記録10:逃げるということ

 雑貨屋にあった地図は思ったとおり、見覚えのない地形を表していた。フィシャ・ベルチェ、この底抜けの前向きさの持ち主は、それを見てはしゃいでいた。ところで、彼女の着ているもの、つまりフラニザと白銀のような彼女の梳かれた髪は珍しく見えるようで、他の客から注目されていた。なんとなく、不安を感じた。


「とりあえず、この外に出よう。」

「へ?私がついて行ってもいいんですか?」

「……同胞は見捨てない。」


 出口に足を向けると、彼女は急いで私についてきた。その態度がおかしく思えてきた。ともかく私は先程生きる目標を失ったというのに、彼女は表情を緩ませている。ここが異世界の異国であるというのに、しかし彼女はそれでもなお健気である。彼女の生い立ちに興味が湧いてきた。

雑貨屋を出て、私達は黒曜石のように黒く舗装された道を通って遠くへと行こうとしていた。どうせこれは、酷い旅になるのだから、行く宛もない。何処かに行こう――そんなふうに思っていたわけでもなく、ただ単にいきなりの欠乏を紛らわすためだけに歩いていた。私はそれが無駄なことだと分かっていた。だが、もしあなたが成功した英雄だと自分を思っていて、それでもってその功績も栄誉も、何も意味をなさなくなったら、あなたはどうするのだろうか?

そんなことを考えていると、ベルチェは立ち止まり、何かを指さした。


「泥棒です!」


 道に沿って垂れた頭を上げて、ベルチェの指差す方を見ると何者かが走っているのが見えた。その人間は、体躯に似合わぬガーリーなバッグを持ち、私達の方に走ってきていた。

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