鉄扇、舞う


 123-①


 ヴァンプが飛び込んだのと反対側の壁の穴に飛び込んだキサンは、軍議の間の隣の部屋で水竜将・リュウビと対峙していた。


「さーて、さくっと片付けちゃいましょうかねー」


 そう言って、閉じた状態の鉄扇を構えたキサンをリュウビは鼻で笑った。


「フン、人間風情が随分とでかい口を叩くものよ……そなた、何故なにゆえわらわの異名が『静寂せいじゃく』なのか知っておるか?」


 リュウビの問いに、キサンは『さぁ?』と言わんばかりに肩をすくめた。


「それはな……どんなに大言壮語たいげんそうごを吐く腕自慢だろうと、ときの声高らかな軍勢だろうと、妾と戦った者は恐怖と絶望のあまり、次第に声を失ってゆき……最後には一人残らず物言わぬ屍となるからよ!!」

「あー、はいはい。リュウビちゃんすごーい」

「貴様……!!」


 キサンの人を食った態度に、リュウビは怒りの視線を向けたが、当のキサンは涼しい顔だ。


「全く……『静寂』って異名の癖にペラペラペラペラとよく喋りますねー、静寂なら静寂らしく、黙って私にやられてくれれば良いんですよー」

「……良いだろう、すぐにそなたも物言わぬ屍にしてくれる!!」


 細身の剣を構えて、リュウビがキサンに肉薄した。鋭い連続突きがキサンを襲う。


「よっ……ほっ……はっ!!」


 キサンはまるで舞いを舞うかのように、リュウビの素早い刺突を軽やかにいなし、流麗にさばき、僅かな隙を突いて、リュウビの喉元に鉄扇を突き付けた。


「うっ……貴様……っ!!」

「ふふふ……どうしましたー、水竜将さーん?」


 キサンの鉄扇は、長さ40cm程の細長い金属板……最高クラスの軽さとしなやかさを兼ね備えた《白妃鉄はっきてつ》製の板を重ねて作られており、扇のふちは鋭く研がれている。キサンはその鉄扇を開きつつ、左から右へと扇を薙ぎ払った。


「くっ!!」


 喉笛をき切られる寸前で、リュウビはバック転の要領で攻撃を回避した。


「おおー、やりますねー、今のはもらったと思ったんですけどねー」

「ふん、薄汚い人間如きに妾の首をやれるものか!! だが……なるほど、リュウソウを討ち取っただけの事はある。想像よりも遥かにできる」

「貴女は私の想像よりも遥かにできないですけどねー」

「ふん、妾を甘く見ない事だ……超竜身化!! はぁぁぁぁぁっ…………ふんっ!!」


 リュウビの尻に太く長い竜の尻尾が生えた。


「行くぞ……人間!!」

「は、速い!?」

「そらそらそらそら……そらぁっ!!」


 先程よりも数段速さを増した斬撃と尻尾による絶え間ない攻撃がキサンを徐々に後退させてゆく。


「フフ……どうした人間? 随分ずいぶんと口数が少なくなってきたではないか?」

「くっ……!!」


 キサンは横薙ぎに襲いかかってきたリュウビの尻尾を、後方に大きく跳び退いて回避しつつ、リュウビ目掛けて開いた鉄扇を投げつけた。

 しかし、リュウビはほんのわずかに首を傾け、首筋目掛けて飛んできた鉄扇を、余裕で回避した。


「フフフ……自ら武器を投げ捨てるとは……観念したか?」

「はー、やれやれ……男子連中みたく格好良くは行きませんかー」

「諦めろ……貴様如きが妾を倒すなど!!」

「うーん、そうですねー……やっぱり武器を持っての斬り合いはウチの熱苦しくて汗臭い野郎どもに任せて、私は私らしくスマートに行くとしましょうかねー」


 そう言うと、キサンは耐火籠手をはめた右手をリュウビに向けた。


「焼き尽くせ……火術・炎龍!!」


 紅蓮の炎の奔流ほんりゅうがリュウビ目掛けてはしる。


「愚かな……水の力を操れる妾に対し火術など!!」


 迫り来る炎の龍を前に、リュウビは両手を前に突き出した。


「我が敵を呑み込め……《激流咆げきりゅうほう!!》」


 超高圧の水柱がリュウビの両手から放たれた。


 キサンの炎龍とリュウビの激流咆が真っ正面から激突する。火と水……どちらが有利かは、それこそ『火を見るよりも明らか』だった……はずだった。


「ぐうっ!? ば、バカな……妾の激流咆が……っ!?」


 炎龍が激流咆を徐々に押していた。炎龍と激流咆がぶつかり合っている所では、シューシューと音を立てながら、物凄い勢いで湯気が上がっている。

 炎龍が激流咆で放たれた水を瞬時に蒸発させながら進んでいるのだ。


「な……ナメるなぁぁぁっ!!」


 リュウビが念を込めると、水の勢いが増し、再び炎龍を押し戻し始めた。


「はぁ……はぁ……どうだっ……妾の力はこんなものでは……っっっ!?」


 その時、不意に一陣の風がリュウビの頬を撫でた。そして次の瞬間、リュウビの左肩に突然痛みが走った。

 何かに突然斬り付けられたのだ。


「なっ……あ、アレは!?」


 リュウビの視線の先では、先程キサンが投げ捨てたはずの鉄扇が燕のように右へ左へと縦横無尽じゅうおうむじんに宙を舞っていた。


 バカな……あの扇に一体どんな仕掛けが……


 その時、リュウビは気付いた。先程から、壁に開いた穴以外はほぼ密室に近いはずのこの部屋に吹いている風と、キサンが炎龍を放っている右手と反対側の手が、音楽を指揮する者のように小さく動いている事を。


「貴様……鉄扇を風に乗せて操っているのか……!?」

「ご明察ー!! これぞ《風術・操扇風そうせんぷう》……私のオリジナル風術ですー!! さぁ、どんどん行っちゃいますからねー…………覚悟しなさい」


 キサンの操る風に乗り、鉄扇の刃がリュウビを襲う。

 リュウビは驚愕していた。目の前の女は、全く異なる二つの術を同時に……しかも火術と風術という全く属性の違う術を自由自在に操っている。こんな高度で器用な芸当を出来る者は、魔王軍を探してもいないかもしれない。


「くうっ!? ああっ!? ふぐぅ!?」


 筋力や体重が乗っている攻撃ではない、ましてリュウビの身体は超竜身化で鱗に覆われているため、そう簡単に深手は負わない。

 だが、浅手と言えども全身を何度も何度も斬り付けられれば、それは着実にダメージを蓄積させ、ジワジワと体力を削り取ってゆく。

 炎龍と押し合っていて身動きが取れないリュウビは、唯一自由に動かせる尻尾を振り回して飛び回る鉄扇を叩き落とそうとしたが、それを嘲笑うかのように、鉄扇は尻尾の脇をすり抜けてゆく。

 そうしている間にも、炎の龍はリュウビを呑み込まんと、激流咆を蒸発させながらジリジリと迫っていた。


「ほらほら、頑張ってー。もっと足を踏ん張って、もっと腰を入れて!! さもないと私の炎龍で丸焦げですよー?」

「お、おのれ……ああっ!?」


 右の膝裏を斬りつけられて、リュウビは思わず体勢を崩しかけた。その間に、炎の龍はリュウビのすぐ側まで迫った。


「どうしたんですかー? 貴女の力はこんなものじゃないんでしょー?」


 冷笑を浮かべたキサンを見て、リュウビは心臓を掴まれた思いだった。


「ま、待て!!」

「えー? 何ですかー?」

「そ、そなた……妾の部下にならぬかえ? そなた程の力ならば将官待遇……いや、副官待遇でも──」

「黙れ」

「え?」

「魔族は父さんと母さんの仇……私の術で、一匹残らず殲滅する。火術……《蒼炎龍そうえんりゅう》!!」


 炎の温度が急激に上昇し、赤から蒼へとその色を変えた炎の龍が、呪詛じゅそか、あるいは命乞いのちごいか……何かを口に出そうとしていたリュウビを一瞬で呑み込み、黙らせる。


 蒼炎の龍が過ぎ去った後には、無惨にも全身を超高温の炎で焼かれたリュウビが転がっている。


 ……そして、部屋には静寂が訪れた。

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