スモーク・リミット

「よう性悪、久し振りだな」

「うるせえ、ガラスのハートが」


 顔を合わせるなり悪態を付き合うのは今に始まったことではない。俺とこの高崎悠哉とは、去年インターフェイスの対策委員として活動した間柄だ。一応外ではいい人の石川クンをやっているが、高崎に対しては地でやらせてもらっている。

 昨今では禁煙だ分煙だとすっかり喫煙者の肩身は狭くなってしまった。今も、店の奥の奥に設置された狭い喫煙席で煙草に火をつける。コイツとはそういう点での遠慮も要らないのが楽でいい。石川クンはあまり吸わない人だから。


「とりあえず、何か注文するか」

「石川お前、ガッツリ食うか? それともケーキとかで済ますか」

「俺は飲み物だけで平気だ。お前が食いたければ食えばいい」

「そうか。すいません」


 店員が注文を取りにやって来れば俺はソイラテを、高崎はキャラメルマキアートとパンケーキを注文した。写真を見ると、分厚いパンケーキにバナナとバニラアイス、生クリームが乗っていて、その上からキャラメルソースがこれでもかとかかっている。写真を見ているだけで胸焼けがしそうだ。


「そうだ高崎、何か美奈から言付かってて。お前に会うなら渡してくれって荷物を預かってる」

「おっ、サンキュ。俺もお前に言付けようと思ってたんだ。これ、美奈に渡してくれ」


 そう言って高崎が差し出してきたのは、俺が美奈から預かった小包と似たような大きさの箱だ。しかし、不可解すぎる。高崎と美奈の間に共通項が思い当たらないのだ。にもかかわらず、小包を交換し合うなど。そもそも、いつの間にそんなことになっていた。


「と言うか、美奈に何の用事がある。場合によっては殺すぞ」

「大した用じゃねえよ。俺と美奈は共同戦線張ってんだ」

「共同戦線?」

「ブラックデビルが販売終了するとかでよ。メーカー在庫分が切れちまったらそれっきりだ」

「なるほどな。ブラックデビル同士の仲間意識か」

「ああ。そんで、自分の買い物ついでに俺はピンクローズを、美奈はココナッツミルクを見かけたら買い占めない程度に買って、交換する。そういう話になってる。行動範囲が違うしな」


 ブラックデビルというのは高崎と美奈が吸っている煙草の銘柄だ。高崎が吸っているのはココナッツミルク、美奈はピンクローズとフレーバーこそ違うけど、銘柄全体が販売終了ということで危機感を抱いたらしい。

 7月にブラックスパイダーという新銘柄がお目見えするそうだが、まずは様子見だろうと。一先ず見つけたらキープするという風にインプットしたのだろう。ただ、仲介役として俺を挟まれたのは何とも言い難い。伝書鳩か。


「まあ、俺はアークロイヤルとかバイブに逃げるっつー手段もないこたないんだけどよ、ローズってのはなかなかな。エヴァとかキースになんのかね。ところでキース・マイルド・アロマ・ローストはコーヒー牛乳っぽいっつーんで気になってんだけど葉巻らしいじゃねえか、リトルシガーっつーのか?」

「いつになく饒舌と言うか、語数が多いな」

「ラキストのお前には今の俺の焦りは理解出来ねえだろ」

「まあな。うっかり切らしてもどこででも買えるし、最悪リンから貰うことも出来るしな」

「今の俺にはこの1本が貴重だっつーのに」

「ざまあ」


 と言うか、このガラスのハートはどこまで甘党なんだとつくづく思う。今だって、甘いキャラメルマキアートに甘いキャラメルのパンケーキ。対策委員時代だって会議中は基本的に甘いカフェモカだった。で、煙草まで甘い。

 俺はチョコレートこそよく齧っているけど特別甘党ではないし、むしろそこまで甘い物は欲しない方だ。いや、チョコは食うけど。それでもただ甘いよりはカカオ分の高い物の方が好きではある。これは完全に余談だったな。


「煙草と言えば、岡崎君て何吸ってたっけ」

「アイツは赤マルだけど、最近iQOS買って併用してる」

「併用する意味あんのかそれ」

「たま~にチェーンしたくなったときに普通のヤツを吸うみたいな。ほら、iQOSって1回吸ったら充電しなきゃいけねえだろ」

「ああ、なるほど。……リンには一生無理だな」


 そんなことを話している間に、ふわふわのパンケーキが運ばれてきた。禁煙またはiQOSへの移行で飯が美味くなったという話は聞くが、そんなことは関係なく飯を味わう男もいる。まあ、コイツはそこまでヘビースモーカーでもないか。黒い煙草は押し消された。


「うわ、うまっ。パンケーキヤベえ」

「それはそれは、よかったな」

「こないだ伊東の彼女から、奴がパンケーキ焼いてくれたとかいう惚気話聞かされてよ。どうしても食いたかったんだ」

「それなら伊東に焼かせればよかったんじゃないのか」

「それはそれ、これはこれだ」

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