砧と狸 狸の日記

 おいらと兄ちゃんは、『じゅーだいなさくせん』をけっこうしようとしているっ! これが成功すれば、山の上にお稲荷さんがあって窮屈なおいら達たぬきも、人間に一目置かれるようになすはず……って兄ちゃんは言ってた。


 さくせんの名前は、『布に化けさくせん』。山のとちゅうに住んでる、人間の兄ちゃんを化かすさくせんなんだって。


 おいらが人間の女に化けて、絹に化けた兄ちゃんを、人間の兄ちゃんに渡すんだ。そうやって『せんにゅう』した兄ちゃんが、夜に人間の兄ちゃんにいたずらしていく。それをおいらが見ておもしろがるっていうさくせんなんだ。


 兄ちゃんが人間のいる町で見たっていう『美人』に化けたおいらは、これから人間の兄ちゃんに、おいらの兄ちゃんが化けた絹を送る。なんて言ったらいいのかも、ぜんぶ兄ちゃんが考えてくれたから、絶対に大丈夫!


――


 き、きんちょうした……。

 なんとか無事に、兄ちゃんの化けた布を渡せた……。

 言うことは兄ちゃんが考えてくれてたけど、何か言い間違えるんじゃないかってドキドキだった。


 人間の兄ちゃんは、明るくて、面白そうな人だ。おいらきんちょうして声が小さくなっちゃったんだけど、それでもちゃんとおいらの言いたいことをわかってくれてたんだ。

 おいらの兄ちゃんは、面白い人間ほど化かしたら面白いって言ってたから、明日の朝がとっても楽しみ。

 元のすがたにもどって、人間の兄ちゃんの家の屋根で、明日の朝をまつことにしようっと。


――


 今日の朝、兄ちゃんは人間の兄ちゃんが作ったお菓子をつまみ食いした。

 ちっちゃいイタズラだけど、人間の兄ちゃんが菓子の前で首をかしげてるのはすごく面白かった。しかもその時、兄ちゃんが後ろで布から尻尾出して振ってたんだ。それに気づかない人間の兄ちゃんが面白くって面白くって……。


 結局人間の兄ちゃんは、自分の勘違い、みたいに納得してた。


 それにしても、あんなに人間に近づける兄ちゃん、本当にすごいなあ。おいらもいつかああなりたいな……。兄ちゃん、明日はどんなイタズラを仕掛けるんだろう。


――


 今朝はけっこう大掛かりなことをしてた!

 人間の兄ちゃんを、寝てる間に部屋の反対側までもっていったんだ。

 これには人間の兄ちゃん、よっぽど『きょどうふしん』になってた。きょろきょろしたり、部屋のなか調べたりとかね。


 お昼ごろになってお客さんが来たんだけど、人間の兄ちゃんはよっぽど変だと思ったのか、朝のことを話してたんだ。


 でも、夜に事件が起こったんだ。

 人間の兄ちゃん、おいらの兄ちゃんが化けた布は箱に入れておいてたんだけど、今日の夜は何でか鍵のついた箱に入れたんだ。

 しかも、そのとき独り言で、


「今日は危ないバケモノがくるから、しっかりしまっておかないと」


 みたいに言って、他のものもどんどん片していったの。

 バケモノは、おいら達みたいなバケモノ仲間の気配にすぐ気が付くって兄ちゃんが言ってた。だからおいら、やばいと思ったんだ。そんな奴が来るなら、きっと兄ちゃんの居場所に気づいちゃう。そうなると兄ちゃんはどうなるか……。


 月もなくて、どんより曇ってて、風がなにかのうなりごえ見たいに吹いてくる。本当にヤバい奴が来てるんだ、兄ちゃんを助けなきゃって思って、おいら、人間の兄ちゃんが寝るのを待って、下に降りたんだ。


 音をたてないように、抜き足差し足で箱に近づいていった。箱を見たんだけど、やっぱり鍵がかかってる。人間の兄ちゃんがどこに鍵を隠したのか見てなかったから、場所もさっぱりわからない。


 しょうがないから、箱の中の兄ちゃんに声をかけてみたんだ。

 やっぱり兄ちゃんもすごく慌ててて、声が震えてた。


 手あたり次第に鍵を探そう、って思って、振り返ったんだ。


 そこに、人間の兄ちゃんが立ってた。


――


 人間の兄ちゃん、すっげー優しい人だった!

 イタズラをしたおいら達を捕まえたんだから、殴ったり、けったりしてもおいら達は文句言えない。でも兄ちゃんは、


「目ぇつけたのがあっしで良かったなあ」


 って、頭撫でるだけだったの!

 しかも、今度来てくれたらちゃんとお菓子で歓迎するとも言ってくれた!

 人間ってちょっと怖いと思ってたけど、この兄ちゃんなら普通に姿を見せて遊びに行っても平気、だと思う。


 兄ちゃんもおいらとおんなじ風に思ってるみたいだったから、今度何かおみやげ持って遊びに行ってみよう!

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