第53話 おっさ(略 です、オートミールは栄養価は高いですがまずいのです


 シロクマを振り切り、俺たちの旅は続く。ペミカンでもたれる胃、揺れるフェンリルの背中。俺の胃袋は限界だ。クリスやロムルストーたちはピンピンしている。これが、若さか……。


 おっさんの俺の胃袋のことはさておき、今のところ想像以上に旅は順調である。順調通り越して、この調子で行くと目的地到達が数日早くなりそうだ。実際のところ早いに越したことはないわけで、こんな酷寒の地(夏だから北極基準ではまだマシ。冬の北海道よりも全然暖かい)からは早くおさらばしたい。


 それはさておき気になることがある。フェンリルもそうだし、ドラゴン夫婦もだが、人間に匹敵する知能とか持っているんだよなこれ。人間と意思疎通もできれば、時には協力する仲間にもなれている。こんだけ人間ベースの言語やら思考やらを実装できるの、どう考えても何者かが仕組んだなとしか言えない。


 おまけにハルシュピアたちである。彼女たちに至っては帝国軍の制服まで着用していた。第二次世界大戦や冷戦期には、動物を兵器にするコウモリ爆弾やら犬爆弾やら人間爆弾やらが計画されたり実行されたりした。


 ハルシュピアは会話を聞く限りでは、コウモリや犬よりははるかに高い知性を持っていると考えても良さそうだ。それが軍隊にイヤがる。むしろ軍人になってやがる。帝国軍、多国籍軍どころか多種族軍だよな。そんな多種族軍が編成できるような、知性を持った存在が自然にホイホイ生まれるとは考えにくい。


 大戦中にはクマが大砲の弾運んだりしたなんて話もあったけど、クマが「効力射!第二弾、行きます!」とか叫んで攻撃したりはさすがにしないんだよ。ところがハルシュピアたちはそこまでやっている。帝国軍が元々いたものを使ってるのならまだいい。帝国軍が作った、なんてことはないよな。でないとだ。そんなことを考えているうち、今日の休憩ポイントに到着した。


『どうする?まだ行けるが?』

「いや、今日はちょっと早いが休みたい。明日には種子貯蔵施設に到着できそうだからな」

「ワカッタ。レムリナ、ヒヲヨウイシテクレ」

『はい、兄さん』


 火を起こしてもらい、鍋に干し野菜とフリーズドライの野菜をぶち込む。肉はそのへんの動物を狩って入手できた。野菜の保存のアイデアで、真空乾燥機の実装をしようとしたらロメリオ商会にもうあって泣きそうになった。これだからチートは。


「いい匂いがしてきました!」


 腹ペコ娘クリスが胃からかわいい鳴き声を出している。そんなに腹減ってるのか?代謝激しすぎ燃費悪すぎだろ。腹の虫の鳴き声を無視しつつ鍋をかき混ぜる。


「ペミカンばっかりで飽きたんで鍋にするぞ。出汁とって本格的なのにな!」

「出汁?」

「人間の味覚には甘み、辛味、酸味、渋みのほかに旨味を感じるレセプターがあるんだ。その旨味を多く含む食材をお湯の中に入れて、旨味を抽出する。こうすることで一味違うやつができるぞ」

「なんだか海の匂いがしてきましたが、これは?」

「干した小魚と干した海藻だ。こういう使い道もある。アランたちにも食わせてやったことがある」


 アランたちと鍋をつついたときは、珍しくパーティのみんなが笑顔になってくれた。……普段の行いが悪すぎだったんだろう、とは言わないでほしい。


「匂いはすごくいいです!」


 そう言いながらクリスがよだれを垂らしている。俺は敢えて無視しながら続けた。


「アランたちが珍しく笑顔になった鍋だったぞこれは」

「ウ、ウマソウダ……」


 ロムルストーもよだれたらしとるやんけ。お前らな。まぁ鍋も大きいしみんなたくさん食え。


 鍋にして正解だった。塩ベースだけど、出汁がきいてたので美味い。味噌も醤油もほしいが、まぁ今はこれでいい。俺も久しぶりに色々と食えたし、栄養補給も十分できただろう。クリスはお腹をさすっている。妊娠したわけじゃないだろそのさすり方やめろよ。


「美味しかったです……」

「それは何よりだ」


 ロムルストーやレムリナは、満足、という一言の顔をしている。……腹ペコどもに食わせてちょっと足らないな。


「オートミールでも入れるか」

「オートミール?」

「えん麦だ。こっちにもあったんでオートミール作った」

「これ偽麦ですよね……食べるんですか……馬の餌ですよね?」


 イギリス人みたいなこと言うなよクリス。アイルランドのことわざ思い出してしまうだろ。


「馬の餌というが栄養価は馬鹿にできないぞ。馬が育つくらいだからな。この鍋の出汁を使って雑炊もどきにする」

「タベタクハナイナ」

『わたしもいいです……」


 全員に否定された。なら俺だけで食ってやるよ。味はまあこんなもんだな。


「うん、まぁこんなところか」


 もぐもぐ食っていると、横からクリスが見ている。まだ食い足りないのかこの食いしん坊娘め。ほら食え。器にオートミール雑炊を入れてやる。


「……うーーーん。ヒロシはこれ美味しいと思いますか?」

「微妙だな。コメが手に入ったら本物の雑炊を食わせてやるよ。言っとくがマジに美味いぞ」

「……本当ですか?」

「本物の雑炊はこの数倍は美味い。間違いなく」


 オートミール雑炊をスプーンで運びつつ、俺とクリスは雑炊に思いをはせていた。


 食後、俺はフェンリルやロムルストーたちに気になっていることを聞くことにした。


「ひとつ気になることがあってな」

『なんだ?』

「ハルシュピアってやつが海で襲ってきただろ?」

『来たな』

「帝国はあれどうやって配下にしたんだ?」

『わたしもわからないな』

「ソレナラタブンハルシュピアノトチヲ……ドクリツジチク?ダッタカ?ニスルカワリダッタトキイタゾ」

「独立自治区!?つまりハルシュピアは帝国とそれだけの交渉をできるのか!?」


 高度な知的生命体やんけ。俺、帝国と交渉して研究所保持するとかムリだぞ多分。国王がガバガバ(風)で俺に目をつぶってくれてるから助かってるだけで。


「すごいですねハルシュピアさんたち」


 コミュ症のクリスにもなおムリだよな。最近はだいぶマシになってると思うけど。


「そんなハルシュピアとかドラゴンとかフェンリルとか、何故そんなに知性を持てているんだ?俺のいた頃には、人間以外には土地の交渉出来るような知性持った生物いなかったぞ」


 一言でいうなら、どうしてこうなった地球である。


『数千年間我々の世界はこうなっているな』

「やはり数千年か……15000年ってのはなんだったんだ?」

『ある時突然我々のような、人間と対等の知能を持つ存在が現れるようになったと言われている』

「やはりか。つまりは、何者かが……作った?」

「ワカラナイ。タダ、テイコクニハアルモノガソンザイシテイルトイウ。セイメイタイノノウリョクヲヒキアゲルソンザイ」

「ロムルストー、それってゲノム編集とか言わないよな?」

「タシカチガウ。アレハ……タシカ……」

『兄さん、竜の卵のことですか?』


 竜の卵?なんだそれは。クリスが不安そうに呟く。


「りゅうの……たまご……」

「どうしたクリス?」

「わかりません、でも、その言葉からなんだかすごく怖い気持ちがするんです」


 竜の卵ってなんなんだ。ドラゴンの卵なら持ち出して街が焼かれそうになったけどよ。そっちのがよっぽど大変だったぞ、クリスのなんかのトラウマに対してそれいうの悪いけど。


「クリスも昔帝国にいたとか?」

「……えっと……ひょっとしたらそうかもしれません。幼い頃の記憶があやふやで」

「それは普通俺もそうだけどな」

「そうなんですか?」

「それはさておきレムリナ、竜の卵ってどういうものなの?」

『よくは、わかりませんが……ただそれから色々な怪物を生み出せたとも』

「……っ!!」


 クリスが震えている。ひょっとして、いやひょっとせずともそういうことなのか。


「クリス」

「……えっと、……はい」

「クリスは、クリスだから。見た目かわいくて頭もスタイルも良くて、魔法も剣技もすごいし絵まで異常に上手いけど、コミュ症でたくさん食べるし魔力通信下手だし夜は全裸だし……」

「なんですかそれ」

「たとえなんだって、いいとこ悪いとこ含めてクリスだろ?」

「……そう、ですが……」


 俺は手でちょっとクリスの肩を軽く叩いた。


「さっさとアイオーンぶっ飛ばして烙印消してのんびり研究生活するからな!手伝ってくれ!」

「……もう……はい。わかりました!」


 そうだ、それでいいんだ。面倒なこと山のようにあるけどな、全部片付けてさっさと終わらせてやろうな。

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