『イケてる結婚詐欺師はお好きですか?』

 神哉の家は高級住宅街の一角に位置している。2階建てでルーフバルコニーと地下室付き中庭ありで浴室とトイレは別。地下室に個室が二つとホームシアター完備、1階に和室と物置と化してしまった一部屋があり、2階に浴室と寝室と仕事部屋、そして使っていないがら空きの部屋が一部屋。男一人で住むには充分過ぎるほど広い7LDK、はっきり言って豪邸だ。

 当たり前だが7LDKともなればやはりそれなりの値段がする。しかし神哉は二十歳という若さでこの家を一括購入、不動産屋を驚かせた。


 別に絶対大きな家にしたかったわけでもなかったけれど、広いに越したことはないかなという安易で安直な考えの元、この家を購入した結果……。

 実際に住んでみて数日、すぐに気付いた――――掃除がめちゃめちゃ大変なのだ。綺麗好き以上潔癖症未満の神哉には掃除を妥協することができず、一人でリビングダイニングキッチンに加え、トイレや風呂、その他の部屋の掃除は骨が折れるなんてレベルじゃない。


「ぐぁ~。疲れた、腹減った、キツイ……」


 時刻は午後6時近く。昼頃から開始した掃除は一向に終わる気配がない。昼飯も食べずに始めてしまったせいで、空腹と掃除する箇所の多さにイライラが募っていた。しかもこの後は自分で晩飯を作らなくてはいけないということ思い出し、余計にイライラしだす神哉。

 怪我しない程度にイライラを壁パンすることで発散していると、突然バンと勢いよく玄関の扉が開かれた音がした。その音に続いてこんな声も。


「警察だ! 高天原たかまがはら神哉しんや、出て来い!!」

「…………」


 野太い声が家の中に響き渡った。神哉はクイックルワイパー片手に1階へ階段を下る。警察を恐れる犯罪者の足取りではない。それもそのはず、神哉には先ほどの声の主が何者なのかわかっているからだ。

 階段を下ると、そこには明るい茶髪の爽やか風イケメンが立っていた。


「やっぱりお前か、カズ。冗談でも警察って言って入ってくるのやめてくんない? 意外とビビる」

「にしてはいつもにまして仏頂面ぶっちょうづらだな神哉。あ、もしかしてお前今……」

「あぁ、そうだ。カズちょうどいいところに来たぞ。今から掃除手伝ってくれ」

「やっぱりかよ! オレこの前来たときも手伝わされたんだぞ。絶対手伝わないからな」


 神哉が掃除している時は大抵イラついていると知っているカズと呼ばれた青年は、予想が的中し断固として手伝う気がないことを示すが……。


「少しくらいいじゃんかよー。こちとら真っ昼間から何も食わずにずっと掃除してんだぜ?」

「知るか! こんなデカい家に住もうと思ったお前が悪いだろ」

「ぐぅ……っ!」


 ド正論で返されてしまい、ぐぅの音しか出せない神哉。

 結局、神哉はなくなくひとりで小一時間ほどかけ、掃除を完了したのだった。




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 女泥棒あづま彼杵そのぎに続き、今日神哉の家にやってきた爽やか風イケメンの名は、佐世保させぼ和人かずひと。大学四年、二十四歳、非童貞。神哉らからはカズという愛称で呼ばれている。

 そしてもちろんのことながら、彼も犯罪で日々の生計を立てる犯罪者だ。ただ和人かずひとの場合、泥棒の彼杵そのぎとは違って神哉と同じの系統に入る。

 だが神哉が室内でひたすらパソコンに向かって顔もわからない人間から金を騙し取るのに対し、和人かずひとは実際に金を騙し取る人間と面と向かう。ターゲットになるのは全て女性、結婚しようと嘘を吐き、金を騙し取って行方をくらます。

 世間一般に結婚けっこん詐欺さぎと呼ばれているもの、それが和人かずひと生業なりわいである。


「かぁぁぁあ! 疲れた身体に染みる、美味い……」

「そりゃ良かったよ。久々に来るから奮発したんだぜ、その酒」

「へぇー、いくらくらい?」

「うーん。当ててみ?」


 神哉は和人かずひとの持ってきた800mlの酒瓶を手に取り、銘柄などを確認してみるが、酒に疎く全然相場が予想できない。首を捻る神哉に和人かずひとがニヤニヤしながらドヤ顔で正解を言った。


「正解は、一万三千円~」

「は? こんだけの量で一万!?」

八海山はっかいさんって名前くらいは聞いたことあると思ったんだけど……相変わらず酒に興味ないんだな」


 和人の持ってきた日本酒は八海山はっかいさん金剛心きんごうしん。日本酒の中でも最高峰である純米大吟醸酒であり、二年間の長い熟成期間を経て、夏季冬季の数量限定で販売される。

 瓶の色が夏はあお、冬は黒でけられており、今日和人が買ってきたのは黒。

 酒好きな和人は神哉に一通り説明するが。


「純米……大、吟醸?」

「はぁ。神哉に酒の素晴らしさを伝えようとしたオレがバカだった……」

「お、おいそんな悲しそうな顔すんなよ。とにかくレアな酒だってことはわかったから……!」


 神哉はため息を吐く和人かずひとのグラスに酒を注ぎ足す。

 そしてまた別の話題を切り出した。


「あ、そう言えばカズ。久々にうち来たってことは、ひと仕事終わったん?」

「おう。今回は短めに切り上げたんだ。三ヶ月くらいだな」

「三ヶ月……! そんな長いことひとりの女に執着して食べていけるのか」

「もちろん。結婚詐欺ってのは、何も行方をくらます前に何百万を持ち逃げするってだけじゃない。俺の場合、その女の子の家に転がり込んで養ってもらってんの」

「うわ……。さすがは元ガチのヒモ野郎なだけはあるな……」


 あまりにもクズい女の敵代表のような和人の発言に、若干……どころか普通に引いている神哉。

 和人が結婚詐欺師になったきっかけは、神哉が言ったように付き合っていた年上の彼女のヒモだった過去が由来しているのだ。

 当時は存分にヒモライフを満喫していたのだが、養ってくれていた女の子の親に見つかってしまい、和人は追い出され、心に決めた。


 これからオレは女の子に養ってもらって生きていこう、と。


 そうして徐々にヒモより稼げる結婚詐欺師へとチェンジしていったのだ。


「やっぱお前……クズだな。彼杵そのぎとサヤねぇが女の敵って言うのもわかるわ」

「あの二人マジでオレに当たりキツイよなぁ。あ、そういやつい最近彼杵そのぎちゃんここに来たろ?」

「ん、なんでわかった? 彼杵と会ったのか?」

「いや匂いで。うすーく残り香がするから」

「……」


 さすがの神哉も、その見分け方にはドン引きしてしまい、何も言うことが出来なかった。




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「すぅー……くぅー」


 神哉と和人の二人で飲み始めて二時間ほどが経ち、掃除の疲れが溜まっていた神哉は可愛らしいいびきをかいて眠っている。

 仕方なく和人が残った酒を片付けるようにひとりで晩酌を続けていると、神哉宅のチャイムが鳴った。玄関へ向かい、ドアを開けるとそこには。


「うげっ! ナルシー!?」

「んなぁ、彼杵そのぎちゃん。その呼び方そろそろやめてくれよー」

「いやです。結婚詐欺なんてやってる人、ナルシストばっかりに決まってます。逆に自分のことかっこいいと思ってない人は結婚詐欺なんてしませんよ!」


 彼杵そのぎは和人に蔑みの目を向けてそう言う。和人は困り顔で頭をかいた。


「それは彼杵そのぎちゃんの偏見だって。なんでそんなに怒るんだよ」

「ナルシーがさっきまで神哉くんと二人っきりだったってのが許せないんです! 羨ましいぃ! ていうか私も中に入れてくださいよ」

「んー、オレもそろそろ帰るから、一緒に帰らない? 駅まで送るからさ」

「はぁー? 意味わかんないんですけど。私神哉くんに会いたくて来たのに、何が悲しくてナルシーと一緒に帰らないといけないんですか」


 ブスッと口を尖らせ、明らかに不満そうな彼杵。


「神哉、今日一日掃除してて疲れて寝ちゃってるんだよ。このまま寝かしといてやってくれない?」

「あー、ならいいですよ。私、神哉くんに添い寝しときますから!」

「彼杵ちゃんが間違って手を出しちゃうかもしれないから、それはダメだな」

「んなっ!? チッ……小賢しい」


 和人の読みはどうやら的中したらしく、彼杵は舌打ちして和人を睨みつける。対する和人は爽やかスマイルを崩さず、彼杵の背中を押すように神哉の家を後にした。


「はぁぁ……神哉くんの寝顔、超見たかった」

「改めて、ホントに神哉にぞっこんなんだね」

「そうですよ? 何か文句あります?」

「だからなんでオレとの会話はそんなに喧嘩腰になるんだよー」

「だって……サヤねぇのこと、襲ったんでしょ?」

 

 彼杵の下卑たものを見る目を受け、和人がはぁとため息をついた。今度こそ彼杵から自分の好感度を上げるべく、反論を発言する。


「とんだ誤解があるようだ。いい? オレはサヤのことを襲ったんじゃない。うーん、そうだな……お互いにお互いのことを挑発した結果、成り行きで? ヤることになっただけだ」

「な、成り行きってなんですか、成り行きって! やっぱりナルシーは女の敵です!! キモい!」

「あれ、言い方ちょっと間違えたかな……」


 結局彼杵の中での和人の好感度は前にも増してガタ落ち。そして彼杵は和人から距離を取るように全力疾走で闇夜に消えていったのだった。


「はぁ……恋する女の子の扱いはめんどくせぇな」


 和人はそう呟いて、新たなターゲットを探すべく、ひとり夜の街へと繰り出した。

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