第357話 マグマが止まらない
そんなつもりではなかった。
『謝って』なんて、言うつもりはなかった。
マドカはただセイを助けただけだし、セイのされたことを考えれば、彼女を連れて逃げ出したくなる気持ちも十分理解出来る。
でも、どうしても謝罪してほしかった。
マドカが頭を下げる姿が見たかった。
マドカを打ち倒したかった。
なぜなら、シシトはマドカのことが好きだから。
ロナの愛するシシトが、マドカのことを愛しているから。
そんなマドカが、皆の危機を救い、英雄のように扱われているのが我慢出来なかった。
ロナは、邪険にされていたのに。
そんなことを考えるだけで、グツグツと煮えたぎるマグマのような感情を抑えることが出来なくなる。
何も、見えなくなるのだ。
「……さてと」
マドカが、立ち上がる。
バトラズに回復薬をかけおえたのだ。
しかし、バトラズは動かない。
ただ、地面を握りしめている。
そうしないと、倒れてしまうかのように。
「だいぶ本音は聞けた気がするけど……ロナちゃん。最期に何か言いたいことはある?」
マドカがロナをみる。
身長はマドカの方が低い。
なのに、ロナは見下されているような気がした。
まるで虫けらを見るように。
(……潰される)
はっきりと、これから自分に起こる未来をロナは感じ取った。
(でも、なら、言うべきことは)
命乞いか、謝罪か。
理性的な考えをマグマが押しつぶしていく。
「私の方が、シシトを愛している。私は、何よりもシシトを愛している。アンタなんかよりも、何倍も、何千倍も。私はシシトが好き」
マグマが火砕流となり、全てを飲み込む。止まらない。
ロナはマドカをにらみつける。
たとえ殺されるとわかっていても。
「愛している人と愛し合った後に、枕元で別の女の話を聞かされる気持ち分かる!? 泣きながら腰を振って、別の女の名前をつぶやく好きな人を見るのが、どんなに惨めでなさけない気分になるか! アンタに分かるの!?」
ロナの目からは、涙が出ていた。
「でも……私は、シシトが好きなの。駕篭獅子斗を愛している」
ロナの答えにマドカは一瞬固まる。
そして、なぜか少しだけ落ち込むように肩を落とした。
「……なるほどね」
マドカが手をかざすと、彼女の手に木が巻き付いていく。
「こういう気持ちだった、のか。セイちゃんも、ユリちゃんも」
ビキビキと木が鋭く尖り、形になる。
「嫌な相手からの、不必要な謝罪の提案の気持ち悪さ。目の前の相手から、自分以外の人に向ける愛情を聞かされる残酷さ。直に味わって……客観的に見せられて、本当の意味で理解できた気がするよ」
出来たのは、巨大な斧。
樹木で出来ているはずの刃が、まるで鍛え上げられた鋼のように鋭く光る、断罪の武器。
「神木斧ミョルニル」
マドカの細腕ではとても持てそうにない巨大な斧は、地面から生えているツタで支えられていた。
実質的には、アレが動いて攻撃するのだろう。
あまりに神々しく、ゆえに禍々しさを放つマドカの武器に、ロナの口は恐怖でカタカタと鳴る。
「……そういえば、結局、謝罪の言葉はなかったね。謝るって言っていたくせに。ねぇ、皆?」
「……皆?」
マドカが振り返ったので、ロナもつられてマドカの後方を見た。
心臓が、止まりそうだった。
「……あ……」
マドカの後ろにいたのは、女性達だった。
ヤクマから一緒に逃げていた女性達。
ヤクマから『幸せ』にされ、男達からおもちゃにされていた女性達。
シシトが誘導し、ロナ達が賛同し、騙されてヤクマの実験体となってしまった女性達だ。
「……ぃ……」
彼女たちがロナを見る目は、何よりも冷たかった。
おそらくは、深海の底に沈められる方がまだ温もりを感じるだろう。
それほどまでに、彼女たちが発している恨みと怒りは強く、大きい。
「うっ……」
マドカの神木斧ミョルニルを見たときは歯が鳴った。
しかし、ヤクマの実験体になった女性達から向けられた目を見たときは、意識が飛びそうになってしまった。
「元々、ひどい目にあった原因の女の子が、なぜか助けてくれた子に牙を向いて、謝罪を要求して原因の男の子の愛を語る。そりゃ、こうなるよね」
マドカはゆっくりとロナに近づく。
ロナが何をしたのか、じっくりと味合わせるように。
「……バトラズさんは、最後に何かある?」
マドカは、ロナの父親であるバトラズに声をかける。
バトラズは数秒目を閉じて動かなかったが、ゆっくりと立ち上がると、ロナに背を向けた。
「……え……」
そして、バトラズは地面に座り、頭を地につける。
「申し訳なかった……」
バトラズの自分の娘に向けた最後の言葉は、ロナに向けてではなく、被害者の女性達に対する謝罪だった。
これから、ロナは殺されるというのに、かばうこともなく、愛を伝えることもなく、ただ謝り続ける。
ロナにではなく、ロナに怒りを向ける者たちに対して。
「……お……」
愛する家族から目を背けられ、思わずロナはすがりそうになってしまった。
しかし、体は動かない。マドカのツタによって、動きは完全に封じられている。
そして、そのことに気を取られている間に、マドカは近づいていた。
斧でロナの首を切り落とせる範囲まで。
マドカは、ゆっくりと斧をあげていく。
あと、数秒以内にあの斧が振り落とされ、ロナは死ぬ。
ならばするべきことは何か。
言うべきことは何か。
「シシト……大好きだよ」
愛する者への愛の言葉。
それだけをつぶやいて、ロナは目を閉じる。
「……あ、そう」
マドカは神木斧ミョルニルを振り下ろす。
世界樹を元に作られた断罪の斧は、激しい破壊音を轟かせた。
「……え?」
自分の首が切れた音にしては、あまりにけたたましい音に、ロナはゆっくりと目を開けた。
すると、目の前に一人、ロナをかばうように誰かが立っている。
「……シ……」
想い人の名前をつぶやこうとして、ロナは止める。
すぐに違う人物だと気がついたからだ。
「……なんのつもりですか? 半蔵さん」
ロナを助けたのは、門街 半蔵だった。
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