第21話 もはや道はなく
「ずいぶん卑怯だとは思うけど、こちらも出し惜しみはしない。お前にもう一度、地獄をくれてやる……
ぬるは大声てそう言うと、懐にサッと手を突っ込み、一冊の白い本を取り出した。白い本はひとりでにめくれ、大きく『外』と書かれたページで止まる。文字が光ると本から抜け出すように炎が現れ、二つに別れると人の形をとる。
その炎を見た途端、シュウの顔がこわばる。
「兄さん……! メルト……!」
「やっぱりお前はこの炎にふたりを見るか。外道炎はお前達をのした鎧炎の劣化版だ。元は汎用的な炎魔法だったぞ。その名前の通り、この炎は外道だ。人の心を嘲笑うという点で人道的じゃねえ。特性は相手が強く心に残している存在が投影される」
しかし、口にはしていないが外道炎にはとんでもない欠陥がある。これを使うときは、それを看破されないように立ち回ることが要求される。
ぬるはシュウの顔をしっかりと見る。すると、それがトリガーとなり炎が流れ始めた。相手には武器を構えて迫ってくるアキュートとメルトが映っているはずだ。案の定シュウは動けない。
「はっ!」
意外なことに、シュウは槍の柄で地面を小突いた。すると小さな水の針が外道炎目掛けて飛んでいく。炎に当たると同時に、炎の動きが一気に遅くなる。
数秒後、信じられないことが起きた。炎が青く変色し、ぬるの元を離れてシュウを守るように流れて行ったのだ。シュウも予想外の出来事に驚いて棒立ちになった。
――ぬるは、一瞬だけ炎の中にアキュートの顔をはっきり見た。笑っている。こいつは魔王などではなかった。むしろ……
「……うらやましいな、死んでまで守ってくれる人が居て。俺は……わかってんだよ。兄だって八田様に選ばれた俺に対して、同情で話していたって。師匠もだろうな。つまるところ、俺が魔王……だった訳だ」
おそらく。おそらくだが、ぬるにとって精霊の寵愛の大元は『八田様』だ。そして、外道の圧殺を使い、動いていたスキルの悪魔は、事故とはいえ人殺しという罪を背負い、八田様の影が被っており自暴自棄になった生前の自分自身だ。ぬるは自分と、心を封印してしまったから非情になったのだろう。地獄行きと割り切れたのだろう。
「……これは。スキルに裏切られるとは!突破口が開けたな、やっとだ」
そう言うと、シュウは槍を構える。槍に青い炎がまとわりつき、リーチがさらに長くなる。
色々な事を思い出し、後悔から目の光が消える。
「……ぬるさん」
ルミナの声が小さく聞こえる。
「寂しかったんですね。親元を離されて、八田様のターゲットが自分にのみ向くように隔離されて。あなたのスキルと能力はチート勇者を倒すものじゃない。人生を狂わせた八田様に仕返しするためのもの。そして技は個人技に特化している。それはいつも1人だから。全部繋がってましたね」
「反則してでも倒しとかねぇとな……」
風切り音が近づいてくる。少し目が覚めたぬるはもう一つ覚悟を決めた。先程、防護貫通を潰して鎧炎に変えた。使うなら今だ。
「お前を殺す 鎧炎」
真紅の炎が立ち上ると、槍の穂先をがっちりと掴み取る。質量のある炎なので、ものを掴むなどが可能だ。つかんだ部分から炎が伸び、シュウを囲んだ。大量の金属器の先端が見えている。先端は徐々にせり出し、一つ一つが違う武器となって襲いかかる。
「なんだこれは!?」
「体が……持たねぇ……いてえ」
シュウは槍を回転させ、武器を逸らしながら後退する。数秒後、鎧炎が縮み、ぬるの体の中に戻ってくる。戻ると左手に激痛が走った。相変わらずリスクもそのまま再現されているようだ。改変時にリスクカットをしておくべきだった。しかし、精神を蝕まれるよりかは全然マシである。鎧炎に紛れてシュウの背後を取った。痛みをだましながら刀を握る。
「上弦連突・五臓崩し!」
「くっ……!」
彼はなんとか五回の刺突を全て弾いたが、力負けして体勢が揺らいだ。その隙を見逃すぬるではない。
「終わりだ!
刀の上半分、レーザーで形作られた部分が伸びるとノータイムで振るわれる。ついにシュウの右肩を捉えた。超高熱のレーザーで組織細胞もろとも焼き切る。
「ぐわぁああああ!!」
痛みに耐えきれずシュウは槍を取り落とした。ぬるは刀を上段に構える。赤いレーザーが刀身に戻った。それを振り下ろすと刀が薄金色の鞘に覆われた。シュウは理解できない様子でぬるを見ている。
「お前は確実に
そう言うとぬるは手を合わせた。これから死にゆく者を弔うように。合わせた手を離すと、手のひらに桃色の球体が現れる。
「これは、炎、水、雷属性を帯びた俺だけの属性。『至天』属性と言う。大きさにもよるが、元となった三属性のどれかと相性の悪い魔法や属性を扱っていると……ドカーン、だ。んで、見たところお前の属性は、炎と水だな? という訳で、じゃあな」
炎は水に弱い。至天属性が相手に影響を及ぼす条件は達成されている。シュウは、桃色の球体が真っ青に染まった瞬間を見た。そして、意識が遠のいて行き、暗闇が訪れた。
――――「終わったな。次は
ぬるはクレーターのような大きな穴の淵に立っている。街のあった場所は更地になっている。弱点属性の人が多すぎたようだ。空間にヒビが入ると崩れ落ち、中からフリートが出てきた。そしてぬるの体内からルミナも帰ってきた。
「ぬるさん、怒りに任せてやり過ぎたのでは?」
「……そうだな、勝つために手段を問わなかったのはあるよ」
それは分かっている。だが、そう思わせるほどの実力を持っていた。まさか手の内をほとんど明かしてしまうとは思わなかった。流石にこの被害だ、生きては居ないだろうから情報は渡らないとは思う。
「……帰ろか。なんか、気が重い」
頭を軽く掻きながら歩き出したぬるの背中は、 後悔と悲しみが原因なのか、酷く弱々しく見えた。フリートとルミナは顔を見合わせると、ぬるを追いかけた。
――――――――
「者だ! …………か! 大丈夫か!」
「……だ……れ?」
「シュウ!」
シュウは、死んでなどいなかった。大ダメージは受けたが、地盤が砂泥の層だったお陰で
助かった。周りには数十人の武装した兵士がシュウを囲んでいる。
「……王国兵?」
「喋れるな、よかった! シューバリエさん、リハビリが終わったばかりに行方不明になるから心配したんだからな!」
「そうだよ。置き手紙なんかでパーティ解散とか書いても信じないからね!」
周りの人々も、口々に『よかった』『生きてた!』などと生存を喜んでいる。ここで、シュウは仮面の男がなぜあんな行動や言動に出れるのかに気がついた。
過去にとんでもなく深く、重い業を背負っているのだ。今も奴の体に影を落としている何かが居る。その『何か』とひとり孤独に戦い続けているのだ。あの2人もおそらく、仮面の男の願望だろう。ひとりを紛らわすために都合の良い幻影。あの外道の圧殺もそいつから身を守るための精一杯の盾ということだ。道理で化物じみた強さだ。
シュウは初めて仮面の男に『同情』を抱いた。振り返ってみれば、最強のスキルを獲得するまで自分にも当てはまることが大ありだった。奴は、自分達に『思い上がるな』といいたくて圧倒的な力で殲滅してきたのか、そう思わされた。
「復讐……ダメだったな」
「そんなこと考えたらダメだよ!」
一言、そばに来ていたラニに強く言われて黙り込んだ。不思議なことに、体は動く。右肩はズキズキしているが、回復の余地はありそうだ。
「おい! 生存者が沢山いるぞ! まさか、誰も死んでいないのか!?」
「なに?」
王国兵に事態を説明している町人の声が聞こえてきた。
「仮面をつけた男の人が、『危ないからここにいろ』って私に言ったんです。私はみんなに伝え、ここに隠れてました……」
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