第28話:大志の奇跡2
「さて、じゃあ今日はバトンパスをしてみるか」
「はーい」
軽くストレッチをした後、授業は五十分しかないので早速本題に取り掛かった。
ちなみに走る順番は雄大、かおり、俺、ミサの順番である。
「まあ正直そんなに気にしていないんだけど一回通してみるか」
あんなに個々で練習をがんばっていたんだ。
心配せずともうまくいくだろう。
「じゃあいくぞ、よーい、スタート!」
雄大は勢いよくスタートを切る。
一人百メートルなので最初っからトップスピードだ。
「……正直俺より速いかもな」
俺も足の速さには自信があったのだが、やはり若さには勝てないのだろうか。
「今はそんなことよりも練習に集中だ」」
俺は再びレースへと視線を戻した。
雄大は変わらないスピードでかおりのところにたどり着き、バトンを渡した。
「……!」
雄大の速さについてこれなかったのか、かおりがバトンを落とした。
リレーにおいてこれは致命的である。
「まあでも初めてだから仕方がない」
今日はまだ一回目である。
まだ運動会まで四日あるんだ、じっくりと修正していこう。
かおりはバトンを握りなおし、全力でストレートを駆け抜けた。
それは練習の成果なのか、以前よりもずいぶんと速くなっていた。
「……すごい、中学生ってこんなにも短期間で成長するのか」
そう考えている間にかおりは俺の目の前まで迫っていた。
俺はかおりのバトンを受け取ろうとしたが……
「しまった!」
俺は何をあせったのか、バトンが完全にのる前に手を握ってしまった。
この微々たるずれのせいで、俺はバトンを落としてしまった。
「俺自身もやってしまった、なさけない……」
自分自身がミスをしてしまうと後で意見を言いづらくなる。
しかし、結果は変わらないのでミサのところに全力で駆け抜けた。
「先生、バトンちょうだい!」
「おいよ!」
俺はバトンを渡そうとしたが、俺は左利きなので左手でバトンを持っている。
しかし、ミサは右利きなので右手を差し出していた。
「……!」
このずれを修正するべく、あわてて腕を変えたがそのときにバトンを落としてしまった。
「先生、何してるのよー」
「すまん、後は頼んだ」
俺は拾いなおしミサにバトンを渡した。
ミサはそのままストレートを駆け抜けゴールしたが、チームには不安が残ってしまった。
「……まずいな……」
バトンパスは全部で三回ある。
そして俺たちは三回ともバトンパスを失敗してしまったのだ。
本番でそれをしてしまうと確実に勝つことはできない。
「……おい、かおり」
「なによ」
雄大がかおりに話しかける。
その態度はどう見てもけんか腰だった。
「そんなのもとれないんだったらリレーに出るなよ」
「はぁ!?」
かおりもその一言で殺気を立てた。
「あんたこそしっかりバトンを渡しなさいよ! 勝つ気あるの!?」
「それは俺のセリフだ。そんなんも取れないで勝つ気あるのか?」
「あんたねぇ……!」
放っておいたらそのまま殴り合いになりそうだ。
「二人とも落ち着けって。どっちも相手のために気を使えば済む話だろ」
「先生……」
かおりは俺の目の前に立ち、俺のほうをにらんできた。
「そんなことを言って先生も気を使ってないですよね? 気を使っていたのならバトンを落とさなかったはずです……」
「それはそうだが……」
自分ができていないのに他人に言っても説得力など皆無だろう。
しかし、ここできちんと言わないとバラバラになってしまいそうな気がする。
「ごめん、俺が悪かった。今度から気を付けるよ」
今この場を鎮めるにはとりあえず謝るしかない。
そう思いつくと俺はすぐに頭を下げた。
「先生、私はそういう心がこもっていないことを言われるのが大嫌いです」
「……!」
子供は大人以上に鋭いときがある。
俺がこの場を収めるためだけに言った心無い言葉を見破られてしまった。
「先生には絶望しました」
かおりは俺に背を向けその場を去っていった。
「かお……」
俺は呼び止めようとしたが、今の俺にはそんな資格がなかった。
「……俺も失礼します」
「雄大……」
雄大もその場を去っていった。
「教也先生、これは先生が一番悪いよ」
「……ああ、そうなのかもな」
生徒とよい関係を築かないと良い学校生活を送ることができない。
高校であんなにも教えられたことなのに、なぜ俺は合理的な判断をしたのだろうか?
このとき初めて俺自身が教師に向いているのか疑問を抱いてしまった。
「まあまたちゃんと心をこめて謝っておきなよ」
「ああ、そうだな」
しかし、今日謝ってもおそらく逆効果になってしまうだろう。
ちゃんとお互いに頭を冷やしてからのほうがいいはずだ。
「よし、決めた」
「お、何を決めたのー?」
「秘密だ」
俺が二人にしてあげられること、もしかしたらそう多くないのかもしれない。
それでも、俺の気持ちをきちんと伝えるにはこれしかないと思った。
「てかいまさらだけどミサもちゃんと敬語で話せ」
「いいじゃん、まだ先生じゃないんだし」
「あのなぁ……」
中学生らしい質問に俺はふと懐かしさを覚えた。
固定概念のない発想は本当に子供のころしかできない。
教師は常にそんな彼らの心を把握する必要があるのだ。
「まあたまには常識に反してみるのも悪くはないかな」
これは教師を目指すものとして正しい判断なのかはわからない。
しかし、常識にとらわれないで新しい道を創造してみる、そうした中で俺自身がもっと前に進んでいけると感じたのであった。
「お兄ちゃんー、何してるのー?」
「ああ、もうちょっとだから待ってくれ」
「もうー、今日は最終日なんだから気合入れていかないと……ってめちゃくちゃ目の下にクマができてるよ!?」
「まじか」
教育実習も早いもので今日が最終日だ。
あのけんかから四日が経過したがいまだに仲直りはしていなかった。
「それ、今やらないといけないことなの?」
「ああ、大切なことなんだ」
教育実習の集大成、今の状況を打破するためには必要だ。
「じゃあ先に私は春々さんと食べとくから後から食べてね」
「ああすまん……いや、ありがとう」
俺が教育実習最終日ということは春々も最後ということだ。
でも、俺と違って競技に参加していなければはっきり言って楽な日である。
「まあとりあえずもう終わるから仕上げるか」
なれないことをしているのはわかっている。
クオリティが低いこともわかっている。
でも想いが届くことを信じてぎりぎり完成させたのであった。
「みんな、おはよう。今日の運動会、絶対に勝つわよ!」
「はい!」
平沢先生の号令でクラスの士気が一気に高まった。
俺の出るリレーは一番最後の競技だ。
なのでしばらくは生徒たちの競技を見ることにした。
「平くん、教育実習はどうだったかしら?」
「一言で言えば難しかったですね」
いくら高校で勉強しているといえども実際に実習をする機会はほとんどない。
なので子供たちとの接し方がいまいちわからないのが本音である。
「そうね、確かに難しいわ。特に信頼関係を築くのはなかなか容易ではないですもの」
「はい……」
信頼関係を築くことのできていない俺からすれば非常に胸に刺さる言葉だ。
「信頼関係を築くにはどうすればいいと思う?」
「……あまり厳しく接しないことでしょうか?」
厳しく接してくる人間には敵対心を持ってしまうのが人間である。
なのでやさしく接することによって敵対心が薄れ、信頼関係を築きやすくなりそうな気がする。
「……平くん、あなたは私のことを信頼しているかしら?」
「はい、もちろんです」
昔から平沢先生は信頼できる先生だった。
困っているときには助けてくれたし、たわいない相談にも乗ってくれた。
悪いことをすると叱られたが、今になってそのありがたみもわかる。
「確かに厳しくない先生の下には生徒がたくさん集まってくるわ。でもそれはなめられているだけよ。周りからはよい関係に見えるけど、それは偽りの信頼関係なのよ」
「偽りの信頼関係……」
確かに実体験で考えてみるとそのとおりである。
怒らないし楽だからという理由でその先生に集まる。
でも実際は叱ってくれる先生のほうがよほど生徒のことを想ってくれてるのだ。
教師を目指してから実感したんだ、叱ることの難しさを。
「真の信頼関係を築くためにはあなた自身が正直になることよ」
「俺自身が……正直に」
「そうよ。平くんは今大人になりかけているの。だからこそ合理的に物事を考えれるし、最善の一手もわかる。でもそれじゃ子供たちの心を開くことはできないわ」
「……なぜ開けないんですか?」
別にいじけて平沢先生に言ってるわけではない。
なぜ子供たちの心を開くことができないのかその理由を単純に知りたいだけである。
「昔、大人の都合って言葉、よく聞かなかった?」
「はい、聞きました」
それはとてもせこい言葉だったと今でも覚えている。
理由を話してくれないのに、その言葉だけで何でも許されるからだ。
「それと一緒なのよ。こっちは何でも話しているのに先生は話してくれない。子供たちのために働いている大人が子供の都合じゃなくて大人の都合を優先してるんですもの」
「確かにそのとおりですね……」
そこまで深く考えたことはなかったが、俺自身もだから大人の都合という言葉が嫌いだったのかもしれない。
「もちろんその大人の都合は生徒のためになる場合だってあるわ。だからこそいつだって正直に生徒とぶつかる必要があるのよ」
「隠し事はしないってことですか?」
「それもそうだけど、自分を偽らないことも大事よ。たとえば生徒に相談を頼まれて本当は聞いてあげたい、でも明日の授業の準備があるからまた今度、とかね」
「なるほど……」
もちろん授業の準備をすることは大事だ。
だが、生徒一人の相談も聞いてあげないでいいクラスを作れるわけがない。
「私たちは時間配分ができる。でも子供たちはいつだって先のことより今を考えているの。たとえこの後自分の用事があったって友達の相談を親身に聞いてあげるのよ」
それは悪く言えば行き当たりばったりなのかもしれない。
しかし俺自身もそうやって今の大志を抱いてきたんだ。
いかに自分がまだまだ未熟者であったのか痛感してしまった。
「だから私たちも自分が思った事を正直に行動すればいいのよ。生徒に相談されたら平くんはどうしたい?」
「……親身に話を聞いて、解決の手助けをしてあげたいです」
「……それでいいのよ、そのことをわすれないようにしてちょうだいね」
「……はい!」
俺は本当に幸せ者だ。
仲間にも恵まれてるし、先生にも恵まれている。
後は俺自身が正直に自分の感情を伝えるだけだ。
そこにプライドなんていらない、そんなものは大人が作ったまやかしである。
俺はその後子供のときのようにクラスの子を全力で応援したのであった。
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