口裂け女

 俺が高2の時の話だ。課外講習が長引いて高校を出たのはもう夕方だった。俺は早く帰りたい一心で、早歩きだったんだ。

 突然、赤いワンピースの女性が俺の腕を掴んだ。俺は振り向いた。女性はマスクをしていた。

「私、きれい?」

 俺に聞く前にマスク取れ、って心の中で叫んだ。

「ふ、普通…」

 俺はそう答えた。だってそうだろ? マスクしてんじゃ評価のしようがない。

 それを聞くと、女性はスタスタと去っていった。

 その女性が口裂け女だったことには、後になってから気がついた。どこかで聞いたことのあるフレーズだったからネットで検索し、わかったことだ。

 俺はあの時言葉に詰まって、本当は「普通に考えれば、人に聞くのは間違ってんだろ」って言いたかったが、口が裂けても言わなくて正解だったようだな。

 念のため、親を介して学校や警察に連絡しておいたからしばらくは山形市にいられなくなったようだ。


 都市伝説と言えば、口裂け女は外せない。それぐらいメジャーな話だ。

 俺は「普通」と答えたことになっているが、それ以外の答えは女の逆鱗に触れるらしい。キレイと言えばマスクを取って正体を見せ、ブサイクと言えば刃物で襲い掛かるんだとか。じゃあ質問するなと言ってはいけない。

 100メートルを6秒で走破するから逃げられないらしい。地域によってはもう少し遅くなるみたいだが、大体10秒前後に集約する。口さえ隠せばオリンピックに出られる、は禁句だ。

 ところでこの口裂け女、岐阜県を発祥とする説が濃厚だ。

 時代で言うと1978年。この年に初めて口裂け女は出現し、集団下校を引き起こすほど話が広まった。

 当時は受験戦争の真っ最中で、裕福な子供は塾に行くことができた。じゃあ貧乏な子供は? 当然塾に行きたいが、親には通わせるほどの金がない。

 そこで口裂け女が生み出されたのだ。親が子供に、「夜道を歩いていると口裂け女に襲われる」と言って、塾を諦めさせた。親はご満足だったろうな。

 だが子供がその話を学校でしてしまう。噂は瞬く間に広がった。親の転勤も災いして、全国的になったのだ。

 そしてすぐに騒動は終息するのだが、次の年の夏休みになって児童同士の交流が途絶えたからだという。

 人から人に伝わるその様子は、まさに開いた口が裂けて塞がらなかった感じだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る