記録16:忘却

 ベルチェ――フラニザを来た可愛いらしい少女は両頬を押さえながら、中空を見つめていた。彼女は自分がここに来る前のことを考えているのだろう。静寂な時間が流れて、名前の分からないそこのクローマ学生も静かに彼女の答えを待っていた。

 彼女は顔を歪めた。


「それは忘れてるんです……。」

「忘れている?」

「ここに来てから、彼女は名前と民族、所属以外自分のことを忘れてるんです。」


 奇妙なことだが、予測はできていた。欠落した記憶と彼女の三人称代名詞の奇妙な使い方は、彼女に何らかの悲劇が起こったであろうということへの信用を私に感じさせていた。

 ベルチェは辛さを表すように俯いていた。


「イェスカ同志が彼女を見つけてくれるまで、彼女は寂しかったんです。彼女は知らないうちにこの見知らぬ土地に居て、彼女に関することはほとんど全て忘れてて、言葉が通じない人ばっかりで……」

「君が君自身のことを『彼女』と呼ぶのもそういうことか?」


 ベルチェは頷く。


「ええ、自分が誰なのか分らないですから。」

「ふむ。」


 ベルチェは怯えるように私を見ていた。告白をどのように感じたのか。彼女はそれを気にしているのだろう。

 私は二人を手招いて、人気のない裏路地に連れて行った。そこで、表情を真面目にして話し始めた。


「ここは私達の知らない奇妙な土地だ。だから、私達はお互いに助け合わなければならない。ここに来るまでの境遇がどうであろうと、私達の言葉も文化も使い物にならないここでは再びファールリューディアをやらねばならない。」

「でも、どうするのさ?」


クローマ学生は不思議そうにしていたが、私は彼女に得意げな顔を見せた。


「私はもう一回サニスをやるぞ。」

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