四面作戦

 広域農道北側現場と三つの無差別ゲリラ現場を同時に調査する四面作戦が始まった。不法投棄軍団との総力戦、いわば赤壁の戦いが幕を開けたのだ。証拠リストを作成し排出元を特定して電話をかける調査手法は現場がいくつあっても同じだ。リストを手に四人で分担して一斉に電話をかけまくった。調査先からの回答の電話の呼び出し音がひっきりなしに鳴り出し、事務所内はさながらオペレーションセンターと化した。

 「短期集中的に電話をかけると思わぬ相乗効果があるね。どうせなら業者に顧客からの問い合わせを殺到させてパニックに陥らせてやろう」伊刈はさらなる集中電話作戦を提案した。

 「無許可のダンプに出したことを認めるから調査をやめてくれ。こんなことやられたら会社が潰れる」そう自ら名乗り出る業者が続出した。集中電話作戦は効果覿面だった。

 「このアカタ環境って会社の名刺をどう思われますか」喜多は扇面ヶ浦の現場から収集した二枚の名刺を伊刈に示した。

 「個人情報にあたるかどうかってこと? それだったら名刺は家庭のゴミじゃないからそんなに神経質になることないよ」伊刈が言った。

 「そうじゃないんです。どう調べたらいいんでしょうか。名刺を捨てた場所なんていくらでもあるでしょう。特定は難しいんじゃないでしょうか」

 「自分の名刺を捨てたんなら部署が変ったか退社したときだろう。だけどそうしたら一枚だけ捨てるってことはないよな」

 「つまり営業先で捨てられたってことですね。それじゃますます難しいですよ。営業先なんて何百何千あるかわからないです」

 「いやそうでもないよ。この二枚は同じ会社の同僚の名刺なんだろう」

 「ええたぶんそうですね」

 「つまりこの二人が一緒に行った営業先で捨てられたってことじゃないかな」

 「あっそうか」喜多の顔が輝いた。

 「飛び込み営業の名刺なんてたいていすぐに捨てられちゃうからね」

 「なるほどほんとにそうですよ」

 「もしもこの名刺が普通の会社のオフィスのくずかごに捨てられたんだとしたら市町村の一般廃棄物として回収されるから不法投棄現場には来ないよな」

 「わかりました。この名刺を渡した営業先は産廃業者だってことですよね。それだったらくずかごに捨てないで会社のヤードに捨てた可能性があります。班長それビンゴですよ」

 「その線で調べてみたら」

 「たった二枚の名刺からそんな推理が可能なんて思いもしませんでした。証拠調査ってほんとにミステリーですね」

 「点を線につなぎ合わせる想像力のゲームだよな」伊刈は松本清張を引き合いに出したが喜多は気付かなかった。

 喜多は名刺の調査に夢中になった。

 「確かにそれは僕らの名刺ですね。すごいなあ、よくそんなの見つけますよねえ。棄てたゴミ全部調べるんですか。だけどね、うちは確かに環境って社名に付けてますけど産廃の炉を作ってるだけでね、自分じゃゴミは触ってないんですよ。だからうちが不法投棄するってことはありえないことですよ」電話口に出たアカタ環境の営業マンの宮杉が無防備に答えた。

 「不法投棄をしたって疑ってるわけじゃないんです。最近徳光さんとお二人でご一緒にご出張された機会はなかったでしょうか。方面としては前橋から高崎あたりですが」

 「ああそっち方面なら熊谷の産廃業者に一緒に営業に出向きましたね」

 「なんて会社ですか」

 「言っていいのかなあ。そこがやったんでしょう」

 「そうじゃないと思いますよ。そこが頼んだ会社がたぶん他にあるんです」

 「なるほどねえ、なかなか難しいもんですねえ」

 「営業先のお名前教えてもらえませんか」

 「僕が言ったって言わないでくださいよ」

 「約束します」

 「蘭山興業ですよ。でもほんとに内緒ですからね」

 「その時お二人とも名刺を渡されたんですよね」

 「はっきり覚えていませんけどね、初回でしたので出したと思いますよ。それが捨てられちゃったってことねえ。捨てる神あれば拾う神ありですか。はあ皮肉な因縁ですねえ」

 伊刈の推理どおりだった。二人が営業先の蘭山興業で渡した名刺はそのままヤードに捨てられ、無許可のダンプに積み込まれて犬咬に向かい扇面ヶ浦に不法投棄された可能性が大だった。

 喜多はすぐに熊谷の蘭山興業に電話を入れた。

 「うちの荷が不法投棄された。それはありえないですねえ。うちは収集運搬しかやってないんですよ。受注した産廃は全部ちゃんとしたとこに運んでます」電話口に出た蘭山興業の社長の陽我は自信満々に答えた。

 「運転手さんにも聞いてもらえないですか」

 「その必要はないですね。だって運転手は俺一人だからね、あはは」

 「産廃を運んでる処分場は何か所ありますか」

 「群馬方面の荷なんだろう。だったらうちが入れてるところは一か所ですよ」

 「どこですか」

 「言っていいのかなあ」

 「ちゃんとしたとこなんでしょう」

 「そりゃそうですよ。まあ不法投棄やるような会社じゃないから心配ないと思いますけどね。うちが契約しているのは大和環境ですよ。ここは新潟じゃ大手のほうだし、間違いないとこだと思いますよ。最終処分場だって持ってんだから不法投棄やる必要なんてないでしょう」

 「最終処分業者なんですか」

 「そうだよ知らないの。ここらじゃ大看板な会社なんだよ」

 「県外なもので」

 大和環境はこれまで犬咬の現場では聞いたことがない会社だった。

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