天国への門番

「あーあ、外にはきっと天国が待っているのに」

「知るか。お前が真面目にやらねえから練習が押してんだろ」

「虫取りがしたいよー」

「うるせえ、さっさとネタ帳開け」


 ファンフェスの練習がみーっちりと行われている真っ最中の向島大学サークル棟208号室。自分は高崎先輩が班長を務める班に組み込まれ、ピンミキサーとして回すコトになってヤす。

 向島大学はインターフェイスの現場でも山だ山だと言われていて、自分のような生粋の山の子には何のこたない風景も、星港の街の中にある星大の坂井先輩にはもーう珍しい環境みたいスね。

 坂井先輩は星大の生物科学部らしースわ。それとは別に関係なく趣味が虫取り。当然、街よりも山の方が虫の出没率や種類もダンチっすよね。番組よりも本題が虫取りっつー感じになってヤしたから。

 それには高崎先輩も呆れ模様。お前、何しに来てんだと。坂井先輩はまだ番組のネタも練ってない状態っつーのがまァ何つーか夏休みの虫取り少年のそれスわ。遊ぶのに夢中で宿題やるの忘れる的な。


「律、この建物喫煙所あるか」

「や、ないスわ。外で吸うのが基本ス」

「そうか。俺はちょっと外出てくるけど、千尋、お前はやるまで出てくんなよ」

「えー!? ずるいー!」

「ズルくねえ」

「自分もカフェインが切れヤしたわ。外出やーす」


 外に出ると、初夏らしい気持ちいい風が吹いてヤした。こんな中での虫取りはさぞ楽しかろうと。ま、自分はしないスけど。建物の脇にある自販で缶コーヒーを1本。その前にある植え込みの縁に座って高崎先輩は一服。


「しかしまあ、緑ヶ丘の山は切り開かれてるから山感もちょっと薄れてるが、向島はガチな山だな」

「ガチな山スよ」


 言うなら、人も車も通らない静かな環境スね。夜になると街灯が少なくて女性の一人歩きにゃちーッと危ないつー感じスか。そんなことを話しながら高崎先輩もおもむろに立ち上がって、缶コーヒーを1本。

 普段は発声練習の足場になっているレンガ造りの垣根の枠に腰掛け、ファンフェスのことや、互いの知っている他の班の話なんかを情報交換。怖そうっつーオーラはあるにはあるンすけど、意外に話しやすい人ではあるっポイすね。


「なンかこの班決めも定例会の職権濫用がアレだったっつージャないスか」

「班編成なんざ大人の事情でしかやれねえからな。お前が俺の班に組み込まれてるのも、ある程度ミキサーの能力があって、かつ俺にビビらねえっつー人選らしいじゃねえか。人を何だと思ってんだ、失礼な話だぜ」

「や、実際高崎先輩は怖そうなイメージすよ」

「マジかよ、ふざけんなよ。お前らが思ってるより怖くねえぞ」

「そーゆーのを気にする辺りで自分の中でのイメージは変わったスけどね」


 高崎先輩から感じる圧の原因としては、圧倒的な実力と喜怒哀楽の喜と哀と楽がわかりにくいっつーのがまずありヤすね。あと、話し方が少々。高崎先輩に「てめェ」なんざ言われて目線やられた日には、気弱な奴ならチビりヤすわ。

 坂井先輩の動きが見られないまま、垣根トークは続いてヤした。ここに座ってコーヒーを飲ンでると時間の流れがゆったりした風に感じられるンすよね。あ、自販よく見たら水が売り切れてヤすね。菜月先輩が困るヤツすわ。


「あ、高崎先輩、クララが来やしたよ」

「あ? クララ?」

「この道を散歩コースにしてる黒い犬すわ。発声練習のときにもよく通りかかるンすよ」

「おっ、あれか」


 ちらっと見えたンすけどスマホの待ち受けが犬だったンで、多分犬好きだろうと話を振りヤした。黒いゴールデンレトリバーのクララが近付いてくると、それを間近で見ようと高崎先輩が立ち上がる。自分は道に出て飼い主さんにご挨拶。


「ちわーす。サーセン、ちッとクララと戯れさせてもらっていースか」

「どうぞ」

「っつーコトなんで高崎先輩、一緒に戯れヤせんか」

「律、お前最高かよ」


 っつー感じで高崎先輩にクララとの戯れを勧めるじゃないスか。「えっ、誰すか?」っつー。それまでのダウナーな感じが一転きゃっきゃしてヤすし、顔もキラッキラした笑顔スわ。お手が出来たらよーしよしっつって撫でて褒めて。高崎先輩て褒めることもあるンすねって。


「律、てめェ何見てやがんだ」

「や、別に」

「向島はズルいな、こんな可愛くて利口ないい子が発声練習の度に通ってくとか」

「や、圭斗先輩や野坂はきゃっきゃしてるンすけど、菜月先輩が」

「ああ、そういやアイツ犬嫌いだったな」


 坂井先輩が虫取りを封じられて軟禁状態の中、高崎先輩はお外でクララときゃっきゃしてるっつーのが、まさに外には天国がっつーヤツっしたね。とりあえず、高崎先輩は自分らの思うよりは怖くないらしいっつーのがわかった1日っシた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る