第17話
効果が完全に消えるまでには三十時間程だった。
思っていたよりも長くは効かないものなんだなというのが最初の感想。
その間は一睡もせず、ただただ幸せに塗れ、音楽ばかり聞いていた。
充電切れを起こしていた携帯にケーブルを繋げてスイッチを入れるとどうやら途中で染谷にメールを送っていたようだが、その半分は記憶にない。
でも内容を読んでみると『凄い』『ヤバイ』『とんでもない』と言う単語が八割をしめているところを考えるとやはり最高の時間だったようだ。
笑ってしまうほどに文章は単調で、これ以上ないくらい直接的で俺もとことん語彙が無いなと携帯の送信済みメール画面を覗き込んでいると唐突に画面が切り替わり『染谷』の文字が現れる。
着信だ。
台風が通り過ぎた後の空のように清々しい気持ちで、電話に出ると、
「おお、生きてたか」
やっていたことを考えると冗談に聞こえない冗談を言う。
「ああ、ちょっと天国に行ってたけど生きてるよ」
俺はある意味冗談ではなく本気で返す。
「それで門(ゲート)から入れる方法はどうなんだい?」
俺たちは人なら誰しもが持っているモノにあえて門(ゲート)という他称を使って表現していた。
それはもちろん尻穴という字面や肛門という小学生の時以外に興味持つことの無い(あるならばやはり特殊な趣味と言わざるを得ないだろう)それをはっきりと口にすることに抵抗があったからだ。
ある意味反則めいた禁断を楽しんでいるというのにその徹底かできないところが俺たちらしいと赤目と満月のような瞳孔で大いに笑ったものだ。
そして門(ゲート)という単語にはもう一つの意味があるからというのが実際のところだろう。
そう、門(ゲート)とはこの辛く厳しい世界から、幸福で満ち足りた天国(ヘブン)へと入り込むために必要なところという意味で俺のやや毛の生えたソコはやはり門(ゲート)なのだ。
「ああ、俺も早く門(ゲート)から天国へ行きたいよ」
「今週は仕事なのか?」
本当に残念そうに呟く染谷に問いかけると、
「いや休みが一日だけなんだ、そして次の日は朝一番で行かないとだからさ」
「ああ…それは少し時間が足りないかもな」
俺の言葉もトーンダウンしてしまう。
ブースターとリキッドで天元突破してしまうと、丸一日は地上へと着地できなくなってしまう。
そしてその後は飯も食わず、寝ないで騒いだうえにまた肝臓が『幸福の異物』を分解するのを助けるためにその後の一日は大人しく過ごさなくてはいけない。
たまにやたら時間が長く効きすぎてしまってさらに半日は宇宙と地上の中間点をフワフワ浮き続けてしまうこともある。
その状態で仕事をするのは内面的にはともかく外面的にははっきりと異常なのでそれは避けるべきだ。
「それと変にスイッチが入ったらやばいしな」
「ああ、それもそうだな」
また納得する。
スイッチとは染谷がたまに入ってしまう被害妄想染みた思い込みだ。
不思議と俺はまだそれを味わったことは無いのだが、一度か二度、お互いに心を飛び上がらせて高速トークを繰り返している最中にふと染谷が『誰かがそこに居る!襲われる!』と言い始めて台所にあった包丁を持ち出したことがある。
まあそういう状態になっても俺が『そんなわけないだろう、ほらモクモクしましょうね』と言ってハーブのたっぷり詰まったタバコをそれによって慈愛に満ちた瞳で差し出すと素直にそれを吸ってまた楽しい旅へと旅立つ。
後日にそれを聞くと、どうやらハーブをしてるときにはそういう状態になったことないようだからリキッドの副作用のようだ。
まあ心を病んでいる以上はリキッドで変な方向に飛びすぎてしまうこともあるのだろう。
いわゆる勘繰りというものらしく、疲れているときにリキッドをやるとそうなるらしいので身体的と精神的なケアを重視するようにお互いに気をつけている。
「それじゃ連休がある来週まで待つことにしようかね、俺も控えてその日はハーブだけにしておくわ」
「う~ん…でもな~…あ~、どうしようかな…」
電話の向こうで悩み続ける染谷に『仕事だからしょうがないだろう?』と言うと、一瞬黙り込んだ後に染谷はこう言った。
「お前も社畜根性が出てきたな~」
その言葉に俺は大笑いする。
だがその笑いの一部に何か苦味のような違和感があるのは確かに感じていた。
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