記録11:フラニザは大切に


「どけばか!」


 男は相変わらず私達に分らない言語で叫んで、こちらに走ってきていた。その男の後ろに居た女性がまた叫んでいた。


「その人捕まえて!」


 ベルチェの言うことを信じるのであればこの怪しい男を捕まえるべきだろうが、私はこの奇妙な少女を信じるべきであろうか。

 その男は既に目の前に居た。ピリフィアー2003年のアルとクワクでの反革命主義者による虚しい反抗の処分を熟考する時間のような一瞬も無かった。そうだ、あれを決めたのは一瞬だったのだ。人民の木のような語源を想起しているうちに男の拳が私の顔の前に現れていた。


 強い衝撃を受けた。そして、その場でふらふらと倒れてしまった。男は逃げ切るだろう。鼻を抑えながら、私はため息をついた。暖かくてねとねとした液体が、鼻の下を通って、私の手に流れている。私は逃げて去って行く男を焦点が曖昧なまま見ていた。焦った様子でフラニザの少女が居るところに駆け寄ってきた。血を流している私を見て、表情を青白くした。


「ごめんなさい、同志。」

「なんで君が謝るんだ。」


 ベルチェは申し訳なさそうに私を見て、フラニザの端で血を拭こうとしていたが、私はそれを押し留めた。何故か彼女は涙ぐんでいた。


「フラニザは大切にしろ。」


 彼女は何かを言おうとして、やめた。いつの間に人が集まって、人だかりになっていた。

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