第238話 ユリナが死んだ
「……どうしたの? 常春さん」
「え……もう一度言って? 今、なんて?」
「え、だから、SPの使いすぎて眠っていたから皆で心配して……」
「そうじゃなくて! 私、何日寝ていたの?」
「え? 三日だけど?」
三日。三日も?
三日あれば、シンジはここまで助けに来られるのでは無いだろうか。
ここがドコだが正確にはわからないが、おそらくロナの家がある聖槍町のはずだ。
聖槍町は三方を山に。もう片方は海に囲まれている陸の孤島だ。
基本的にこの聖槍町に向かうには山から向かうことになるが、その山は標高が高く冬は雪が積もって登れない。
だから、マドカがこの聖槍町行きたがった時、この町に行くのは春になってからにしようと言ってはいたが……シンジだけなら、おそらく春をまたなくても来られるはずだ。
ドラゴンに変化して空を飛べばいい。
簡単だ。
空からなら行けると、シンジ自身が言っていたことなのだから。
何かあったのだろうか。
そういえば、ポイントがあまりないとユリナは言っていた気がする。
もしかしたら、シンジを生き返らせる分のポイントを確保出来なかったのだろうか。
そんな事をつらつらとセイが考えていると、シシトがゆっくりと口を開いた。
「それで、その……言いにくいことなんだけど」
シシトが、一度息を飲んで、言う。
「水橋さんが……水橋ユリナさんが、亡くなった」
「……え?」
セイはシシトが何を言っているか分からなかった。
「なくなった……無くなった……って、何が? え?」
「死んだんだ。たぶん、殺された」
「殺された? なんで、どうして? 誰に!」
どういうことだろう。
ユリナは逃げていないのだろうか。
あの状況で。あのユリナが?
セイは思わず動かせない手を動かした。
ぐんと手が反動で痛むが、その痛みは少しも感じない。
「順を追って説明するね」
すっとロナがシシトを庇うようにセイの前に立つ。
「常春さんが我を忘れてシシトに襲いかかったのは……覚えている?」
ロナの言葉に、セイはゆっくり頷いた。
確かに、あのときはシシトに対する怒りで感情のコントロールが出来ず、我を忘れて、というロナの言葉は正しいように思えたが、彼女の言っている我を忘れてが違う意味にも聞こえて、素直に頷けるモノではない気もした。
しかし、そんなセイの思いを知ってか知らずか。
ロナはそのまま話を続ける。
「あのとき、どうやら水橋さんはあの殺人鬼を連れて逃げたみたいなの。前もって命令されていたのかどうかはよく分からないけど……」
「命令されてたんだよ。命令されて、操られていた。恐ろしい呪いだ」
シシトとロナの言葉に、セイは唖然としてしまった。
(命令? 操る? 呪い? この人たちは何を言っている?)
理解が追いつかない。まるで、別の生き物が言葉を発したようだ。
そんなセイの混乱をよそに、ロナは続ける。
「それで、どうやら学院の外まで逃げたみたいね。どこまで行ったのか分からないけど、私たちが気づいた時には、水橋さんたちは完全に行方を眩ませた」
そこで、ロナの話は終わった。
「それで……なんで、死んだって分かるの?」
命令や操る、呪いという単語は、ひとまず置いて。
セイは本題を聞き出すことにした。
今の話では、ユリナが死んだということ。
シンジが生き返っていないということが分からないはずだ。
「常春さんは、iGODのチャット機能は知っている?」
シシトが懐から見覚えのある端末を取り出す。
セイのiGODだ。
「このチャット機能。相手が死んだら通信相手の所にある名前が消えるんだけど……ロナ。お願い」
シシトは、セイのiGODをロナに渡す。
「常春さん。今から片手だけ、左手だけ自由にするね。それで、自分で確かめてみて」
生きているセイのiGODの操作はロナ達には無理だ。
他人のiGODを操作出来るのは、本人が死鬼になるか死んだ時だけ。
セイは、ロナが持っている自分のiGODに恐る恐る触れる。
シシトが言った話は、セイもシンジから聞いている。
本当に、シンジの名前は……ユリナの名前は消えているのだろうか?
(……そんな、そんなはずない!)
セイは、一つ一つ、ゆっくりとiGODを操作していく。
チャット機能。
その通信相手の欄。
開いた瞬間。
シンジの名前と、ユリナの名前は無かった。
マドカとそれにネネコの名前だけが表示されている。
「う……そ」
セイは慌てて通信相手の欄をスライドさせるがそれ以上動かない。
二人の名前しかない。
シンジとユリナがセイとの通信を拒否することは考えられない。
つまり、本当に、二人とも死んでいる。
セイの手が止まったの見計らい、そっとロナはセイのiGODをシシトに返す。
「……常春さんのにも表示されないんだね。残念だけど……」
シシトは目を伏せてセイのiGODを懐にしまっていく。
「……お前のせいだ」
セイは静かに言った。
「お前のせいで……お前のせいで皆死んだ! ユリナさんも! 先輩も! お前が殺したぁああ!」
セイは自由になっていた左手をシシトに向けて振り回す。
もちろん、届くわけがない。
でも、それでもセイは左手を伸ばす。
体がちぎれそうなほどに、ちぎれてしまってもいいと思いながら。
「やめて! 常春さん! シシトは何も悪くない。シシトは、ただあなたたちを助けようとしただけ。守ろうとしただけじゃない!」
「うるさい! 黙れぇえええ!」
セイは頭が痛くなりそうだった。
本当に、ロナやシシトが同じ生き物だとは思えない。
助ける? 守る?
セイが一番助けたくて、セイが一番守りたかった人を殺したのはシシトだ。
シンジを殺したのはシシトだ。
そんな奴が悪くない?
ふざけるな。
「人殺し! 絶対、私はおまえたちを許さない! 殺してやる!」
ロナとシシトに向かって、セイは吠えた。
大人しくする作戦なんて、どこかに消えている。
シンジもユリナも死んでいるのだ。
その作戦をする意味がどこにある?
セイは、思いつく限りの怨嗟の声をぶちまける。
モノじゃなくても良い。
少しでも、セイは彼らに何かをぶつけたかった。
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