対怪電波用シェルター

「はーい、お疲れさまでしたー、学生証ですー」


 ――と、ニコニコ応対をしている川北だけど、さっきから頑なにこっちを振り返ろうとはしない。私が書類仕事をしている机の上では、川北のスマホがさっきからブーブーブーブー振動を続けている。

 こないだ、現在センターにいるアクティブなスタッフでLINEのグループでも作ろうかという話になったとき、川北は「俺LINEとかやってないんですよー」とほけほけした様子で言っていた。やらないのかと聞いたらやらない、いや、やれないと。

 LINEのグループ云々については別に困ってないし、現状のままで行くことになった。だけど、そういう話があったことを見計らうように電話がひっきりなしにかかってくるようになった。ちなみに、今日この瞬間が初めてじゃない。これが3日目くらいだ。


「川北ァー、お前いい加減電話何かしてくんねーとバイブで字がブレるぞー」

「あー、すみませーん」

「つか、こないだからかけてきてんのずっと同じ奴か?」

「そうですね、はい」

「ふーん、何かワケありって感じだな」

「春山さん、後輩イビりの現場ですか」

「うっせーぞリン。何がイビりだ」


 自習室から利用者がいなくなって暇になったリンも、多分ちょっとした休憩をするために戻ってきたのだろう。さっそくその足でお湯を沸かしている。ちょっと私が何か言っているとイジメだのイビりだのウルサい奴だ。


「川北の電話の話な」

「ああ、まだ止まんのか」

「これまでの傾向からすればあと2日もすれば飽きるんじゃないかと思うんですけどー、ちょっとわかりません」

「出ないのか」

「出ても無言なので意味ないんですー」

「無言電話とかストーカーかよ!」

「オレなら相手が無言だろうと出て放置して通話料を取らせるがな」

「リンお前、それは相手の料金プランによっちゃ全くの無意味だろ」

「それもそうか」


 どうやら川北が無言電話の嵐に遭うのはこれが初めてではないらしかった。ただ、最近では昼夜問わずかけてくるようになって程度がエスカレートしていると。現状害はないし、実家の家族に危害が加えられたという話も聞かないから放置しているそうだ。

 話によれば、無言電話の相手は川北が地元で5年付き合った女らしい。別れたのは割と最近。一言で言ってしまえば痴情のもつれってヤツだ。どこにでもいるんだよな、そういうメンヘラ気取った女が。めんどくせー。


「LINEとかって、携帯のアドレス帳にある人を抽出するって言うじゃないですかー。だからLINEもそうですし、ツイッターとかインスタみたいなことも足を付けたくないんでやらないんですー。ネットに痕跡があると俺の行動を四六時中監視されますし、興味関心からアカウントを特定されて知り合いの人に危害を加えられてもイヤだなーって」

「スマホを変えたらいいんじゃねーのか」

「スマホごと変えても俺の家族とか連絡先を伝えた友達から漏れる可能性があるので現状放置が一番いいかなって思って」


 電源を切ればって言ったら「その間、友達に俺の消息を聞かれた」と返ってくるし、2台目のスマホを持って1台目をダミーにすればと言えば「2台スマホを持ったことがどこから漏れるかもわからない」と。

 1コ上で、地元の国立大に進学したらしいその女は川北を執念で追っているらしい。夢を一緒に叶えよう、だ? 頭お花畑っつーか話を聞いてりゃ自分のそれに川北を縛り付けてたっつー感じだな。ま、川北も盲目だったんだろうけど。


「リン、のんきな顔して言ってることがガチで引く」

「……まあ、センターでは安心しておけ。春山さんという構成員がいるからな」

「ンだとリンてめー! やんのか、あァ!?」

「ひゃー春山さんこわいですぅー」

「……リン、それは川北のモノマネのつもりか?」

「似てませんか。特徴を捉えたつもりでしたが」

「そんな棒読みじゃねーぞさすがに。あとお前がひゃーとか気持ち悪い。ぶん殴ってやる」


 そんなことをしている間に、充電がなくなったのか川北のスマホがご臨終になった。どういうタイミングで電話がかかってくるのかは大分わかるようになってきたので大丈夫ですー、と川北は言う。だけど日々恐怖だろう、どこから湧いてくるかわからないキチった元恋人の気配と戦い続けるのは。


「川北、バターサンドでも食って落ち着け。冷蔵庫の中に追加しといたから」

「わー、いいんですかー! 春山さんありがとうございまーす!」

「1日1個にしとけよ」

「はーい!」

「ん? 女がいたということはつまり川北、お前のモノは使用ず」

「やめんか、痴女が」

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