隣の人の人となり

「それじゃあ、これからミキサー講習を始めます。緑ヶ丘大学MBCCのカズこと伊東一徳です。よろしくお願いしまーす」


 初心者講習会も折り返しだ。午前は全体講習と見本番組をやって、俺たち対策委員がおかずを持ち寄った弁当も無事に食べることが出来た。午後からはアナウンサーとミキサーに分かれてそれぞれに少し突っ込んだ講習を行うことになっている。


「それじゃあちょっと聞いてみるけど、ラジオやるにあたってアナウンサーとミキサー、主役はどっちだと思う?」


 伊東先輩からの質問。簡単そうでこれはとても難しい。1年生は感覚で答えたっていいと思うけど、1年間経験を積んだ俺たち2年はその解に根拠を添えなければならない。その解にたどり着くまでの過程を。


「じゃあ、タカシ。どっちだと思う?」

「えっと、アナウンサーさん、ですかね」

「どうしてかな」

「番組の主になるトークをやるのはアナウンサーさんで、ミキサーはそれを補佐するというイメージなので」

「なるほどね。それじゃあ、野坂」

「えっ、俺ですか!? ええと……俺個人の話にはなりますが、どちらも主体となって番組を作っているという感覚なのでどちらがどう、ということではないかなあと」

「これ、タカシが言ってることも野坂が言ってることも、どっちも正しいです。後は、音楽をメインに聞かせたい番組の場合、アナさんが音を預かるミキサーを補佐するように曲を紹介したりすることもあるね。だから、誰が主役かはどういう番組を作るかによって変わります。で、これね。野坂が今すっごい大事なこと言った。どちらも主体となって番組を作る。これが簡単そうで結構難しいです」


 講習の打ち合わせのときから繰り返し伊東先輩が仰っていたことのひとつに、「ミキサーには技術も大事だけど、より大事なのはコミュニケーションである」ということがあった。

 確かにインターフェイスでやっているラジオで言えばトークをするアナウンサーの補佐としてのミキサーという見え方に間違いはない。だけど、自分1人だけで番組を作ることの出来る人はごくわずかだから、と。

 それは俺が菜月先輩から繰り返し言われて体に染み着いていたことでもある。菜月先輩の持論に「ミキサーは一番近いリスナー」だとか「アナウンサーとミキサーは2人でひとつ」という物がある。それは俺自身の考えにもなっているし、それに基づいて普段から番組と向き合っている。


「アナさんと比べるとミキサーは引っ込み思案と言うか、人と喋るの恥ずかしいな、苦手だなって子はやっぱりちょっと多いです」

「野坂、人前に出るのは得意? 苦手?」

「苦手です」

「だよね。俺もそう。だけど、一緒に番組を作るアナウンサーさんとか、ステージ系の大学ならチームになるのかな? そういうメンバーとの間で信頼関係を築くことがいい番組なり、ステージなりを作るのには必要不可欠です。ミキサーだから遠慮して意見が言えないとかは、ちょっと面白くない。で、人を見ること。いいことでも悪いことでも、ちょっとした違いに気付いてあげられる視野や観察眼、感性。それを磨くことかな」


 伊東先輩は持ち時間の半分近くはこういう話で費やすかもしれないけど、と対策委員に前置きをして下さっていた。俺たちの返事は「逆にお願いします」だった。何故なら、技術的なことは1人でも練習出来るけど、こういうことは言われなければ気付かないからだ。


「ちなみに、さっきの見本番組でもここにいる子たちは野坂のことを見てたと思うけど、結構大事なこといっぱいあったんで、その解説ついでに少しずつ技術的なことも話していきまーす。野坂、あの番組の簡易的なキューシート黒板に書いてくれる?」

「わかりました」


 その後もインターフェイスのラジオにおけるミキサーの役割だとか、アナウンサーさんとのあり方。機材を扱う技術だけじゃない、人を見て思いやることの大切さを伊東先輩は説いて下さった。

 伊東先輩も三井先輩から講習内容に指図するようなメールを受け取っていたそうだけど、それを完全に無視して本当に伊東先輩が伝えたいことを伝える講習に終始していただいたことは本当に有り難く思う。

 機材に関する技術についてはそれこそ本当にさわりだけ。残り20分はお楽しみ、機材の解体ショー。音の流れを把握するのと機材の組立に必要な内容だけど、ここで見たくらいでは覚えられないヤツ。あ、何か聞いたことある、くらいの。でもこれがミキサー講習の醍醐味だ。


「それじゃあ野坂、資料を配って下さい。で、みんな見えるところに来てねー! イスの上とか机の上とか、危なくない程度に立っていいから! 前の方の子は低くなってあげてねー」

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