黒竜王、悟る


 128-①


 ゼンリュウは心が打ち震えていた。


 盟友である魔王・シンを討った後、忽然こつぜんと姿を消してしまった宿敵、勇者アルト……再び相見あいまみえる時を……決着を付ける時をただひたすらに待ち続けた。


 決着を付けなければ、死んでも死に切れなかった……そうして、死に切れずにいる内に、気付けば、いつしか宿敵の名は伝説となって語り継がれ、盟友シンの『魔王』という称号の頭には、当たり前のように『いにしえの』と付くようになっていた。


 頭では理解していた……いかに絶大なる力を持つ勇者と言えど、人間の寿命など、たかだか数十年しかない事を。


 そしてとうとう、王族の端くれだったとは言え、たかが一介の武人に過ぎない自分にまで、やれ『伝説』だの『幻』だのと、ご大層な修飾語が付き始めた。


 ……近頃は、頭の中が、かすみに包まれたようにぼんやりとして、記憶が酷く曖昧になってしまう事が増えた。

 もはや、自分に残された寿命もあとわずか……ゼンリュウは、誰にも知られる事なく、ひっそりと死を受け入れるつもりであった。


 だが、そんなゼンリュウを再び動かす事態が起きた。


 魔王・シンの復活である。


 ゼンリュウは、魔王復活の報に驚き、そして、それと同時に宿敵の再来を予感した。


 ……そして、予感は当たった。


 ゼンリュウは復活したという盟友に数百年ぶりに会いに行く途中、宿敵の気配を感じ取り、水竜塞へと進路を変えたのだ……途中で、何で自分が水竜塞へ向かったのか忘れていたが。


「さあ……我が宿敵よ!! 長年の因縁に決着を付けようぞ!!」

「お前との因縁など知らないが……良いだろう。ヴァンプ、キサン、二人共手を出すな、こいつは……私がほふる!!」


 血走った目で、先程までとは明らかに異質な雰囲気を纏ったリヴァルが獅子王鋼牙を構える。


「行くぞ……ゼンリュウ!!」

「来い、勇者アルトよ!!」


 両雄は部屋の中央で激突した。

 互いに紙一重で相手の攻撃を回避し、防ぎ、攻撃を繰り出す。

 それはまさに神速の戦いだった。常人には決して……いや、達人ですら踏み込む事の出来ない戦いであった。

 そして、その戦いの最中さなかゼンリュウはある事に気付いた。


(これは……こやつのこの力は!?)

「うおおおおおっ!!」

「チッ!?」


 首を狙って横薙ぎに振るわれた剣をゼンリュウは右手の爪で受け止めた。重く、鋭い一撃だ、攻撃を受け止めた爪にヒビが入る。


(やはりこの力は……勇者のものではない、あやつの……あやつの力ではないか!?)


“バキィッ!!”


「くっ!!」


 獅子王鋼牙を受け止めていたゼンリュウの爪が折れた。その瞬間、支えを失ったリヴァルは僅かに体勢を崩した。そして、その一瞬の隙をゼンリュウほどの強者が逃すはずがない。

 横薙ぎに振るわれたゼンリュウの尻尾による一撃がリヴァルを直撃し、リヴァルの身体を吹っ飛ばした。


「くっ……これしきの事で……うっ!?」


 背中から勢い良く床に叩き付けられたリヴァルはすぐさま起き上がろうとしたが、動く事が出来なかった。


 喉元に、ゼンリュウの左の爪が突きつけられている。


 完全に勝負ありの状態だった。ゼンリュウがほんの僅かでも左手を動かせば、リヴァルは喉を切り裂かれて死ぬ。

 だが……どういうわけかゼンリュウはリヴァルにトドメを刺そうとはしなかった。


「黒竜王様!! 何故トドメを刺さぬのです!?」


 二人の戦いを見ていたリュウズは叫んだが、ゼンリュウはリュウズをギロリと一睨ひとにらみして黙らせると、再び足元のリヴァルに視線を落とし、『何故だ……?』と、問うた。


「どういう……意味だ……?」



「何故だ……何故お前が……そやつの中にいる…………シンよ!!」



 叫んだ後、ゼンリュウは更に気付いてしまった。


「貴様らもか……!! 貴様らの中にもシンがいるのか……!?」


 視線を向けられたヴァンプとキサンは戸惑った。


「……な、何だ?」

「な、何を言ってるんですかねー、あのおじいちゃんはー?」


 困惑するゼンリュウにリュウズが声をかける。


「黒竜王様、お気を確かに!! 奴らは魔王ではありません、只の……人間です!!」

「黙れ小僧!! 儂は……確かめねばならぬ……!!」


 そう言うと、ゼンリュウは転移の術を使い、水竜塞から姿を消した。


「待て!! ゼンリュウ!!」


 リヴァルは叫んだが、ゼンリュウの姿は消えていた。


「く……くそぉぉぉぉぉっ!!」


 見逃された……リヴァルは屈辱の叫びを上げた。


 ……その後、水竜塞に集結した竜人族の軍勢が、怒り狂ったリヴァル達によって壊滅する事になるのは、それから僅か数時間後の事である。


 128-②


 魔王軍本拠地、ジョン・ラ・ダントスの中央にそびえる巨大な黒き城……《魔王城》


 七層に分かれた石造りの城の第六層……謁見の間では、金の装飾が施された漆黒の鎧を纏った魔王・シンが、眼前で跪く《悪魔族》や《妖狐族》、《機人族》や《植人族》など、多種多様な魔族の将兵達に命令を下している最中だった。


 そして、その場のど真ん中に、転移の術でゼンリュウは出現した。


 《転移の術》……『離れた場所に移動する』、言葉にすれば、ただそれだけの術である。だが、人間・魔族を問わず、この術ほど恐れられている術は少ない。


 ……何故ならば、この術の前では、深い堀も、高い城壁も、何千何万の護衛の兵も、何一つ意味を成さなくなるからだ。

 どんなに守りを固めようと、大将の背後に突然出現されては防ぐのは困難だ。

 それ故に、王国軍も魔王軍も重要拠点には《対転移結界たいてんいけっかい》を幾重いくえにも張り、野戦においても本陣を張る場所が決まったら、真っ先にやる事が《対転移陣たいてんいじん》を敷く事でなのである。


 ……そして、魔力の消耗が膨大で、使える者が非常に少ない転移の術を使い、何重にも張られた対転移結界を突破して現れたという事は、それだけで只者ではないという証だ。

 その場にいた魔族の将兵達は突然の乱入者に対し、周囲をグルリと取り囲み、一斉に武器を向けたが、魔王・シンは将兵達を手で制した。


「久しいな……黒竜王」


 黒竜王、その名を聞いて、どよめきと共に、包囲の輪が大きく広がった。


「魔王シンよ……積もる話もある。すまんが、人払いをしてもらえるか?」


 そう言って、ゼンリュウは床から数段高い位置にしつらえられた玉座に座っている魔王・シンを見上げた。

 漆黒の鉄仮面に覆われて、その表情を窺い知る事は出来ないが、ゼンリュウの提案に、シンは小さく頷いた。


「良かろう……皆の者、下がれ……」

「し、しかし……」

「下がれと言っている」


 異議を唱えようとした配下の足元に、シンは火炎弾を撃ち込んだ。


「魔王もこう言っておる事だ……小僧共、さっさと出て行け。さもなくば……この世から出て行く事になるぞ?」


 魔王と黒竜王……王と呼ばれた二人の男の圧倒的威圧感の前に、逆らえる者はいなかった。

 シンとゼンリュウの二人を残し、その場にいた魔族達は全員、謁見の間を退出した。


 シンは玉座から立ち上がると、ゼンリュウの前まで歩いてきた。両雄は改めて向かい合った。


「さてと、用件とは何だ? 黒竜王よ」


「単刀直入に言う。貴様……何者だ?」


「何を言うか。呆けたか黒竜王……我こそは魔王シ──」

「違うな」



 ゼンリュウは悟った。こいつは……シンではない。



「あやつは面倒臭がりでな、魔王という称号を心底迷惑がっておったよ。それに……儂らは二人だけの時に、魔王だの黒竜王だのと堅っ苦しい名で呼び合ったりはせん」

「ほう? では……何と?」


「シンちゃんと……ゼンちゃんだっっっ!!」


 二人の影が交差した。そして、数秒の後、ゼンリュウの影がどさりと崩れ落ちた。


「ぐはっ……馬鹿な……何故……貴様が……『ソレ』を持っている!?」

「本当に老いたな黒竜王よ……あの頃とは……比ぶべくも無い!!」

「何だと!? 貴様は一体……?」

「さらばだ……黒竜王!!」


 しばらくして、魔王は配下達を謁見の間に呼び戻した。


 配下の一人が、姿を消したゼンリュウの行方を恐る恐る尋ねると、シンは何も言わずに、ただ足元の焦げ跡を指差した。

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