第62話 リング

 指輪を貰うなんて、なんて贅沢な夢なんだろう、と思う。でも好きな人から欲しいと思うのはみんな一緒だよね?

 まだまだ、結婚とか実感わかないし………でもお嫁に行けるのか、わたしは? 相変わらず料理はまるで出来ないし。

 啓のお嫁さんになりたいなぁ。誰にも何も言われずに24時間、一緒にいられるじゃない?


 ムーンストーンのリング……寝る前にすごく啓が悩んじゃって、私は先に寝てしまった。……エッチなことすると疲れる気がするんだけど、昨日あんなに大変だったのに、啓は朝一番の授業からまだベッドでとろとろしているわたしに向かって、

「行ってくるね!」

 と笑顔で出かけて行った。わたしも次の授業があるんだけど……腰と股関節が……柔軟くらいしたほうがいいかもしれない。


「なぁに、相変わらずノロケおって」

 ちーちゃんがわたしをからかう。

「あんたね、それはもう心配したんだから。ほんとに別れるのかと思ったくらいよ」

 美夜ちゃんもいつも通りだ。

「で、結局、した?」

 わたしたちの周りの空気までしーんと静まったような気になる。

「……キス、だけ」

「だけじゃないっつーの! それは小清水くんがかわいそうでしょ。わたしなら泣くわー。親友だよ、恋人盗られてどうすんの」


 ふ、と人の気配を感じてそっちを見ると、また啓だった……。

「あのー、いつも風と仲良くしてもらってうれしいんだけど……」

「小清水、悪かった。わたしたちのフォローがまずかったと思う! まさか堺とやっちゃうと思わないじゃん?」

「やってないよ」

 わーって騒いで、沈黙が訪れた。


「オレ、ちゃんと話は聞いたし、信じるからさ。これからも風をよろしくね。あ、小さな声でお願いします」

 啓はさりげなくお店を出て行った。外には境くんもいて、もう仲直りしたのかなぁと思った。女の子はズルズル引きずるけど、男の子は違うのかなぁ。


「なんかさぁ、小清水くん、男っぷり上がったんじゃん?」

 ちーちゃんが頬杖をついてにまにましている。

「あんなにいい男になるなら唾つけとくんだったなー」

 なんてことまで言って、声に出して笑った。


「元はと言えば、ちーの声が大きすぎるんでしょ? あんまり小清水くんをいじめちゃダメじゃん」

「よく言うよー。小清水サイテーとか、信じらんないとか、わたしだったら別れてるーとか散々言ってたじゃん」

「あれはー、風ちゃんのためでしょ?」

 いい友だちを二人も持って、わたしは幸せ者だなと思った。


 ご飯のあと、もうひとつの授業が終わって、広いキャンパスなのにあの子たちに会った。明らかにわたしを見てひそひそ話をしていた。

「あのー、小清水先輩って、つき合ってて大変じゃないですか?」

 何が言いたいのかわからない。

「別に? やさしいよ、いつも」

「えー? わたしには優しくないけどなぁ」

『理加ちゃん』が、大袈裟にため息をつく。

「わたしには全然優しくないのに、先輩には優しいんだ。ふうん」


じゃなくて?……それに啓、派手な子、苦手だよ」

「それってイヤミですか?」

『理加ちゃん』が食ってかかってくる。目がギラギラして、相当、頭に来たんだなってことがわかる。同時に、自分がものすごく冷静なことも。


「風!」

 芝生の上を走って、啓がやって来た。

「何にもないよ」

 わたしは彼にそう言った。もしかしたら唇の端が痙攣したみたいになってたかもしれないけど、お姉さんな笑顔を作ってみた。

「あのさー、ボクと君との問題でしょう? お友だちだって関係ないじゃん。そういうの卑怯でしょう?……言ったよね、風を傷つけたらタダじゃ済まないよって」

「啓、そんなこと……」

「いいから」


『理加ちゃん』はムキになって、

「だったら何が先輩にできるって言うんですか?

 わたし、先輩のことすごく好きなのに、何がその人に劣るんですか? 」

「キミより風が勝るところなら、ひとつで十分。ボクが風につき合ってくれって告白したんだよ。ボクから好きになって、長いこと片思いだった」

 これには、わたしも啓も、いささか照れないわけにはいかなかった。


「高校生の純愛じゃあるまいし、やめてください! 先輩ってそんなに長く想ったりして、意外と女々しい人なんですね」

「かもしれないね」

「行こう」と言って、彼女たちは去っていった。今日もピアス……自分に自信があって、自分は勝てると信じてるんだなぁ。

「怖い思いしなかった?」

「あれくらいなら平気だよ」

「あれくらいって……」


 言わないにしようかなと思ってたことを話すことにする。

「あのさぁ、高校生のときに少しつき合ったひとがいたって言ったじゃない? 美術部の先輩だったの。……すごいいじめられて」

 笑わずにはいられなかった。

「とってもいい人だったんだけどね、わたしがいじめられてるの気がつかなくて……こっちからごめんなさいしちゃった」

「風……」

「ね、ここは人が通るよ」


 道の真ん中でいくら夕暮れ時だといっても抱き合ってたら目立つ。

「オレ、できるだけ守るからさ、お願い、何も言わないでどこかに行かないで」

「……行かない。だから、帰ろうよ」

 久しぶりに啓の穏やかな顔を見た気がした。彼の幸せは、わたしの幸せだ。

「夕飯、何にしようか?」


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