第13話 外道の怪物、覚醒


「何!? ベルゼバレルが倒されただと? 例の勇者か?」

「いえ、仮面の男だそうです。その後勇者も撃退したそうです……」


明かりが少なく、薄暗い部屋の奥で王座に座している赤髪の男。筋骨隆々の体だが、身だしなみは整っている。そしてその眼は緑色で、まるで燃え上がるような印象を受ける。しかし、服装は……


「あの、魔王様。その服装はやめませんか? 部下に示しがつきません」

「いいだろ、これが一番楽なんだよ」


Tシャツだ。白地に大きく『魚』と書かれたものすごくダサいものを着ている。下はごつごつとした鎧に覆われているが、上が絶望的にナンセンスのため威厳などは全く感じられない。これについてはたびたび部下たちから注意されているのだが、本人は直す気がないようだ。


「して、その仮面の男とやらはどんな奴だ? 見た奴やうわさを聞いたやつはいるのか?」


はい、と部屋の入り口でかしこまっていた一体が口を開く。


「おおよそ、でたらめな強さだったそうです。魔法を放てば周囲は焦土になり、奴の背丈と同じくらいの長い剣は『抜かせてはいけなかった』『抜く前に総攻撃するべきだった』などと生存者からそう言わしめたほどのようです。勇者、シューバリエに対しては守り神、大妖精メルトを石化させた後、パーティを瞬時に壊滅させた様です。攻撃は無効化できず、追いつめられると赤紫の光で拘束を強引に破ったりしたみたいですね」

「なんだそりゃ。概念やスキルにまで干渉したってのか!? シューバリエだってそこまで弱くないはずだ。なんせなんだぞ」


その部下は、魔王と勇者がもともと兄弟であることを知っていたようで「もちろんです」と同意する。


「しかし、そいつの『赤紫の光』ってのが気になるな。黒いオーラでわが軍の猛者たちを震え上がらせたというのは、間違いなく外道の圧殺だ。俺以外に持っている奴が現れるとは思わなかったが……。さて、俺は勇者としてあいつを倒すのではなく、兄として弟の仇を討つべきだ。こんな力んで生きてみたところで、所詮は同じ女の腹から生まれたんだ。血は争えねぇってことだ。まさか敵ではなく家族としてこんな気持ちになるとはな! フハハハハ!」


大声で自分の状況ととるべき行動を考えた魔王は、かなり自嘲気味に笑い飛ばす。すると真顔に戻り、だれにも聞き取れないほど小さな声で何かをつぶやく。


――――――


「ぬるさん、ダンジョンは終わりましたか?」

「ん? ああ。大体終わったよ。まさか普通のゴーレムを作るのにあんな大量に素材が必要だとは思わなかったよ……しかもそこからさらに倍の素材で強化して、やっと一体だろ? きついわ、ホント」


そうぼやきながら立ち上がるぬる。すると、フリートが部屋に入ってくる。フリートは大きなカステラを三つ皿にのせている。


「作ってみました。マスターが教えてくれたおやつですが、お口に合いますか?」

「あー! 私も作ってみたかったのにぃ”ぃ”」


多少汚い声で残念がるルミナの頭をはたき、カステラを一つ口に入れる。卵と少し焦げた部分が絶妙に香ばしい。ルミナ作のダークマターを食わされていたころからは、食糧事情は大きく進歩した。自分で作ればよかったのだが、その時はまだ能力のコントロールがうまくいかずに何でも別のものに変わってしまっていたために彼女に任せっきりだったのだ。今思えば、ちゃんと教えてあげればよかったと後悔している。


「うん、おいしいよ。……なんだ? この気配。ダンジョンの外だな」

「ええ……あれ、この気配は。ぬるさんがもう一人? ミミックスライムかな?」


ルミナが挙げたのは、視認した生物をまねして変形するスライムの上位種だ。この周囲には数体いたような気がする。しかし、モンスターとは思えないほどの強大な気配に、ぬるに鳥肌が立つ。ぬるはさっと立ち上がると、部屋の隅に立てかけてあった日本刀を握る。日本刀の形は、勇者との戦闘時よりも少し短くなっている。その代わりに、刀身に浅い溝が入っている。この溝は、固いものを斬るときに刀を抜きやすくするためのものだ。さらに、鞘自体にも細工が施されており、ぬるの意識によって鞘が消えて刀身が出るようになっている。そして、普段は鞘に納めたまま戦闘することが前提なので鞘が軽くねじれた形状になっている。これで脛などを打つと、相手は立ち上がれない。ルミナに実験してもらったときは足が嫌な音を立ててひしゃげ、フリートに回復してもらう5秒程度、地獄の痛みを体験した。


「行ってきまーす。何であれとりあえず話をしてみる」

「……嫌な予感がします。行かないでください」

「私も、あなたが遠いところに行ってしまうような気がするんです。お願いですから動かないでください」


突然引き止められ、ぬるは驚く。ダンジョンの全体が大きな音を立てて少し動いた。フリートがダンジョンを操って閉鎖したのだ。二人とも必死の顔をしてぬるを引き止めにかかる。その剣幕に驚いたが、別に問題はなさそうだ。気配は依然として町の周辺にある。もしかしたら魔王かもしれない。勇者かもしれない。それを潰すのが自分のやりたいことだ。


「大丈夫だよ。すぐに戻る。心配するな」

「ぬるさん! やめて……」


ルミナが言い終わらないうちにぬるは刀をつかむとダンジョンから飛び出す。そして町まで歩いていく。草原をゆっくりと進むと、遠くに大量の人影が見える。見た感じ、武器を持っているようにも見える。気配はそこから放たれているようだ。つまり、たくさんの人が集まって強力な気配になっていたのだ。さらに、後ろからその気配など”それ”に比べたら微々たるもの、そんなレベルの気配が近づいてくる。

ぬるは振り向く。黒いオーラで顔がよくわからないが、筋骨隆々の男が歩いてくる。


「やぁ。仮面の男……いや、魔剣使い」

「それは……外道の圧殺か? てことは、魔王だな?」


いかにも、とその男は名乗った。


「俺の名はアキュート・ラブリュス。弟が世話になったようだな」

「弟? あの将軍様か?」

「いいや? お前が吹き飛ばした奴だよ。名前は……シューバリエ」

「……嘘だろ? 魔王と勇者が、兄弟だと?」


「その通り。もともとは仲が良かったが、あいつは精霊に選ばれた。そして俺は、悪魔に選ばれた。運命のいたずらってやつだ」

「いたずらが過ぎる」


ぬるは振り向くと、日本刀を振りぬく。後ろから不意打ちをくらわせようと、一人が近づいていた。相手の頭蓋骨が砕ける嫌な音が響く。その音を聞いたとき、生前の思い出がいくつかよみがえる。全国大会の決勝戦。病院。中学校の時。俺は取り返しのつかないことをしてしまった。


「ぬるさん。思い出してはいけませんよ。あれはあなたのせいではありません。そして、こうなるから戻れといったのに……」

「ルミナ……?」

「驚いたな。まさか、悪魔と精霊の両方に選ばれているとは……お前は昔、いったい何をしたんだ?」


何をしたんだ? 俺は何をしているんだ? なんで死んだんだ? ここになぜいるんだ? 自分は悪くない。悪いのは……


〈オマエジシン ダゾ ニゲルナ ミズカラノ ココロノヤミ ミトメロ〉


違う。俺は何もしていない。死にたくない……殺したくない……理不尽だった……。


「俺が殺したんだ……俺が……悪いんだ……助けるために……俺が死ぬべきだったんだ!」

「ぬるさん! 落ち着いてください! あなたは正しかった! それはずっと見てきた私が保証します!」


〈オレノ チカラ ワタシテヤロウ アクマ二 ミイダサレタ モノヨ〉


誰だ? でも、俺は生きる。人間なんてそんなものだ。責任を押し付けて生きていく。正当化しなければ心が折れる。それが俺たち人間だ


赤紫のオーラが足元からたなびき始める。周囲の草はすべて枯れ、しなびていく。


「これが赤紫の光。シューバリエを殺しかけた力か」

「ぬるさん! お願い! ぬるさん!」



ルミナが必死に声をかける。すると、ぬるは顔を上げる。その顔はまるで、悪魔に取りつかれた様な形相だった。お面の右側が割れ、素顔が一部あらわになる。目は黒から真っ赤に変色している。


ぬるは口を開くとこう言った。


「全員殺して、俺は生きる」



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