動かぬ水は死んでいく
「みんな、集まったわね」
「やれやれ。何なんだい、突然班長会議だなんて。手短に済ませとくれよ」
「余計な口を挟まなければすぐ終わるわよ」
星ヶ丘大学部室棟、小会議室。この部屋は、放送部の班長会議を開く際に借りる。放送部は現在7つの班に分かれて活動をしていて、今ここに召集されたのは6人の班長たち。
上座に座るのが、部長で日高班班長、プロデューサー(以下P)の日高隼人。そして議事進行をするのが私、監査で宇部班班長、Pの宇部恵美。以下、菅野班班長、書記でPの菅野泰稚。鎌ヶ谷班班長、ミキサーの鳴尾浜茂虎。須賀班班長、アナウンサーの須賀星羅。魚里班班長、アナの魚里由宇。
「監査、“みんな”と言う割に朝霞がいないけど」
「あら、本当ね」
「菅野、その名前を出すな」
「すみません」
「インターフェイスの活動に現を抜かして部の活動を疎かにする奴に伝える必要はない。監査、続けろ」
「……では改めて。星ヶ丘大学の放送部で、ファンタジックフェスタのステージの枠を取ることになりました」
「はあ!?」
「静かに。日程は来月の12日、土曜日になります。時間は朝の10時から夕方5時まで。タイムテーブルはこちらでもう組ませてもらいました。各班、クオリティは確保しつつ期日に間に合わせること」
ちらりと部長に目をやると、にたにたした笑みを浮かべている。突然の知らせに、班長たちには動揺が走っている。準備期間が1ヶ月もない上に、各班に割り振られている時間は1時間以上。普通に考えば、まず有り得ない。
私は、これが日高による朝霞への嫌がらせだと知っている。元々放送部の年間スケジュールにファンフェスへの参加予定は組み込まれていない。だから朝霞もここでステージをやるとは思わないし、インターフェイスの側で出る。
三度の飯よりステージ、そんな男からステージの機会を奪うという嫌がらせ。日高はインターフェイスのことをよく知らない。自分の知らないところで朝霞に部の代表面をされることもよく思っていない。部の全員が、そんな私怨に巻き込まれている。
「ちょっと待ちな」
「何、魚里さん」
「宇部、言ってることがムチャクチャ過ぎないかい? 1時間の枠で準備期間がひと月もないのにクオリティは落とすな、期日に間に合わせろ? Pならわかるだろ、イベントに合わせてどんなステージにしなきゃいけないとか。丸の池とか学祭みたいな、ある程度下敷きのあるモンとは違うんだぞ。ファンフェスならファンフェスに合わせたモンを、1から作んなきゃいけないんだろ」
「そんなことはわかっているわ」
魚里さんの言うことはご尤も。台本執筆、小道具の準備、通し練習など……様々な準備が要るのに事前情報のないイベントでのステージをゼロから作り上げるには、準備期間が少なすぎる。
「やってらんないね、アタシは降りるよ」
「魚里、怖じ気付いたか」
「はっ。日高、お前の実力でやれるとも思わないねえ。ああ、部長サマは事前に知ってたから時間もたっぷり、余裕綽々ってか。いい身分なこった」
「貴様、部長に対する口の利き方がなってないぞ。監査、魚里は降りるとか言ってるぞ。やらないとどうなるか早く教えてやれ」
「ふーん、どうなんのかね。朝霞班に入ることになんのかい?」
「このファンフェスのステージを降りる班は、やれるだけの力がない班だということで、夏の枠が与えられません」
「ンだと!? っざけんな!」
「マジかー……あと3週間で1時間枠……響人に何て言おう」
「ギリギリなんだ。崖っぷちのひらめきに賭けるしかないんだ」
夏、8月上旬にある丸の池ステージ。放送部の2大ステージのうちのひとつで、部員は年度始めからここを照準に合わせて準備をしていると言っても過言ではない。その枠を奪うということは、あまりに残酷な仕打ちで、傲慢な罰則。
このステージを強行することで、部への利益は何も生まれないと私は思っている。だけど、部長に逆らえば次の瞬間どうなるかわからないのは幹部も同じ。日高の我が儘がどれだけ傍若無人だろうと、今は耐えるしかない。
「は~あ、やってらんないね。夏の為だしやるけど、部長がクズだと部が腐ってヤんなるね」
「魚里、それ以上は」
「それ以上は、何だい? 菅野、アタシに日高の太鼓持ちをしろってか」
「そうは言ってない。と言うか、誰彼構わず斜に構えた物の言い方をするな」
「おい、俺は太鼓など持ってないぞ」
「とりあえず、連絡事項は以上です。班長会議を終了します」
3週間で1時間。ファンタジックフェスタというイベントの情報を持っていて、かつその条件でのステージを一番やれそうな化け物集団の班は不在。班長たちの部長への不信もこの件で増大していそうだし、私にはもう一仕事ある。
「……菅野、後で今件の議事録をもらえるかしら。文化会に提出してくるわ」
「わかった」
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