斬られ役、魔王城に入る


 160-①


 カライ・ミツナを出発して5日目の朝、武光達を乗せた囚人護送用の馬車と、それを護衛するエルフの戦士達、そして……無理矢理同行させられたヨミは、魔王城の目前までやってきていた。


 ここに到達するまで、幾度となく止められそうになったが、そのたびにエルフ達を率いるセリオウスが『懸賞首第一位の武刃団を魔王様に引き渡す、我々は魔王様直々に一刻も早く武刃団を連れて来るように命じられている。それを邪魔するのは魔王様への叛逆に等しい』と言うと、みなすぐに道を開けた。


 名前を出すだけでロクに詮議せんぎせずに引っ込むとは……魔王という存在はそれ程までに怖れられているという事か。


 確かに……あのアホ丸出しの強さである、もありなんと武光は思った。


 そびえ立つ巨城を一瞥いちべつすると、武光は周囲の仲間達に声をかけた。


「よーし、乗り込む前の最後の打ち合わせや…………オイ、ヨミお前も参加せんかい!!」

「フン……誰がアンタの指図さしずなんか!!」

「ほーう……? そういう事言うんや?」


 武光が口の端を吊り上げ、悪辣あくらつな笑みを浮かべたのを見て、ヨミは苦々しげに舌打ちした。


 ヨミには二つの誤算があった。


 一つ目は、吸命剣・妖月でカンケイの生命力を己の力に変換して失った力を取り戻し、武光に復讐するつもりが、ヨミが思っていた以上にカンケイが負わされていた傷は深く、吸い取る事が出来た生命の力が微々たるものだった事。


 ……おかげでヨミは力を取り戻すどころか、背中にまるで小鳥のような小さな黒い翼が “ぴょこん” と生えただけだった。


 ……そして二つ目の誤算は、関節技をかけられて気を失っている間に、武光に妖月を奪われてしまったという事だ。


 武光はヨミから奪った妖月を取り出すと、さやから抜いた。日の光を反射して、片刃の短刀が妖しく光る。


「言う事聞かへんのやったら、この剣の刀身を……ベタな戦闘狂の悪役みたいに『ヒャハハハハハ!!』って笑いながらベロッベロにめるッッッ!!」

〔何ソレうらやましい!! ご主人様、私も!!〕

〔ま、魔っつん……〕


 ドン引きするイットー・リョーダンをよそにヨミは激しく抗議した。心を読んだが、コイツ……マジでやる気だ。


「や、止めろーっ、このクソ外道!! それはお母様から頂いた大切な短剣なのよ!!」

「ほんなら打ち合わせに参加せぇや!!」

「ぐぬぬ……」


 ヨミは渋々しぶしぶながら打ち合わせの輪に加わった。


「よっしゃ、じゃあまず始めにエルフの皆さんは俺達を魔王軍に引き渡した後、ここで待機しといてください、ナジミを助け出したらこの地点までマッハで逃げて来るので、一気に離脱しましょう!!」

「うむ、分かった」

「で、ヨミ……お前は城の間取りを知っとるはずや、俺達をナジミの所まで連れてってくれ」

「……フン」

「ヒャハ……」


 武光は再び妖月を鞘から抜いた。


「わ、分かったわよ!! 連れてくだけだからね!!」

「それでかまへん、お前は花嫁が連れ去られて、ヘコみ倒してる魔王を煮るなり焼くなり、なぐさめるなり押し倒すなり好きにせぇ」

「フッ……アンタに言われるまでもないわ!! 魔族たる者……欲しい物は己の力で奪い取るべしってね……あの泥棒猫から魔王様の寵愛を取り戻してみせる!! って言うか、アンタ達……魔王城に忍び込んで、魔王様の目を盗んであの巫女を連れ去るなんて、本気で出来ると思ってんの……!?」


「フッ……屁のつっぱりはいらんですよ!!」


 ヨミはたじろいだ。言葉の意味は分からんがとにかく凄い自信だ……!! もしかしたら本当にコイツはやるかもしれない。


「それとなヨミ、お前……魔王の素顔って見た事あるか?」

「な、無いけど……それがどうしたってのよ!?」


 武光はふところから、金属製の長い針を取り戻した。イットー・リョーダンの護拳部に内蔵されていた雷導針である。


「これは、カライ・ミツナで魔王と戦った時に、魔王の右目にブッ刺したはずの雷導針や」

「ふーん、だから何!? それと魔王様の素顔と何の関係があるってのよ!?」

「……血が一滴も付着してへんねん。魔王の顔がゴボウ並に細いとかって……あるか?」

「あるかバカヤロー!!」

「じゃあ裸を見た事は?」

「す、素顔ですら見た事無いのにあるわけないでしょうが!!」

「ま、そらそうか。いや、魔王に蹴り入れた時……何かこう、妙に感触が軽かったから……やっぱアイツ、全体的にゴボウ並にヒョロイんちゃうかなって……」

「それ以上私の魔王様を侮辱ぶじょくしたらブッ飛ばすわよ……!!」

「ブッ飛ばす……? おい……生命は大事にした方がええぞ?」

「うっ……」


 武光は笑いながら言っていたが、笑顔の裏に潜む峻烈しゅんれつなる意志を感じ取り、ヨミは思わず息を呑んだ。

 今のコイツは『出来れば無用な殺生はしたくない』などと言っていたヘタレではない……迂闊うかつに反抗したら何をされるか分かったものじゃない。


「……武光、そろそろ動かねば怪しまれる」

「……分かった、そろそろ行こか」


 セリオウスに出発をうながされた武光は、仲間達の顔をゆっくりと見回した。


「皆……いよいよ本番や。ナジミ救出作戦……絶対に成功させる、俺に力を貸してくれ!!」


〔ああ!! 行こう、武光!!〕

〔私は常にご主人様と共に!!〕

「絶対にナジミさんを救い出しましょう!!」

〔私も姫様と共に参ります!!〕

「皆で必ず生きて帰りましょう!!」

〔カチコミジャアアアアア!!〕


「よっしゃ……行くぞッッッ!!」



 ……10分後、武光達を乗せた馬車は魔王城の正門を通り抜け、城内へと進入した。

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