私色の花火で染め上げてあげる


 お祭りが嫌いになったのは、いつからだろう。あんなに夜店で綿あめやかき氷を買うのが好きだったのに、いつからかあの群衆のなかに身を置くのが怖くなった。


(分かってる――)


 私が、誰かの悪意を感じてしまったから。

 きっと反論したり、反抗できたら楽だったんだと思う。


 この群衆のなかにまぎれたら、悪意を囁かれてしまう気がして。

 それなら、最初から諦めたら良い。


 繋がらなかったら良いし、期待なんかしなければ良い。

 そう思っていたのに、と思う。


 でも、この年まで好きだったのは、打ち上げ花火で。どうしてなんだろう、と思う。あの色とりどりの光を思い出していると、どうしても見たくなって。思わず背伸びしたくなってしまう。


 電柱に貼られていたのは、河川敷サプライズ花火大会のチラシで。


 世界的な感染症から、密になるお祭りは中止になっていた。薬の開発も進み、感染症とお付き合いしていく風潮は高まっているのは確かだが。大体的な夏祭り開催とまでは至らない。

 だからこそ、密を防ぐため、時期を前倒ししてサプライズ花火大会なのだ。


 でもきっと、たくさんの人が集まる。


 私の家からじゃ、花火は見えない。だから諦める。

 諦めることなら慣れている。

 と――。

 彼が私の手をきゅっと握った。


「ねぇ雪姫ゆき。アソコからなら、花火が見られないかな?」


 と冬君が言った。

 私が感じていること想うこと。彼には時々筒抜けになってしまって――本当にかなわないと思う。


「冬君……。ご、ごめんなさい」


 彼に気を遣わせてしまった。何だかそれが申し訳ない。


「うん?」


 彼は首を傾げて見せて。


「俺が花火を見たいだけだし。でも、あんまり人が多いところは苦手だからね」


 彼がニッコリ笑うので、つい抱きつきたくなってしまって。そんな衝動を抑えるのに私は必死になっていた。

 だって、これは。

 まだ私の一方的な片想いだから。





■■■




 気合いをいれすぎかな? って思う。お母さんには「似合っている」と言ってもらって。弟からは「とっとと冬希兄ちゃんを落とせ」と言われて。

 私は口をパクパクさせて、そんなんじゃないと反論するけれど、きっと説得力はなくて。だって私の頬が熱をもっているから。

 とインターホンが鳴る。ディスプレイに映る冬君は、浴衣姿で。


「示し合わせたようね」

「紺色の浴衣は紫陽花が兄ちゃんで。桃色の浴衣は桜。それが姉ちゃん、と」

「べ、別に話し合いなんかしてないもん」

「相思相愛って言いたいと?」

「ち、違うから。ちょっと、余計なことを言わないで!」


 振り切るように、玄関を出る。

 冬君が一瞬、目を細めて。その表情を笑顔で崩す。


「冬君?」


 私は目をパチクリさせた。


「うん。雪姫、可愛いよ」


 照れもなくストレートに言ってくるから、冬君はズルい。私は彼の手を握る。付き合っていないけれど。彼氏彼女の関係じゃないけれど。

 私達にとっては日常のスキンシップになっているから。冬君も当たり前のように、私の手を握ってくれて。


 焦ったり、混乱したり。そんな感情がようやく落ち着いてくる。


 大好きな人と手をつないでいるのに、と思う。

 ドキドキはしている。


 でもそれ以上に、安心している自分もいて。

 だから、背伸びすることなく、言ってみせた。


「冬君もカッコいいよ」

 満面の笑顔で。




■■■



 ――


 裏山の神社を抜けた先は、この街一帯を展望することができる、私のお気に入りの場所だった。


 河川敷の位置、いくつもの灯りが灯っている。

 以前の夏祭りに比べてお店は少ないはず。でもきっと行く人行く人が笑顔なんだろう、と思う。冬君が懐中電灯で照らしながら、巾着から空き缶を取り出した。


「冬君?」


 私が声をかけると、まるでコレから悪戯をするような、そんな笑顔を浮かべる。空き缶にはモーターが取り付けられていて、中はアルミホイルが貼られていた。彼がこの前、図書館で借りていた本を思い出してピンとくる。


「お店のようには行かないだろうけれど、綿あめを作ってみようと思ってね」


 ニッと笑ってみせる。

 ザラメを入れて、スイッチをオン。割り箸をクルクル回せば、いびつな綿あめがあっという間に完成して。

 それから、と。切り株のベンチにラムネを置く。


「流石にかき氷はムリだったけれど。コレぐらいなら、ね。温くなってるけどさ」


 私は綿あめを唇に振れる。

 甘い。

 食感はそんなにふわっとはしていない。


 でも甘くて、甘くて。


 私の気持ちごと溶かしてしまいそうなくらい、甘くて。

 いつも冬君は、こうやて私を驚かせて――それ以上に喜ばせてくれる。


「冬く――」


 思わず、ずっと飲み込んでいた気持ちを伝えようと背伸びしようとした、その瞬間だった。




 ぱぁん! パァン!




 夜空に花弁が咲く。赤、青、黄色、満開の花弁が咲いては散って。咲いて、咲いて、咲いてを繰り返していく。







■■■




――ゆっきって、花火が好きだよね?

――そうだね。なんでだろう? 自分でも不思議だなって思うけど。多分、いがみ合ってもケンカをしても、花火の前じゃ、みんな笑顔になるから、かな?

――ゆっき、らしいね。




 かつて幼馴染たちと交わした言葉。

 でも。今、私は不特定多数の人の笑顔は望んでいなくて。


 この目の前の人が――冬君が、夏祭りよりも綿あめよりも、花火よりも私を一番に見て欲しい。そう思ってしまう。

 と、冬君と視線が合った。


「え?」


 まさか花火の最中に、視線が合うと思わず、私は狼狽えてしまう。

 でも冬君は、ニッコリ笑んで花火に目を向ける。


「雪姫と花火が見れて良かった。諦めなくて良かったなって思うよ」

「うん」


 私はコクンと頷く。私も、諦めなくて良かった。そう思う。

 私達は切り株に腰を掛けながら、距離をいつもより少しだけ近くにした。

 諦めたらいっそ楽なのに。

 多分、諦めないからこんなにも心の中が騒がしくて。苦しくて。全く穏やかじゃないけれど。





 ――いつか大切な人ができたら、その人と花火を見たいって思うよ。

 ――へぇー。ゆっきもそう思うんだ?

 ――人並みに、私だってそれぐらい思うよ。

 ――二次元が推しって言うくせにぃ。



 悪友と笑い合っていたあの頃が懐かしい。

 片手は離さず、冬君とその手を触れ合って。


 今はまだ、言葉にする勇気はないけれど。いつか、伝えるんだ。

 だから、その日まで。

 冬君の心の中、ぜんぶ。


 私色の花火で染め上げてあげる。


 他の子なんか見られないくらい。目移りなんかさせないくらい。

 花火が上がる。

 光の花弁が照らして、散って。また輝いて。私達を照らして。


 もっと、もっと近くへ。

 まだまだ足りないから。

 全然、まだまだ足りないから。


 私色の花火で染め上げてあげる――。





________________


某ノベルアップ●(伏せ字の意味w)

夏の5題小説マラソン 第2週参加作品

連載小説「君がいるから呼吸ができる」の冬希と雪姫で書かせてもらいましたが、本編を知らなくても楽しんでいただけるかと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る