし、じゃあ頼むわ」

「何茶がいい? 緑茶とかほうじ茶とか」

「爽健美茶。なかったら適当な茶色いの」

「わかったよ」


 オープンキャンパスは始まったばかり。撮影に不備はないと思うけど、やっぱり最初のうちは安曇野さんに撮影機材を見ていてもらいたい。適材適所ってあると思うんだ。俺が頑張るのは番組中や機材の組み立てが主だし、鵠さんは力仕事メインだし。だからパシられるのもこの場合はオッケー。


「って言うかさ、アタシら今日の昼で番組も終わるしその後はぶっちゃけやることもないのにここにいなきゃいけない的な事っしょ? しかも3日間」

「だな。それが地味にしんどいじゃん?」

「俺なんてさ、家から大学まで45分かかるし朝も早いのが大変だよ」

「でもお前は2日目も3日目もミキサーをやるっつー仕事があるワケじゃんな」


 ちなみに俺は自分の班の番組以外に3年生の担当するガイダンス放送や、ガイダンスの必要がないお昼の時間に果林先輩が担当する番組のミキサーを担当することになっている。3日間ぶっ通しで公開生放送をやるという経験はMBCCでもなかなかないい、貴重な機会だとは思うけど。でもなあ。


「しんどいにはしんどいよ。言っちゃえば休みが全部潰れるワケだし」

「それじゃんな」

「それだし!」

「果林先輩から聞いたけど、このスタッフとして出てきた分の報酬もそこまで良くないっていう話だしさ」

「えっ、報酬あんの」

「1日につき500円分の図書カードだって」

「安っ! 何も買えないし!」

「3日で1500円っつーことか。あと弁当とお茶」

「だね」


 報酬や潰れる休みのことを考え始めてしまうと始まったばかりだけどげんなりしてしまう。今は、この3日間をどう乗り切るかを考えるのが先決だ。暑いし、人混みで疲れるし。って言うかオープンキャンパスに来る高校生って真面目だね。


「って言うか鵠さんさ、オープンキャンパスの期間ってバイト。学食なんて忙しすぎるでしょ?」

「めっちゃ忙しいから手当出すし絶対入ってほしいって言われてたんだけど、断るのめっちゃ辛かったじゃんな」

「ドンマイ鵠沼。高木が謎にヒゲさんに目を付けられてなかったら2日はバイトに入れた物を」

「それな」

「えっ、俺のせいなの?」

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