第77話 シシト達が逃げる

 ロナたちは、動けないコトリとシシトをつれて、渡り廊下の先の校舎を進んでいた。


「……う」


「シシト?」


 ユイに背負われていたシシトが、目を覚ます。


「俺……」


「目が覚めたみたいだね。変態さん」


 ユイがシシトを地面に下ろす。


「変態って、誰がだよ」


「女の子のスカートをめくり上げた男の子は変態だと私は思うよ?」


 シシトは、自分が気を失う直前のことを思い出し、頭を抱える。

 セイの形の良い、プリプリとしたお尻。

 眼福ではあったが、見て良いモノでは無いだろう。

 その後蹴られても、当然の罰だ。


「ああ……そうか、俺、常春さんに謝らないと」


 キョロキョロと、セイの姿を探すシシト。


「それは後でね。今、セイちゃんはここにはいないから」


「え?」


「シシト!」


 状況を掴めていないシシトに、何かが抱きついてくる。

 コトリと、ロナだ。


「うわぁっ!?……ちょっと、落ち着けよ、2人とも、どうしたんだよ」


 シシトは、今何が起こっているのを知らない。

 エリーが食べられた時は気を失っていたし、その後に起きたときに見たのはセイのパンツだ。


 だから、ロナたちが感じた恐怖を、シシトは困惑して受け止めることしか出来なかった。


「大変だったんだからね。急にキョウタの奴がおかしくなって、エリーさんを襲ってさ」


 ユイは、シシトに簡単に状況を説明する。


「……そんな、キョウタが、エリーさんを、殺した?」


 シシトは、一番の親友がおかしくなってしまった事にショックを受ける。

 いつ、変わってしまったのだろうか。

 ついさっきまで会話もしていたのに。

 シシト達は、言葉を発する事が出来る死鬼がいる事を知らない。


「そう、それで、今セイちゃんがオカシクなったキョウタの奴と戦っているの」


「常春さんと、キョウタが?」

 (……大丈夫か? キョウタのやつ……)

 シシトは、一瞬、キョウタの身を案じてしまった。

 セイは、武道の達人だ。

 そんなセイと戦って、キョウタは無事なのだろうか、と。

 セイと同等以上の実力を持つエリーが殺されていているのに、あんまりである。


 シシトは、まだイマイチ、キョウタがおかしくなってしまっている事に実感が湧いていなかったのだ。

 もちろん、すぐにその考えは意識の外に捨てたのだが。

 キョウタが人を襲ってしまう、おかしくなった人に変わってしまったのだ。

 心配するべきはセイの方であると考えを改める。


「……と、言うわけで、その2人のことは任せたね」


 まだ、シシトに抱きついていたロナとコトリの頭をなでていたシシトに、ユイは立ち去りながら言う。


「……どこに行くんだ?」


「さっきの場所に戻る。今セイちゃんが一人で頑張っているみたいだから、ちょっと手伝ってくるね」


 そのユイの言葉を聞いて、シシトの胸に顔を埋めていたロナは顔を上げる。


「そんな! 危ないわよ」


「そんな危ない場所に、一人にして置くわけにもいかないでしょ。大丈夫、危なくなったらセイちゃんと一緒に逃げてくるから」


「……俺も行くよ」


 まだ、状況を正確に掴めておらず、キョウタがどれほど危険な存在であるか実感していないシシトであったが、女の子二人だけで人を襲う者の相手をさせるわけにはいかない。

 ましてや、その人を襲う者はシシトの親友なのだ。

 自分が行かなくては、とシシトは思う。


「うーん、シシトと二人きりは嬉しいけど、ここは1人で行くよ」


「そんな訳にはいかねーだろ」


「ふっふーん。体力には自信があるんだよん。気絶した、どこかの変態男子高校生を、ここまで担いできたのは、誰だったかしらん」


「おまえなぁ」


 陽気に、明るく答えるユイ。

 いつも通りに見えた。


「それに、前も言ったと思うけど、アンタがここにいるだけで、安心する人がいるんだよ。それをいいかげん分かりなよ」


 ユイの視線の先を見る。

 ロナとコトリが、シシトの腕の中にいる。


「……まぁ、無事だったらさ。私も、ロナちゃんやコトリちゃんみたいに、抱きしめてくれるかな?」


 少しだけ、恥ずかしそうに、ユイは言う。


「ユイ?」


「じゃあ、行ってくるねー」


 シシトの返事を聞かず、ユイは駆けだしていった。


「ユイ!」


 そのユイに、シシトは名前を呼ぶことしか出来なかった。

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