プロヴァンスの空はいつも青い

茉莉 佳

プロヴァンスの空はいつも青い 1

 プロヴァンスの空はいつも青い。

この地方では北風ミストラルは吹かない。


街路樹には、ポプラの替わりにワシントニアパームやカナリーエンシスが、熱帯独特のギザギザな葉を広げ、海の色はどこまで明るいセルリアン・ブルーだ。

友人の結婚式にでも招待されなければ、リールの街から出ることのない私にとって、地中海に面したこのプロヴァンス地方は、重く暗い北フランス地方とことごとく対照的で、新鮮で魅力的だ。

結婚式が終わった後も、私はしばらく休暇を取って、この南国の雰囲気を存分に味わって帰ることにした。

そのための資金は充分に用意している。

会社の上司は、突然の休暇をうるさく言うだろうが、長い人生に一度や二度くらい、こんな気まぐれはあった方がいいものだ。


 私の泊まっているリゾートホテル『Palais de la Mediterranee』の前には、ゆるやかに弧を描いた白い砂浜が、長々と横たわっている。

私は毎日の様に、その浜辺に置かれたビーチソファの上で、ひねもす過ごした。

北仏の山の中で育った私は、泳ぎはけっしてうまくない。

が、私が執拗にその『日課』にこだわったのは、『 プロヴァンス滞在中に泳ぎを覚えよう』などという殊勝な動機ではなく、ただ、海で遊ぶプロヴァンス娘を、間近で見たいがためだったのだ。


 私の故郷とこのプロヴァンスでは、すべてが対照的な様に、少女達もまた違う。

すくすくと育った小麦色の肢体に、水着もはじけんばかりに膨らんだ、豊かな胸。

栗色に波打つ髪に、ぱっちりと冴えた瞳は、真っ青な空を写し、その笑顔は底抜けに明るい。

そんな少女達が、人目もはばかる事なく、手足を存分に伸ばして、水辺で戯れている。

躍動する筋肉。

キラキラと輝く金色のうぶ毛。

はじける汗。

つまらない因習に縛られる事のない、ラテンの魅力だ。


時間が経つのも忘れて、私はそんな少女達に魅入っていた。

ストーカーとも変態とでも言うがよい。

私だってきわめて健康で正常な若い男だ。

友人の結婚式に参加して、若い男女の幸せにあてられたばかりでもある。

今、そこにある、かくも魅力的で美しい女性を愛でたくなるのに、なんの不思議もない。


 そんな風にして数日を過ごしたある日の昼下がり、私は今まで見た事もない様な、美しい少女を見つけた。

少女は目にも鮮やかな紅色の珍しい花束を、かごいっぱいに抱えて、真っ白なドレスをまとっている。

どこへ行くというあてもないまま、あらわな水着姿で横たわる女性達の間を、彼女はゆっくりと歩いていた。

年の頃は14~5くらいか?

からだはまだ「少女」のままだが、その美貌は回りのどの女性より秀でていた。

というより、むしろ彼女は、回りの景色からは、まったく浮いた存在だった。

腰までもある、艶やかなプラチナ色のまっすぐな髪。

冷めたピンク色の肌は、透きとおるほどに美しく、華奢きゃしゃはかない。

長い睫毛に覆われた淡いアクアマリンの瞳は、隙だらけで歩いているにもかかわらず、射る様に鋭く、注意深くあたりを警戒している様だ。

そんなプロヴァンスの景色とこの少女との不協和音が、余計に私の興味をそそった。


 私は会話のきっかけをうかがった。

断っておくが、私はパリの伊達男の様な「プレイボーイ」ではない。

しかし、アルテミス(月の女神)が目の前を通り過ぎるのを、黙って指をくわえて見ているだけの男なぞ、フランスにはいない。


つづく

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