第92話 シシトが撃つ

 シシトの気分は、実に高揚していた。

 武器という物が、銃を持つという事が、これほど勇気と元気を与えてくれる物なのかと、シシトは陶酔していた。


 そんなシシトは、オカシくなってしまった自分の親友からセイとユイを守り、助け出すために走っていた。


 (……いや。常春さんと、ユイだけじゃない! キョウタも……助ける!)


 二人の美少女だけではなく、自分の大切な親友も助けるとシシトは今決める。


 (これがあれば出来るはずだ! この銃さえあれば……あの変なハイドマンの仮面を被った奴を倒して、それで半蔵さんと協力して……!)


 シシトは、先ほど手にしたばかりの銃をギュッと握る。

 時間はあまりない。

 急がなくてはいけないと思いながら階段を降りようとしたとき、シシトの足が止まった。


 そこに、いるはずのない人物が立っていたからである。


 ハイドマンの仮面をかぶった、人。


 半蔵と闘っていたはずなのに、なぜかシシトが降りようとした階段の先にいる。

 半蔵はどこだろうと思い、シシト、仮面の横に血だらけで倒れている人物を見る。


 体格の良い、戦闘服を着た男性。


 間違いなく、半蔵である。


 それを見たシシトの高揚していた気分が、急速に冷めていく。


「うぅっ……」


 自然と、息が漏れる。

 その時、仮面がシシトの方を見た。


「ひっ!」


 シシトは、すぐにきびすを返すとその場から逃げ出した。


「ひっ! ひっ! ひっい!?」


 予定が、違った。

 予定が変わってしまった。


 まずは、シシトはこの銃を上手く使ってキョウタを動けなくした後、ユイとセイを助け出すつもりだった。


 そのあと、ユイたちを連れて白い仮面と闘っている半蔵の元へ向かい、半蔵に助太刀して白い仮面を倒す。

 半蔵を助けたら、どうにかして動けなく、大人しくさせたキョウタを連れて屋上のヘリに乗り込む。


 


 そんな、実に都合の良い予定をシシトは立てていた。


 そして、ソレが現実に成ると、思いこんでいた。

 武器があるから。

 銃を持っているから。

 強くなったから、実現出来ると、思った。

 守れると、思った。

 そんな具体的な事は一切無い、非現実的な予定を、妄想を、実行出来ると本気で思っていた。


 だが、現実はただ怖いだけだった。


「うぁぅ!?」


 混乱しながら走っていたシシトは、足をもつれさせて転倒してしまう。


(逃げないと……! 逃げないと!!)


 そう思い、シシトは立ち上がろうとするが、足が上手く動かない。


 背後を少しだけ見ると、白い仮面が追いかけて来ていた。


「うわぁあああああああ!!?」


 恐怖が、体を動かした。


 シシトは、持っていた銃を撃つ。

 滅茶苦茶に、狙わずに、とにかく、我武者羅に。


 銃弾から散らばった散弾のほとんどは白い仮面に当たらずに、壁や窓ガラスを割っていく。


 だが、白い仮面の足止めには成功していた。


 白い仮面は、なぜか銃弾が発射されると、その場から動かず腕を上げ身を守るような姿勢を取っていたからだ。


 少しだけ当たった散弾は、白い仮面の体に小さな血痕をつけている。


「うぁ……うっうううううう」


 白い仮面から、泣き声が聞こえてきた。

 痛いのだろうか。

 銃が。


 それを見て、それを聞いて、シシトは思う。


(……倒せる?)


 この白い仮面が泣いているのは、俺の銃を恐れたからだ、と。

 俺を、恐れたのだと。

 シシトは立ち上がる。

 そして、今度はしっかりと狙いを定めて、白い仮面を撃った。


 発射された銃弾は、正確に、白い仮面の腹部に命中する。

 白い仮面は、体をくの字に曲げ、1メートルほど飛んでいく。


「わぁあああああああ!!」


 シシトは、撃った。


 白い仮面の腕を、足を、肩を。

 そのたびに、白い仮面の四肢が、体が、ガクンガクンと不気味に弾かれる。


 十数発、撃った所でシシトは撃つのを止めた。


 白い仮面は、散弾で小さな穴だらけになった廊下に倒れている。


 倒した。

 半蔵さえ負けた、白い仮面を。


 シシトは、拳を握りしめ体に寄せる。


 ガッツポーズ。

 自然と動く、喜びの姿勢。


 銃で倒せる程度なら、半蔵が負ける訳ないのだが。


 シシトが単純に喜んでいる間に、白い仮面は、ユイは立ち上がっていた。


 扉さえ粉砕するシシトが持っている銃だが、所詮は木製の扉を粉砕する程度の攻撃である。


 確かに銃によってダメージは受けたが、今のユイのHPを考えると重傷には至らない程度のダメージにしかなっていない。

 だが、ダメージは、傷つくという事は、肉体以外にも生じる。


「うっ……うううううう」


 ユイは、泣き続けていた。


(なんで……こんな事をするの?)


 シシトから、好きな人から向けられた悪意に、敵意に、心が傷つき涙が止められない。


 なぜ、シシトは自分を撃つのだろう。

 傷つけるのだろう。

 そんな疑問が止まらない。


 (私は、シシトのために、頑張ってきたのに!)


 そんな事などシシトが知るはずないのに。

 白い仮面がユイだと、シシトが分かっているはずないのに。

 ユイは、自分がハイドマンの仮面を被って変装している事を忘れてしまっていた。


 シシトにとっては、今のユイは白い仮面、半蔵を殺した強敵なのだ。

 そんな強敵が泣いている。

 だから、ユイの泣き声を聞いたシシトは、単純に思ったのだ。


(やった! 勝った! 俺は勝ったんだ!)


 そして、今も思っている。


 ユイが、白い仮面が立ち上がり、それを見て一瞬恐れたシシトであったが、泣き続けている白い仮面の声を聞いて、まだ自分が優位な立場にいると勘違いしていた。


 そんな勘違いが、シシトに力を与えている。


「……半蔵さんの敵だ、死ね! この人殺し!」


 勘違いから冷静さを得ていたシシトは、正確に、白い仮面の額を撃ち抜いた。


 バラバラに飛び散った散弾が、白い仮面を粉々に粉砕する。


 その仮面の下から、ユイの顔が現れた。


「……ユイ?」


 壊れた白い仮面の下から現れた自分の幼なじみの顔を見て、シシトは息を飲んだ。


「ひどいよぉ……シシトォ……」


 泣きながら、白い仮面が、ユイが、シシトに抱きつく。


「えっ? なんで? お前が? え? はぁ?」


 疑問が多すぎて、疑問が大きすぎて、シシトの混乱は止まらない。

 そんなシシトをよそに、ユイは泣き続ける。


 ケガはほとんどしていないし、その傷つきの原因はシシトなのだが、ユイにとってあらゆる痛みの特効薬は、シシトなのだ。


 シシトに触れる事が最大の癒し。

 痛みを払ってくれる。


「な、なぁ。もう泣き止めよ。それで、質問に答えてくれ。なんでお前が、白い仮面を被っていたんだよ。なんで、あそこに……」


 反射的にユイの頭を撫でていたシシトは、ユイに質問する。

 聞かなくてはいけない事だ。

 嫌な予感しか、しないのだが。


 だが、シシトは質問しながら、別の思いにもとらわれ始めていた。

 シシトの心の奥底から、じわじわと黒い何かが湧いてくる。


 罪悪感。


 ユイを、大切な幼馴染を撃ってしまったのではかという、潰されそうな思い。


 それと、ユイが白い仮面を被ってしでかしたかもしれない出来事が、シシトの中でグルグルと混ざっていく。


 (いや、でも、そんな事はありえない。ありえない。あるはずがない)


 そんな心の声と共に。


 ユイはそんな混乱しながらも絞り出したシシトの問いに、頭を横に振る。


「いーや。もっと撫でてくれないと、答えません」


 グリグリと、シシトの胸に顔を埋めるユイ。


「あのなぁ……」


 その様子は、普段のユイに見えた。

 いつもの、シシトに怒られるのを怖がっている時のユイだ。

 たとえば、シシトが大事に残していたプリンを、ユイが勝手に食べてしまった時のような、そんな時。



 今はそんな状況では……ユイがしてしまったと思われる事は、そんな事ではないのだが、ユイに対してシシトがしでかしてしまった事は、そんな事では無いのだが。


 シシトは、ユイの様子があまりにいつも過ぎて、どう対応していいのか分からなくなっていた。


 とにかく、ユイが満足するまで撫で続けるしかないとシシトが判断した時、階段から誰かが上がってきた。


「あ……」


 その意外な人物の姿に、シシトは目を見開く。


「どうしたの? シシト」


 そのシシトの様子に、ユイも後ろを振り返って見た。


「……ユイ」


 そこに立っていたのは、全身に血を浴びた、シシトの親友キョウタだった。

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