討伐隊、砦に戻る


 85-①


 ナジミ達が待つショバナンヒ砦に向かい、武光はリヴァルに肩を借りながら歩いていた。


 砦まで残りおよそ半分の地点で、リヴァルは前を歩くダントを気にしつつ、武光に小声で話しかけた。


「それにしても……何故あんな芝居をしてまでロイ将軍を助けようと?」

「あ、やっぱバレてた? いや、俺な……シュワルツェネッ太と殴り合いしてた時、火の神さんに操られて、無理矢理に限界を超えた動きをさせられてたんやけど……その間、全身がありえへん程、痛くて苦しくて辛くて吐きそうで……正直、地獄やと思った」


 そう言って、武光は自分達の後ろでヴァンプの肩にかつがれているロイをチラリと見た。


「シュワルツェネッ太が『死の領域から抜け出す為』とか抜かして、センノウをけしかけた時、俺は『何言うてんねん、このう◯こ!!』って思ったんやけど……あいつは何年もの間ずうぅぅぅぅぅっと、あの地獄の苦しみに耐えてたんやなと思うとな……俺やったら5分とたん」

「武光殿……」

「でも、ダントさんも言うてたけど、あいつがやった事は軍人として許される事やないんやろうし、それを助けたいっていうのはハッキリ言って俺の我儘わがままや……でも、俺の勝手でダントさんに嘘の報告をさせるわけにもいかんし……」

「そこでロイ将軍の命を助けて、なおかつダントさんの誇りも傷付けない為に一芝居打ったと?」


 リヴァルに問われて、武光は頷いた。


「でも……ダントさん、本当は気付いてるんじゃないかなあ」

「えっ?」

「あの人の観察力を甘く見ない方が良いですよ。それでも、先程起きた事をそのまま上に報告するって言ってくれたのは、きっと、武光殿の意気に感じたからだと思います。ダントさんはとても真面目で職務に忠実な方ですが、それ以上に……優しい方なんですよ」

「そっか、俺の演技もまだまだやなぁ……」


 武光はぽりぽりと頭をいた。


「でも、ヴァっさんが剣を構えて向かって来た時はマジでビビったわ……俺、ホンマに斬られるかと思たで」

「ふふふ……前にアスタトで子供達を安心させる為に一芝居打とうとした時に、武光殿が教えてくれたじゃないですか、『殺陣たてで、すれ違いざまに抜き胴をする時は、ギリギリまで脇構えを維持して、切っ先が相手の身体の横を通り過ぎた瞬間に刀を振る』って」

「覚えてくれてたんやな」

「武光殿こそ……私は武光殿が倒れた瞬間、剣が当たってないはずなのに、一瞬……当ててしまったか!? と思いましたよ。それに……あの冷静沈着なダントさんもめちゃくちゃ慌ててましたし」

「ふふん………せやろ? ……それがし、百戦錬磨の斬られ役なれば!! ……なんつって!!」


 85-②


 討伐隊の最後尾で、リョエンは、術で体力を消耗しきったキサンを背負って歩いていた。


「ふふふ……兄さんにおんぶしてもらうなんて何年ぶりですかねー」

「ふぅ……ふぅ……子供の時以来だから、二十年近くも前か。あの頃はまだ小さくて可愛いかったな」

「ええー、今も可愛い妹でしょー?」

「ああ……そんな事より……お、重い……」


 最近は大分マシになったとは言え、元々そんなに筋力や体力の無いリョエンには、女性一人とは言え、かなりの重労働だった。


「う……ごめんなさい。ヘロヘロになっちゃうんですよねー、レイ・オブ・デストラクション使っちゃうとー」

「ああ、すさまじい術だった……それはそうと、前々から思っていたんだが……お前が使う術の名前……アレは何なんだ?」

「ふふん、あれは大昔に異世界からこの地にやって来た民族が使っていた《いんぐりっしゅ》っていう言語で、レイ・オブ・デストラクションは《破滅の光》って意味なんですよー、カッコ良くないですかー? 兄さんこそ、雷術でしたっけ……カッコ良かったなぁー……流石は私のお兄さん!!」


 無邪気に笑うその表情かおは子供の頃と変わらない。


「……その言葉は何よりも嫌いだったんだがな」

「え?」

「いや、何でもない」


 立ち止まったリョエンは、苦笑しながら小さく呟くと、再び歩き始めた。


 85-③


 ひたすら歩き続けて、巨竜討伐隊は、ショバナンヒ砦の目と鼻の先まで戻ってきた。


「ヴァっさんありがとう、もうええわ。こっからは一人で歩くから」

「大丈夫ですか……?」

「いや、大丈夫やないけど……あんまりボロボロの姿を見せたらウチのドジ巫女とイノシシが心配するからな」


 まぁ、しょーもない見栄と意地やけど、そう言って武光は笑ったが、リヴァルがゆっくりと肩を離した途端、まるで泥酔したオッサンのように、ぐにゃんとへたり込んでしまった。


「武光殿、やはり肩を貸しましょうか?」

「なんの……っ!! これ……しき……っ…………ふぬぬぬっ……くっはーーー……やっぱあかん」


 その時、武光の脳内に声が響いた。


(しゃーねーな、俺が力を貸してやんよ!!)

「あっ、神さ……うひゃっ!?」

「武光殿!?」


 リヴァルは驚いた。さっきまで自力で立つ事も出来そうになかった武光が元気に飛んだり跳ねたりしている。リヴァルは恐る恐る武光に声をかけた。


「まさか、火神ニーバング様……なのですか?」

「おうよ!! もうちょっとだけ力貸してやっから、その砦まで案内し……ん? 何だありゃ?」


 砦の方から誰かが走ってくる。目を凝らしていたリヴァルが声を上げた。


「あれは……ナジミさんか?」

「ナジミぃ? ああ、こいつの女か?」

「さ、さぁ……お二人がそういう仲なのかまでは存じあげませんが……」

「ニブチンだなー、お前もよお。あんなに必死になって走って来てんだぜ? そういう仲に決まってんだろうがよー」

「はぁ……そういうものなんでしょうか」

「はぁ……はぁ……!!」


 息急いきせきって走って来るナジミを見て、武光に乗り移ったニーバングは両手を大きく広げた。


「良いぜ!! “どーん!!” と、この胸に飛び込んで来いやーーーーー!!」

「武光様ーーーーーっ!! せいやああああああっ!!」

「うげぇっ!?」


 火神ニーバングにナジミのジャンピング・ネックブリーカー・ドロップ(に酷似した技)が “どーん!!” と炸裂した。

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