05 品評会

 品評会当日の朝。

 『ゴブリンストーン』に徹夜で仕上げを施した俺たちは、筐体を馬車に積み込んで王城へと向かった。


 パンダンティフ王国……これが俺たちがいる国の名前。

 城下街は中世ヨーロッパみたいなところで、鎧を着たドワーフや、ローブに身を包んだエルフとかが当たり前に行き来している。


 まさにファンタジーRPGみたいな所なんだ。

 でも、ジェムシリカのおかげで近代的な一面もある。


 電気みたいな街灯はあるし、発明されたばかりの自動車みたいなのも走っている。

 でも動力は化石燃料じゃないから、電気自動車みたいに静かときてる。


 だから、この街のカンジを俺なりの言葉で言い表すとするなら、洋ゲーのRPGじゃなくて……ファンタジーと近代文明があわさった、和ゲーのRPGみたいなんだ。


 俺はこの世界に来て、ぼちぼちになるんだが、それでもいまだに夢の中にいるんじゃないかと思って、頬をつねることがある。

 でも、ガバッと飛び起きることはない……ここが今の俺の、まぎれもない現実なんだ。


 城下町の大通りの向こうには、パンダンティフ城がそびえている。

 浦安の遊園地とかにありそうな美しい城。悪く言えば平和ボケしてる城だ。


 長いこと戦争とかは行われていないらしく、見張りの衛兵も少なく、のんびりしてる。

 まあ、だからこそ王様もゲームで遊ぶだけの余裕があるんだろうが……。


 俺は立て札の案内に従って、城の搬入口へと馬車を走らせる。

 搬入口は地下へと降りるゆるやかな坂道になっていて、渋滞していた。


 どれもゴブリンストーンを積んだ、貴族の馬車のようだ。

 俺たちの馬車を軽トラだとすると、ダンプトラック級の大型馬車がひしめきあっている。


 俺たちの出番は夕方だったから……実は昼からでもよかったんだが、ライバルたちのゴブリンストーンがどんなものなのか、見てみたくて早めに出てきたんだ。


 順番待ちの最中、俺はちらりと馬車の中を見る。

 夜通しデザイン作業をしていたコリンは寝てるかなと思ったんだが、充血した瞳をギンギンに見開いていた。


 かなり緊張しているようで、まだ品評会が始まってもねぇのにカチコチになっている。

 隣に座っているシャリテがなんとかほぐそうとしているようだが、強張った表情のままだ。


 途中で倒れたりすんなよ……なんたって、豚野郎をはじめとする鼻もちならない貴族どもを、ハイザーさんのゴブリンストーンで蹴散らすんだからな。


 しばらくして搬入口に通されると、そこで検査を受けた。

 変なものを持ち込んでいないか身体検査を受け、馬車の中やゴブリンストーンの中まで調べられる。


 検査をパスすると、次は品評会のスタッフらしきヤツらがドヤドヤとやって来た。

 ゴブリンストーンの筐体に番号札を貼ると、キャスター付きの台座に乗せて運んでいく。


 あとは、品評会の会場に行って、番号と名前を呼ばれるまで待つだけのようだ。

 呼ばれたときに王様の前に出てって、ゴブリンストーンのプレゼンをする。


 全参加者のプレゼンが終わると、最後に褒章授与者の発表があって、終わり……。

 優秀なゴブリンストーンはそのまま献上となり、お褒めの言葉と勲章をいただく。


 特に引っかからなかったヤツらは、搬入口でゴブリンストーンを受け取って、トボトボと持ち帰る……。

 全体の流れはだいたいそんなカンジのようだ。


 品評会があるフロアには、王族、招待貴族、参加者の貴族であれば自由に出入りできる。

 ただ、ここは重要人物だらけのようで……外からは平和ボケしているように見えたんだが、中の警備はかなり厳重だった。


 ゲーム好きの小僧が入り込もうったって、絶対に無理だろう。

 それに、送り迎えの使用人とかも入れないんだ。搬入口にある休憩所で待機してなきゃならねぇ。


 コリンは俺を使用人ではなく、ネステルセル家に所属するゲームデザイナーということにしてくれて、一緒に入れるようにしてくれた。

 メイド服を着ているシャリテはどう見ても使用人だったので、控室で待ってもらうことになった。


 俺はコリンに連れられ、品評会のフロアへと脚を踏み入れる。


 フロアは品評会の会場だけじゃなく、食事やダンスができる部屋もあった。

 ずっと品評会を観覧してもいいし、飽きたら途中退席して、メシを食ったり酒を飲んだり踊ったりしていいってわけだ。


 肝心の品評会会場のほうは、オペラでもやるのかと思うほどデカかった。


 いちばん奥に玉座がみっつあって、中央に王様、両側に女王と王女が鎮座している。

 その手前には広いステージがあって……運び込まれたゴブリンストーンの前で、マイクのようなものを片手に熱弁する貴族の姿。


 さらにその手前は5階層の観客席になっていて、オペラグラス片手に熱心にプレゼンを聞く客たちがぎっしりと詰まっていた。


 俺は鼻持ちならない貴族が大嫌いだったので、何があってもデンと構えて驚かねぇぞ、と心に決めてたんだが……。

 この会場の規模には度肝を抜かれちまって、初めて都会に来た田舎者みたにキョロキョロしちまった。



「す……すげぇっ……! おいコリン、これ何人くらいいるんだ?」



 並んで歩いているコリンに尋ねると、なぜだか嬉しそうに教えてくれた。



「はい。わたしも初めてこちらに伺ったときは驚いてしまって、父に同じことを尋ねました。父は、毎回5千人ほど観覧の方々がいることを教えてくださいました」



「ご……5千人かよ……!?」



「はい。これも父が教えてくださったのですが、観覧の方々全員を受け入れることができないそうで、抽選をしているそうです。他の王国の品評会は、もっと大きいのもあるそうですが……どこも満員だそうです」



「すげぇな……ゲームひとつにこんなに集まってくるのか……!」



「ゲームというのは、王族や貴族の方々が、みなさんで夢中になっている芸術品なんです。絵画や彫刻、演劇や音楽よりも人気があるんですよ」



「芸術品……ねぇ……」



 俺とコリンは係員に案内された座席へと座り、他のライバルたちの発表を見学した。


 豪華な料理に舌鼓を打ちながら、プレイできる食卓型ゴブリンストーン。


 入浴を楽しみながら、プレイできる浴槽型ゴブリンストーン。


 天蓋つきのベッドの天井に画面があり、寝ながらプレイできるゴブリンストーン。



「……コリン、俺ちょっとメシ食ってくるわ」



「えっ、レイジさん、もうよろしいんですか?」



「ああ、もうじゅうぶんだ」



 発表されたゴブリンストーンはどれもこれも、ガワの家具は贅を尽くしてるんだが……中身はぜんぶ、昨日俺が工房で遊んだゴブリンストーンと寸分違わなかった。


 レバーが裸婦像の形をしていたり、ボタンに宝石がちりばめられたりしていたが……中身は、ぜんぶ同じ……!

 それに観客どもは拍手を送ったり、ほほぅと感嘆の溜息をついたり……実にいいリアクションをしやがるんだ……!


 俺はカルチャーギャップのようなものを感じ、豪華な立食スペースだってのに、つい人目もはばからずメシをヤケ食いしちまった。


 シャリテの作るメシほどではないが、前世でも食ったことのないような豪華なメニューを手当たり次第に頬張る。

 せっかくだからシャリテにも食わせてやろうと、入れ物をもらって詰め込んだ。



「んまぁ……いやあねぇ、あの品のない食べ方……」



「まるで、ゴミをあさる野良犬のようですわ……」



「いったいどこの方かしら? とても名のある方には見えませんけど……」



 ヒソヒソ話が聞こえてきたが、俺は気にしねぇ……と思っていたんだが、捨て置けない声が混ざった。



「ああ、あの馬の骨なら、ボク知ってますよ」



 鼓膜に絡みつくような、ねっとりした声質。



「えっ? ブルさん、お知り合いなの?」



「ぶひひひ……いや、よしてくださいよぉ。あんなの、知り合いじゃありませんって。ネステルセル家の使用人です」



 豚みたいな笑い方に混ざる、豚みたいな鼻息。



「えっ、使用人? 使用人はここへは立入禁止のはずじゃ……」



「きっとコリンたんについてきて、ゴキブリみたいに入り込んだんでしょ。ほら見て、ゴキブリみたいなタキシードでしょ? ぶひっ!」



 豚の鳴き声を聞いているほうがまだマシな、下世話なネタ。

 俺はガマンできなくなって、ヤツの背後に音もなく回った。



「まぁ、いやだ、ブルさんったら…! オホホホホホホホ……!」



「冗談が、ほんとうにお上手……! オホホホホホホホ……!」



「ぶひひひひひ……ひぎゃああああっ!? なっ……なにするんだっ!?」



 弾けるように飛び上がったあと、振り向く豚野郎。

 俺は取り皿のローストポークを、口に運びつつ答える。



「あ……悪ぃ悪ぃ、豚の丸焼きじゃねぇのか。ついフォークで刺しちまった」



 そばにいた貴族のババアたちは、『豚の丸焼き』に反応して顔をそむけた。

 その肩が小刻みに震えている。どうやらツボに入ったようだ。



「ところで丸焼きクン、キミのゲームはもう出たのか?」



 俺の言葉に、ブフォッ! と吹き出すババアども。



「ぼ……ボクは丸焼きじゃない! ブル・ルブル・ブルット……! ゲーム作りでは知らぬ者がいない名家、ブルット家の長男だ!」



「そうか、で、もう出たのか?」



「フフン、残念だったね、もう終わったよ。ここにある料理なんか、メじゃないくらいの料理を食べながら、ゴブリンストーンがプレイできるという……夢のようなゴブリンストーンを、パパが発表したんだ!」



「……なんだ、アレ、お前んとこのだったのか」



「その通り……! 今回の発表は大成功だったから、白金褒章も取れちゃうかもねぇ! そしたらコリンたんも、ボクをさらに好きになって……ゾッコンでケッコンになっちゃうよねぇ!」



 おだてりゃ木にも昇りそうな勢いの豚野郎。

 うっとおしい鼻息を、さらに荒くしながらまくしたてる。



「そうなると、ネステルセル家の使用人であるキミは、路頭に迷っちゃうわけだ! もちろん、もうひとりの巨乳メイドたんはボクの家で働いてもらうよ! コリンたんといっしょに、裸エプロンで……ぶひひひひひひっ!」



「そうか、そうなったら好きにすりゃいい。だが……もし俺たちが白金褒章を取ったら……二度とコリンに近づかないと約束しろ」



 すると豚野郎は、「ぶひっ!?」と豚が豆鉄砲をくらったような顔をしたあと、



「ぶひひひひひひっ! こりゃいい! ぶっひゃっひゃっひゃっひゃっ!!」



 腹を抱えて爆笑しやがった。

 顔をそむけていたババアどもも向き直り、オホホホホホ! と高笑いしている。



「ま……万年落ちこぼれのネステルセル家が……銅褒章どまりのネステルセル家が……! 白金褒章って……! ぶひゃっ! ひゃーっひゃっひゃっひゃっ!」



 たまらない様子で、近くにあったテーブルをバンバン叩く豚野郎。


 墓地のときのコイツには、俺はたいそうムカついだが……いまはピクリともこねぇ。

 むしろ、哀れみのようなものを感じていた。


 あの程度のゲーム……いや、中身はいじってねぇから、もはやゲームでもねぇな……。

 それでゲームを作った気になって、満足して、他の制作者を嘲る……。


 コイツはまるで、わかってねぇ……。

 いや、違うな……品評会の貴族どもは、どいつもこいつもみんなわかってねぇ……。


 わかってねぇからこそ、中身をさしおいて、外見ばっかり豪華にしていくんだ。

 より筐体に金をかけ、金銀財宝をちりばめ、見た目だけゴテゴテと飾り立てる……。


 そこにいる、貴族のババアどもみたいに……!


 ゲームってのは、制作者どうしの戦いじゃねぇ……!

 遊び手……ユーザーとの戦いだ……!


 それがわかっていれば、外見のみを飾り立てることがいかに愚かなことか、わかるはずだ……!

 中身が伴ってねぇと、何億かけたところで、ハリボテでしかねぇんだ……!


 俺の心の中は、活火山のように熱く燃えあがっていたが……表面は湖の水面のように冷静だった。

 こんなヤツらには、百の言葉よりも、ひとつのゲーム……実物を見せて目を醒まさせてやるのが一番だと思ったからだ。


 俺は、なおもヒィヒィと笑っているバカどもに向かって言う。



「……夕方頃にはネステルセル家の発表だから、見ていけ。本物のゲームがどんなものか……教えてやるよ」



 それだけ伝えると、食堂をあとにする。

 俺が廊下に出てもなお、背後からバカ笑いの声が響いていた。

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