第5話
逃げ回るミオのHPが赤くなった。もうほんの数撃受ければ、ミオが死んでしまう。回復魔法を唱える暇はない。立ち止まればガイコツの剣の餌食になってしまうからだ。
頼むよショウタ! 倒れてる場合じゃないだろ!
増田の祈りが通じたか、ショウタはゆっくりと立ち上がった。麻痺の効果は持続している。また、いつ倒れるか分からない。それでもとにかくミオの元へ走り、そして剣を抜いた。
大剣の一撃が、ガイコツを後ろから両断した。短剣の攻撃がミオに届く寸前で、ガイコツはバラバラに砕け散った。
「大丈夫か?」
麻痺の効果でまた地面に倒れながら、ショウタは言った。
「うん。ショウタが守ってくれたから」
ミオはありがとう、と言って広範囲の回復魔法を唱えた。とりあえず、安全圏まで二人は回復できた。ほっと胸をなでおろした。
ひとまずは、ミオのテレポートで街まで戻った。これ以上探索を続けるのは危険だ。
「もうダメかとおもったよ~」
街の入り口に戻った時、ミオは泣きながら言った。
「良かったよ、無事で」
自分の無力で彼女が倒れる姿なんて、できれば見たくはないものだった。
そう考えた時に、増田ははっとした。そうじゃない。それは少し違うのだ。
「ショウタ」はきっと、ミオが倒れる姿なんて見たくはないだろう。
増田はつまり、そういうことを言いたかったのだと思いなおした。
*** *** *** ***
「あのねえ、ダメだよこれじゃ。分かってる? もっと先方の要望をいかにも取り入れたように作らないと。見た目が肝心なの」
「はあ……」
増田は上司の机の前でうなだれるように話を聞いていた。増田の働くオフィスは、ビルの七階にあった。窓の外には、開発中の町並みが見下ろせる。池端は以前、人が増えるのはいいけれど、昔のままの街が懐かしいよ、と市長の方針を評していた。このビルも、新開発の一旦だと聞いている。真新しい鉄筋建てのビルは、まだ塗料のにおいが抜けない。
この根岸という上司は、本部から転属したての増田のことを目のかたきにしている。増田はそんな印象を受けていた。今回もそのように思われた。次回の会議に使う書類が、全くなっていない、と言われているのだ。
そんなことを言われても、これ以上どうすればいいというのだろうか。
「別にね、要望を取り入れろ、と言ってるわけじゃないんだよね。取り入れたように書け、と言ってるんだ。簡単なことじゃない?」
それが難しいと言うのに。それでも増田は「はあ」と返すのが精一杯だった。
「あんまりね、新人気分が抜けないようじゃ、困るんだよね。私ね、早く本社に戻りたいんだよ。君みたいな部下がいるとね、まずいんだ。分かる? 君には分からないだろうけどね」
あまりにもひどい言いようだったが、増田はスミマセン、と謝った。二言目には本社に戻りたいとばかり言う。片田舎に、いつまでもいられないんだ、と。しかし、こんなくずでも、上司は上司だ。がまんしなければならない。
背を向けて、自分の席に戻ろうとした。そのときに、再び根岸が口を開いた。
「君さ、この間、駅前で携帯ゲーム機なんかで遊んでただろう。見たんだよ。あんまり、恥ずかしいことはしないでほしいね。学生じゃないんだから」
頭の固い老人のざれ言だ。増田は分かってはいたが、机に戻った増田を、くすくすと笑う声が聞こえてきた気がした。つき返された書類は、気がつけば手の中でぐしゃぐしゃになっていた。
現実でも、必殺技が使えたら。
真っ赤な剣閃ひとすじに、腹立たしい上司も、自分を見て笑う人らも、出来の悪い書類も、言い返せない弱い自分も、全部ショウタが真っ二つにしてくれたら。
馬鹿馬鹿しい。ここはゲームの中ではない。
ショウタは今、増田のカバンの中の、ゲーム機に刺さったマスカレイドパラダイスのソフトの世界の宿屋で、次の冒険にそなえて眠っているのだ。
*** *** *** ***
その日のショウタはいつも以上にズバズバと敵を切り裂いた。防御をする時間も惜しかった。ダメージはどうせミオが回復してくれる。必殺技も惜しまず使って、とにかくショウタは敵をこなごなに粉砕した。
ショウタは強い。ショウタは世界を救う勇者だった。街の人たちからは大いなる戦士とたたえられ、シルバーファングという称号ももらった。敵をくだく銀の牙。ショウタにふさわしい名前に思えた。その剣は数え切れない敵を斬り、銀の鎧は数々の攻撃をはじいてきた。
ショウタと、そしてミオと冒険に出ている間だけは、増田は自分も強くなれる気がしていた。この世界では、自分は英雄で、そしてミオというすばらしいパートナーもいる。ここにいる間だけは、どんな恐ろしい敵にも立ち向かえる。そして、どんな敵にも対等に渡り合ってきたのだ。
「どうしたの~? なんかやなことあった?」
北の洞窟の三階層を抜けたところで、ミオが聞いてきた。ミオは麻痺回復の魔法を覚え、攻略準備は万全。そのはずだった。わらわらとわく雑魚敵はもはや脅威ではなく、ショウタたちに経験値とお金をプレゼントしてくれる存在になっていた。
だというのに、ミオはそんなことを言うのだ。
「いや、別に。なんで?」
「だってショウタ、かなしそうな顔してるもん」
どきりとした。
昼間の一件で、確かに少し落ち込んでいた。しかし、顔に出るほどだっただろうか。それほど自分は今日のことを気にしていたのか。
「気にするなよ。大したことじゃない」
「ぶ~、なにそれ~」
けちんぼ。とミオは言った。
そんなことを言われても、と困ってしまう。今まで、ミオに現実の増田の話をすることなどなかった。それがマナーだと思っていたし、それでいいと思っていた。ミオは増田の本当の姿を知らないし、ショウタもミオを操作しているプレイヤーのことなど知りもしない。それでも冒険は出来るのだから。
だが、なかなかミオの機嫌はなおらなかった。こちらから話しかけても、怒った顔を返されるだけだった。
「ショウタが話してくれるまで、しゃべってあげないもん」
まったく、どこまでも子供なのだ。仕方なく、大人である増田が折れた。
「……実はさ、今日」
会社で嫌な事があってさ。
ショウタの口を借りて、増田は話し始めた。すぐにやめよう。そう思ったが、不思議と言葉はとまらなかった。これでは、ただの愚痴だ。
ミオはショウタの言葉を、時々あいづちを入れながら、静かに聞いていた。
嫌な上司の話。つかなきゃならない嘘の話。何にもできない自分の話。うまく行かない仕事の話。思いつくこと、全部話した。
「……これでおしまい。ごめんな、退屈な話聞かせて」
「ううん。いいよ~。だって仲間だもん」
ミオはしばらく立ち止まったまま、じっとショウタの方を向いていた。そして、
「ね、ショウタはげんじつきらい?」
と言った。げんじつ、と言うと、なんだか怖い響きに見えた。
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