第6話 目標
再び沈黙が私たちを襲った。しかし今度は、葉子の方から切り出した。
「休憩はお終い! さあ、まだ天体観測を続けるわよ!」
曰く、望遠鏡は今日、初めて触ったらしい。
「颯武君、アレがアンタレスでいいのよね!」
葉子はある星を指差して言った。
「そうですよ」
私は返事をした。葉子がファインダーでアンタレスを探している間、私はあることを聞いた。
「この町の天文台は、いつから閉まってるんですか?」
「五年前かな。ずっと担当してくれてた学芸員の人が定年退職した後、そこからほったらかしよ」
やはり葉子は知っていた。地元の人で、しかも町役場に努めているのなら当たり前か。
「入ることはやっぱりできませんよね…」
半ば独り言のように言ったのだが、葉子は聞き逃さなかった。
「入れるわよ。今の梟町なんて本当に錆びれてるから。明日役場に聞いてはみるけど、天文学を専攻している学生の意見を聞きたいとか、その学生の勉学のためとか言えば一発でオーケーよ。東京資源開発大学だっけ? 知名度とか誰も気にしないから心配は無用だわ」
まさか…。私はそこまでしなくていいと言ったが、葉子は聞かない。
「正直、みんな困ってるのよね。この町の公共施設はどんどん閉鎖されていく。もはや海水浴客を夏に集めるだけだわ。あなたに見てもらって、潰すか再興するか決めるわ」
そんな責任重大なことを、未成年の私に任せていいのかと聞くと、葉子は実力と技術と知識は年齢と関係ないと答えた。
この夜私は、太陽系について話をした。葉子は私よりも年上だからか、冥王星が惑星でなくなったと言うと時代を感じると答えた。
そして二つのことを謝った。
一つは急に私の過去を話したことだ。そんなことは今までしたことがなかった。でも仕方がなかった。誰かと仲良くすることも、やったことがなかったからだ。自分を知ってもらうには、話すしかない。自分を知らない人とは、仲良くできない。
私がそう言うと葉子は、話さなくても良いのが他人であり、また他人は自分のことを全く知らなくても仲良くできる存在だと教えてくれた。さすがは私よりも年上で、それに加えて人間関係もちゃんと築けている人だ。私は感心した。
次に謝ったのは、自分から仲良くしようとしなかったこと。私は他人といる時に発作が起きて欲しくなくて、それが原因で誰とも仲良くできないこと、仲が良い人がいないので他人とどう接すればいいかもわからないことを謝った。葉子が私に積極的に話しかけてくれなければ、ずっと部屋にこもっているだけだっただろう。
これに葉子は、一人ぼっちの人を放っておけないと言った。真庭の家の長女だから客と接しなければいけないこともあるが、よほどのことがない限りは従業員と宿泊客の垣根を越えることは良くあることと言った。そして今は私の話す内容に興味があるから、夜に私の所に来ると言った。
私の謝罪を受けた後、葉子は人生とはいかに楽しいかを話してくれた。別に私は、生きることを諦めたわけではないのだが…。葉子によれば、将来の夢がないのは生きることを諦めているのと同義らしい。
しかしいきなり、夢を持てと言われても…。
困惑する私に葉子は、叶えられなくてもいい、絶対に無理でもいいし、かなり現実的でもいいと、手を差し伸べてくれた。
「なら何かしら。この真庭の家にいる間に目標にします」
「本当に大丈夫?」
「心配しないで下さい。病弱でも私は男です。約束を破るのは男ではありません。それを証明してみせます」
私は宣言した。
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