第一話 弁柄堂
馬車鉄道に揺られ日本橋へと戻ってきた敢志は、去っていくそれを見つめながら昨日の事を思い出す。
あの老人の推理だと、このように馬によって引かれた客車が連結されその中で事件は起こった。目を瞑れば鮮明に思い出せるあの光景は昨日の事なのに遠く感じてしまう。それだけ濃く、そして寿命を縮める肝が冷えた体験だった。
「ふああ。」
東京警視庁で朝方まで事件の話をしていたおかげでとてつもなく眠い。
だが、士族の寄せ集めともなれば自尊心だけは高く、敢志に対しての態度はまるで犯罪者に接しているような圧迫感があった。
そのような緊張のせいでさらに疲れた敢志の足が二階建ての木造家屋の前で止まる。
見上げると立派な黒い瓦に、朝陽が反射している。そして一階と二階の間にこの家屋の看板でもある立派な横長の板には
それを見つめながら敢志は呟く。
「ただいま帰りました。」
細長い鍵を差し込み四枚綴りの木製の格子戸を人が通れる程度に開く。
中に朝陽が入り込み、舞っている微かな埃が煌めいて見とれてしまう。菓子が並ぶ棚には布が被さっており、大切な商品をそんな埃から守ってくれている。
そう、此処こそが敢志の営む菓子屋弁柄堂だ。子ども向けの安いお菓子から、団子や行事で出される高い和菓子まで様々な種類を売っている。昨日は横浜の菓子の仕入れ先に行く日だった。それなのに、結婚の話を持ち出され、蒸気機関車には乗り遅れ、挙句あの事件—――と、再び思い出し肩に不必要な疲労をまた上乗せしまった。
「少し寝るか。」
店の奥の
本来なら二階の自室で眠るが、もし起床することが出来ず客が来てしまった時に備えて一階に布団をひく。
しかし、布団には入らず今は襖で仕切られている仏間へ向かって手を合わせる。
「父上、母上、今日は疲れました。話したい事はたくさんありますが、今日はこれにて床につきます。」
一礼し布団に身を預けた瞬間、吸い込まれるように背中から力が抜けていく。
そして大きく深呼吸をして敢志は小鳥の囀りが聞こえる中眠りに落ちていった。
ン……、ド……、ドン、ドン!!
鼓膜が格子戸を激しく叩く音で震え、一気に脳が覚醒する。
「しまった。」
やはり寝過ごした。
敢志は布団から飛び起きて、身なりを整えながら散らばった草履を転びそうになりながら履き、格子戸まで駆けて行く。
「今、開けます!」
勢いよく格子戸を開くとそこには洋装をした男性が立っていた。
「貴方は……。」
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