13 ゲームの向こう側

「お前らは、まだ全然……『ゲームの向こう側』が見えてねぇようだな……!」



 厳しく見下ろす俺に、ハッとなる三人娘。

 お互いの顔を見合わせて、ヒソヒソ話をはじめる。



 「『ゲームの向こう側』って……ゲームを動かしている精霊さんのことでしょうか?」とコリン。


 「いや、それだと『ゲームの内側』になるから、そうじゃなくて……他の貴族のヤツらが作ったゲームのことじゃないか?」とグラン。


 「『ムコー川』っていう河川の名称かも」とイーナス。


 俺は少し待ってみたんだが、どうにも答えが出そうになかったので、途中でシンキングタイムを打ち切った。



「どれも違うな。『ゲームのこっち側』が俺たち制作者だとすると……『ゲームの向こう側』は、ゲームを遊んでくれるユーザーのことだ」



「「「ユーザー?」」」



 揃ってオウム返ししてくる三人娘。



「そう、ユーザー。丁寧に言えば、お客さんのことだ」



 するとグランが、さっそく突っかかってきた。



「客って、商売じゃあるまいし……なんで芸術品であるゲームに、客がいるんだよ?」



「芸術品には、お客が存在しない……本気でそう思っているのか?」



 挑戦的に返す俺に、今度はイーナスがボソリと異を唱えてくる。



「芸術は己の魂の爆発」



「芸術は己の魂の爆発、か……いい言葉だ。だが、どんなに素晴らしい絵画も、どんなに素晴らしい音楽も、どんなに素晴らしい物語も……見てくれる人、聴いてくれる人、読んでくれる人がいなきゃ成立しない。己の魂を爆発させるのも結構だが、爆心地に人がいなきゃ、誰の心も動かせねぇんだ」



 コリンが、「うっ」と心を痛めたように呻く。



「ど……どなたからも見てもらえない、どなたからも聴いてもらえないなんて、悲しいです……」



「そうだな。だがこの世にはゴマンとそういうモノがある。そしてそれとは反対に、多くの人から受け入れられ、目の飛び出るような金額で取引されているモノもある。……その違いが何だかわかるか?」



 すっかり俺の言葉に聞き入っていた三人娘は、揃ってフルフルと首を左右に振った。



「じゃあ、わかりやすい例を出してやろう」



 俺はテーブルの上に山と積まれているドーナツの大皿から、『プレーンドーナツ』と『ハチミツ練乳カスタードあんドーナツ』と『激ニガ青汁ドーナツ』を取り、小皿に並べた。



「お前ら、どのドーナツが好きだ? 指でさしてみろ」



 真っ先に『プレーンドーナツ』を指さすグラン。

 遠慮がちに『ハチミツ練乳カスタードあんドーナツ』を指さすコリン。

 ブカブカの裾で『プレーンドーナツ』を示すイーナス。



「そうか……お前らはなぜ、『激ニガ青汁ドーナツ』を選ばなかったんだ?」



 すると三人娘は、上司の悪口で盛り上がる給湯室のOLのように、一斉に口を開く。



「そりゃ、見るからにマズそうだからに決まってるだろ! 緑のドーナツなんて、カビが生えてるみたいだし! なんでこんなモン買ってくるんだよ!」



 ドーナツどころか、買ってきた俺にまで不満をぶつけてくるグラン。



「はい。でも食べず嫌いは良くないと思って、頂いてみたのですが……苦くてあまりおいしくありませんでした。せっかく買ってきていただいたのに、すみません……」



 買ってきた俺どころか、ドーナツにまで申しわけなさそうにしているコリン。



「食べる人のことを考えてない。作った人は邪神に取り憑かれてる。まともな死に方はできないレベル」



 ドーナツどころか、作った人間に対してまで容赦しないイーナス。

 しかし、それで気づいたようだ。いつもの寝ぼけ眼をクッと見開いている。



「……イーナスはわかったようだな。そう、作ったヤツが、食べる人のことを考えてねぇから、誰からも見向きもされねぇんだ……。逆に、多くの人に食べてもらうことを考えて作られた『プレーンドーナツ』は、売れ筋商品となっている……!」



 イーナスが「裏筋?」と聞き返してきたが、黙殺する。


 『激ニガ青汁ドーナツ』については厳密には「食べる人のことを考えてない」というより、よりピンポイントの層を狙っているドーナツ、といったほうが正しい。

 見た目も味も悪いが、身体には良さそうなので、これはこれで買うヤツがいるだろう。


 だが今回は説明するための例としているので、「食べる人のことを考えてないドーナツ」ということにしておく。


 続いてグランもコリンも、俺の言いたいことを理解してくれたようだ。

 そしてグランはすかさず、俺に食ってかかってくる。



「じゃ……じゃあ何か? アタイらがやってたゲーム作りは『激ニガ青汁ドーナツ』と同じだって言いたいのか……!?」



「そうだ。激ニガかどうかは知らねぇが、客のほうを見ずに作っているという点では一緒だ。そうやって作ったモノでも、偶然ウマいものが出来上がることもあるかもしれねぇ……だがそんなのはプロの仕事じゃねぇ。客の欲しがっている、ウマいものを狙って作れる……それがプロってもんだ」



 「そんな……!」とショックを受けた様子のグラン。

 俺は視線をコリンのほうに移して続ける。



「そういう意味では、こっちの『ハチミツ練乳カスタードあんドーナツ』はプロの仕事といえるな。これはコリンしか選ばなかったが、コリンはこのドーナツが大好きだろ?」



 するとコリンはなぜか、恥じらうようにポッと頬を染めた。


 俺に好みを見破られたのが、そんなに恥ずかしかったんだろうか。

 それともこのドーナツに、恋でもしちまったんだろうか。



「は……はい……おっしゃる通りです……大好きになってしまいました……もう、虜といってもいいくらいに……。実をいいますと、明日このドーナツだけをたくさん、たくさん買い込んでこようかと思っていました……」



「そうか。『ハチミツ練乳カスタードあんドーナツ』……。これは、最大公約数を狙った『プレーンドーナツ』と違い、コリンのような甘いもの好きのヤツにはどストライクの商品だ。作ったヤツはきっとコリンのような客の姿が見えていて、どハマりさせてやるつもりで作ったんだろうな」



 俺は改めて、三人娘を見回す。

 真剣な表情で、ドーナツの山に視線を落としている少女たち。


 いちごミルクドーナツ、チョコチップドーナツ、プレッツェルドーナツ……その向こうにいる客の姿に、思いを巡らせるように。



「……これは『ドーナツの向こう側』だが……置き換えてみればわかるだろ? 『ゲームの向こう側』が……」



 「ゲームの、向こう側……」とつぶやく三人娘。

 もうおぼろげながらに『ゲームの向こう側』が見え始めているようだ。



「今回、俺たちは『ブリーズボード』のゲームを作ろうとしている。そしてその向こう側にいるのは、センティラス女王だ。センティラス女王は『ゴブリンストーン』に見向きもしなかった、ゲームに興味のねぇヤツだ」



 不意に三人娘がパッと顔をあげる。

 お互い同じ疑問を抱いたのか、顔を見合わせあっていたが……代表して突っ込んできたのはグランだった。



「ゲームに興味がないだって? そんなヤツに、アタイらのゲームをプレイさせるなんてできるのかよ?」



 俺はここぞとばかりに声を張り上げて答える。



「……だからこそ……だからこそだ! だからこそセンティラス女王の好みを徹底的に調べあげて、ゲームに反映させて……遊ばずにはいられないようなモノを創るんだよ!」



 本来、ゲームってのは何十万、何百万……いやモノによって何千万というユーザーを相手にしなきゃならねぇ。

 ソイツらの好みを調べあげ、ゲームに反映させることに比べりゃ、たったひとりの女王ユーザーなんて、取るに足らねぇ相手だ。



「それがうまくいけば、ゲームに見向きもしなかったセンティラス女王が、目の色変えてお前らのゲームを遊ぶことになるんだぞ!? そんな姿、想像してみろよ……! 最高じゃねぇか!? お前らは、ひとりの人間……しかも一国の女王を虜にしちまうんだ! 彼女の価値観を……いや、彼女の人生をも変えるかもしれねぇ!」



 俺は立ちあがって、さらに熱弁する。



「そんなとんでもねぇことをできるのが、ゲームってやつだ! 他の芸術にはねぇ……ゲームだけが持つ、圧倒的で、絶対的な力なんだ……! そしてそんなゲームを作ることこそが、ゲーム屋にとっての……最高の幸せじゃねぇか!?」



 ……三人娘には、それだけでじゅうぶんだった。


 彼女らはゲームの持つ力を、すでに身をもって体感している……!

 でなきゃゲームを作りたい、だなんて思うわけがねぇんだ……!


 ゲームの持つ力を目の当たりにし、衝撃を受け、虜になったからこそ……いま彼女らはここにいるんだ……!

 だったら俺は、その思いを受け止めて、伸ばして伸ばして、伸ばしまくってやるだけだ……!


 三人娘の瞳には、一切の迷いが消えていた。

 その澄んだ瞳には、俺だけが映っている。



「わかってくれたようだな……! よしっ、ならもう一度だ……! もう一度、『ゲームの向こう側』にいるヤツを睨みつけながら、仕様を、プログラムを、デザインを……作ってみるんだっ!!」



「「「……はいっ!!!」」」



 もういいてもたってもいられない様子の三人娘は、先を争うようにして自席へと戻っていった。

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