11 神様の気分転換
都市国家ジフ。
交易都市ヨシミから西に進んだ所に存在する比較的小規模の都市で、別名鉱山都市とも呼ばれていた。
その名の通り、主要な産業は都市を囲むようにして存在する複数の銀山及び鉱山群からなる多種多様の金属類の採掘及び輸出。
そのため、辺境の都市の割には財政的に豊かな場所である。
そして、 土地神であるギンシュは今現在ある問題に頭を悩ませていた。
魔獣の発見報告の激増。
本来は、都市の収入の要である鉱山群が同時に天然の城壁となっているため――特に 守護者が大陸西部を壁で 区切って以来、魔獣との遭遇頻度は他の都市国家と比べても非常に珍しい事であったのだが。
鉱山から運び込まれた鉱石を運ぶ荷馬車や荷車が行き交うせいか、都市の中は非常に喧騒に満ちていた。
鉱山帰りの鉱夫や、鉱石を選り分けるための鑑定人、原石を買い付けに来た商人。様々な人間が行き交うそこは、少々賑やかと言うには暑苦しかった。
酒場からは、これでもか、と鉱夫達の笑い声が聞こえてきたし、どこからともなく聞こえてくる精錬のための蒸気の音と金属音、それに負けないように張り上げる声で市場の中は騒々しい。
そんな都市の中をギンシュは歩いていた。
「今週だけで 十件。今の所は都市の戦力で撃退出来てますけどー、徐々に押し負けていってますよねー。幾つか防衛拠点も突破されましたし」
串に刺さった小ぶりな肉に齧り付きながら、ギンシュは呟く。
「そう、ですか? 都市の者は奮闘していると思いますけれど」
横に並ぶのは、彼女に付き従う巫女であるナキ。
白い小袖の白衣と緋袴は巫女である彼女の基本的な格好で。
その右手には、自らの購入した品の山を抱えていた。
幾つかは都市の名産である、産出される鉱石を加工したアクセサリーの類、残りの殆どは甘物の類。
いずれも、社に戻ったときの仲間への手土産である。
普段社で生活を送る巫女達には、市井の菓子や小物の類に触れる機会は殆ど無い。
自分だけがおこぼれを貰うのは、もったいないし、出来ればみんなで分かち合いたい。
そう考えるナキは連れ出されるたび、こうして買い物に励むようになっていた。
もっとも、これで落とされる雷が減ることは無いのだけれど。
ナキは、社に帰ってた時の事を――若い巫女達のお目付け役となっている巫女頭からの説教を想像して、憂鬱な気分になりながら、空いた左手で抱えた土産の中からみたらし団子を一つ手に取り、口にする。
「あら、良いんですかー? 巫女がそんな粗食を口にして」
神に仕える身として、道楽のように下々の下賤な食事を摂ってはいけない、と常日頃から巫女頭から言われているのを知っているギンシュは悪戯っぽく微笑む。
「……どうせ怒られるのは、一緒なんですから。それにギンシュ様だけ美味しい思いをするのも癪ですし」
言いながらもう一本取り出し口にするナキ。
「ふふ、いい傾向です。たまには息抜きをしないといけませんからねー」
良いながら羨ましくなったのか、ナキに近寄りおんなじ団子を手に取るギンシュ。
「今更ですけど、こう見るとギンシュ様って綺麗なお顔以外、普通の子供にしか見えませんね」
その様子を見ながらナキは感想を口にする。
紅碧の丈の短い浴衣に着替えたギンシュは、小さな背格好も相まって都市の何処にでも居る童女の一人にしか見えない。
もっとも、それはナキの感想であって、実際はギンシュの着ている布地は、都市でも選りすぐりの上質なもので、一般都市民ではありえず、その身なりの清潔さを見れば違いは一目瞭然なのだけれども、何だかんだ言って神に仕えるナキもいいところのお嬢様なのでその差異に気づかない。
それを微笑ましく思うギンシュは、それを指摘をせず、むしろ少し不満げに頬を膨らませてみせる。
「むう、不敬ですねー。仕える者としての敬意をみせてもらわないとー」
「では、もう少し神様らしく節度を守ってくださいますか?」
「塔に帰ったらね。今は嫌ですー」
「では、私も嫌です」
偉ぶった言葉に、お小言風に言い返すナキ。
やがて、どちらともなく、笑い合って 共犯者の二人は戦利品を手にとって街の中を歩きだす。
都市中の散策はギンシュの数少ない楽しみの一つだった。
普段は押し込められている社の中は窮屈で。
時折思いついたように塔を降りて2、3時間気分転換に街を歩くのだ。
静かな社と違って姦しい喧騒が、考え事で埋まる頭をリセットするのにちょうど良かった。
「それで、ギンシュ様。今度はどうされたんです?」
お供に伴われる事の多いナキは、一通り散策が済んだところでそう問う。
歩は止めず、雑談のような気安い口調で。
喧騒の中は意外と内緒話には丁度よいのだ。
ギンシュが、仕える主が社から抜け出すのは常の事ではあるのだけれど、今回のような 非常時には珍しい。
大抵そういう場合は面倒事を抱えているものだと長年の勘が告げていた。
「うん、そうですねー。実は、教会から介入されちゃいまして、聖騎士団の派遣は断れたんですけど、 使徒の派遣を断りきれなかったんですよねー」
言いながら、ため息を漏らすギンシュ。
聖騎士団。
教会が有する主戦力の一つで、都市国家連盟が有する連合軍と違い、都市国家間の承認がいらず、その派遣は基本的に迅速だ。
純粋な防衛戦力として見るならば、ありがたい話ではある。
けれど、美味しい話には代償がある訳で。
「……まだうちを諦めてなかったんですか?」
「そりゃ、土地神付きの都市なんてそう無いし、取り込む事が出来れば向こうとしても願ったりかなったりでしょーね」
基本的に騎士団派遣の目的は教会の信仰を広める事である。
それは同時に、教会の影響力が強まると言うことでもあり、当然都市国家の運営にも介入しはじめるだろう。
自らの教えを国教に指定し、派遣された司祭が領主とほぼ同等の権限を持つに至った例もあると聞く。
それは、土地神として、信仰の対象にもなっている、それ故実質の領主の地位に居るギンシュにとって非常に まずい事態である。
「……ギンシュ様に改宗を求めるなんて相変わらず不敬ですね」
「はは。まあ、実際彼らはきな臭い部分も多いからありえないけどね」
ギンシュとしても、かれらの教義を否定するつもりは無い。
けれど、権力は人を腐らせる。
巨大であればあるほど。
勿論それは、理由の一つにしか過ぎないのだけれど。
「まあ、でも悪魔憑きですか。別に、良いんじゃないですか? むしろそれなら、うちとしても願ったり叶ったりでしょう? こちらのストック は心もとないですし。それに、あんなのありがたがる言われも無いですし、むしろ安心して使い捨てる事が出来るから良いじゃないですか」
ナキの言葉に、ギンシュは眉を寄せる。
「ナキでもそう思うのですねー」
それは、ため息混じりの悲しい声で。
その意味がわからず、ナキは首を傾げる。
「何か変な事を私口にしましたか?」
それは、巫女頭や、他の重役と同じ意見で至極当然の結論で。
――ギンシュがそれ故、社を抜け出したかった原因で。
何だかんだで面倒見が良い、目の前の巫女ですらその認識 なのかと、ギンシュは悲しくなった。
鉱山都市の土地神は人間が大好きだ。
だからこそ、領主の真似事もするし、加護も与える。
だからこそ、特に家族のように思っている眼の前の人間が口にするその言葉が悲しくて、辛かった。
どうしたものかと、ギンシュは悩む。
どうすればわかってくれるだろうか。
けれど、ギンシュはその言葉を知らない。
それは、ひどく難しいものだから。
厄介な呪いを残したものだと、 彼らを恨みたくなった。
けれども、ギンシュは変わらず口にする。
たとえ伝わらないと、分かっていても。
だって、ギンシュは人間が大好きだから。
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