クリスマスの祈り
猫野みずき
第1話 過去
今年もクリスマスがやって来た。俺は毎年のように、教会でのミサに行った。
といっても、俺は信者ではない。神なんて全く信じていない。俺がミサに行くのは、正確には、ミサが終わった後のバザーと、湯気の立つ温かいスープの炊き出しがあるからだ。
これは、教会の信者のご立派な奥さん方が中心になって、「奉仕」していただけるという、年に一度のありがたい行事だ。まあ、年に一回、安いバザーと温かいだけが取り柄のスープを配るだけで、「奉仕」なんて言っている、偉そうに構えた「上の方たち」なんて、本当は軽蔑しているんだが。でも、これを逃せば、あとはもう壁にもなってくれない段ボールで作った「部屋」に、引きこもって、ようようのことで稼いだ金を、仲間内の花札ですってんてんになるまで賭けてしまって、正月はふて寝するしかない。
そう、俺は「下の人たち」、放浪者だ。もう20年以上前に、強盗殺人を犯してしまい、刑務所に入り、出てきた時には50を越えていた。職なんて、もちろんあるわけもなく、せっかく刑務所で習った木工などの作業技術も役に立たなかった。そうして転落に転落を重ねて、今は「どぶ」と呼ばれている、この放浪者の「部屋」という段ボール小屋の集まる一帯にいる。
俺が強盗をやったのは、内縁の妻が子供をおろすためだった。俺はその頃から日雇いで働いていて、金がなく、ついうっかりして子供ができてしまったのだが、子供をおろすにも金がかかった。それで、妻には全く相談もなく、突発的に、このクリスマスの日に、パーティーをやっている家族の家に忍び込んだ。そこまではよかったが、そこの父親に見つかってしまい、度胸を振り絞って、金を出せと包丁をちらつかせながら脅したのだった。
だが、金を奪って逃げる途中で、子供に見つかり、その子をかばった父親を刺してしまった。彼は、俺の一突きで、子供を抱きしめながら絶命した。俺は観念した。自首したのだ。そのことと、俺ののっぴきならない事情が考慮されたのか、極刑は宣告されなかった。
しかし、獄中で妻が産褥で死んだと聞かされた時、俺はそれまで心のどこかですがっていた神を捨てた。俺が貧しい暮らしをしていても、支えてくれた妻が死んで、どうして俺だけが生きていけるだろう。俺には、助けてくれるような家族も、友人もいなかった。ひとりぼっちになったのだ。死のうとしても、刑務所では看守が見張っている。死なせてもくれない、人様に顔向けできる生活をさせてもくれない、この世界を心底恨んだ。
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