第84話 いのちの仕組み

 啓が許してくれたような格好になって? わたしもとにかく勉強に精を出さなくてはいけない。

 平たく言うと、そのゼミで、そこの教授に気に入らないといけない。勉強がうんと出来なくてはいけないところもあるし、それ以上に人がらをまず見られたりする。わたしは実習はがんばってきたので、あとは友好を結ばなければならない。


「こんばんはー」

 今日は助手の落合さんが生餃子を作ってくれるということで、この手の集まりに必ず集まるにぎやかなメンバーが集まった。………一応、啓も出ていることだし今年になってからは、いつもわたしも出席はしている。飲めないけど。


 堺くんとちーちゃん、それから美夜ちゃんは欠席でわたし、啓、あと、啓たちの友だちで山口くんと福岡くん。山口くんと福岡くんはここのゼミ、狙ってるんだろうなぁ。四年生の沢木さん。


 とりあえずみんなで餃子作り。

 落合さんが皮を打ってくれることになっているので、その他大勢は一生懸命、具を…刻む……刻むんだけど……。

「風、手が止まってるっつーか…なんじゃこれは?」

「やーだー、やめてー」

「小鳥遊さんてお料理できない系女子なんだ?」

「意外……」

 彼らの後ろから鉄槌が下りる。


「なんだよ! 痛いだろう、啓」

「風のこといじめるなよ、本人はがんばってるんだから」

「ふぅん、小鳥遊さんと小清水くんてそういう関係なんだ?」

 落合さんにトドメを刺される。

「こいつら、ちょーイチャついてるんですよ」


「いやいやそれはいいけどさ、じゃあ小鳥遊さんを海外に連れていったらまずい? 二年くらい」

「二年?」

 みんなの声が重なる。

「お料理できるとありがたいけど、まぁ、できなくても小鳥遊さんは知識も深いから分類、得意だろうしね」

 みんながわたしを見る。


 海外に二年……。海外、行ったことないし、ピンと来ない。

「二年……ですか?」

「うん、まだ本決まりじゃないんだけど系統分類でね、キナバル予定。だから本当は煮炊きができるとすげー助かるんだな」

「二年……」

 わたしも啓も思案顔になる。落合さんは、

「そんなに重く考えなくていいよ。でも、少なくとも修士までは論文書かせてあげる。そしたら、一年で帰ってもらっても構わないかな?」


 餃子の皮に具を詰める。

 みんながせっせと詰める中、まぁまぁと座らされてしまう……教授の隣。

「きみは、生命っていうのはなんだと考えるかい?」

「生命は……母なる奇跡だと思って入学しました」

「そんな考え方じゃダメだよ。生命だってみな、化学物質で構成されていて、そのシステムで命は動いているんだよ」

 教授はふっ、と笑った。

 そのまま、ビールをお酌して、少なからず自分の考えに、理想に、鉄槌を下された気がしてもうそれ以上、考えられなかった。


「小鳥遊さん、いいもの教えてあげよう」

「なんですか?」

「今ね、スーパーでも売ってるんだけどね、この中が開いている油揚げ、紫蘇を一枚敷いて、混ぜた納豆を入れる。楊枝で蓋をして、フライパンで焼くんだよー」

「うお? 納豆くさくないー」

「山口くん、関西だもんね」

「いやいや、海外行けるかもって話しなら、なんでも食べないとねぇ」

「……」

 なんだかもやもやが取れなくて、冷たい缶を取った。


「確かにわたしでもできそう! それに、チーズとか入れても美味しそうな気がする」

「そーでしょう? もっとここに通いなさい、ビールもたくさんあるよ」

「ありがとうございます、あー、アジアンタムがこんなに……」

「うんうん、アジアンタムはキレイなシダだよね」

「はい、この葉の先端の裏側のソーラスが……」


 啓が「ん?」という顔をする。

「沢木さん? 風、飲んでません?」

「風ちゃん、いつも飲まないのに意外といける口だねぇ。五百ミリ、二本行ったよ」

 沢木さんも酔ってきてふわふわ楽しくなってきた。


「さーせん! 試食会前ですが、帰ります」

「お? うちの料理長が逃げていく」

「風ちゃんは作れないんだから、お前代わりに作れよな」

 んー、わたしだってやればできるはずー。

「啓、せっかく来たのにー」

「そうだよね、風ちゃん」

「じゃあ、また」


 準備室の方からはブーイングが聞こえてきた。

「立てる?」

「んーん、全然立てない」

 とりあえず啓はわたしを引きずってエレベーター前まで連れてきた。わたしは実は今まで飲んだことのない量の、ビールを飲んだ。ああ、お酒ってこうやって飲めるんだ……と初めて知った。嫌なことがあったとき、モヤモヤするとき、お酒を飲むと、どうでも良くなる……。


「風? なんで泣いてるの?」

「涙が出ただけ」

「……二年? その話のこと? オレは待てるから大丈夫だよ」

「違うの……そのことじゃないの……」

 三号棟の入口に出る。今日はよく晴れている。月明かりが影を照らす。


「ここで、キスしたよね、啓が酔っちゃった時」

「今日は酔ってるのは風でしょう? でもしちゃおう、送りオオカミだから」

「ん……」

 酔ってる時って、たぶん感じやすいんだ。しかもちょっと理性も蒸発してるから、気持ちがそちら側に揺れていく。

「だめ……立てなくなる……」


 そのとき。

「小鳥遊さん、わすれも……」

「……堺かー」

 わたしは予告通り、ずずずっと背中が壁に沿って座り込んでしまった。なんでよりによって、見られたのが堺くんなんだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る