妖姫、現る


 57-①


 〜 武光とリョエンが、リザードマンの群れを壊滅させる少し前 〜


「第二倉庫に対リザードマン用の火矢を取りに行った者達が戻って来ない、様子を見てきてもらいたい」


 守備隊の隊長にそう言われたミトとナジミは、向かった第二倉庫にて、一人の少女と遭遇した。見た目的には、黒のミディアムドレスを着て、黒い髪をショートカットにした15、6歳の少女だが……少女の背にはからすのような漆黒の翼が生えていた。


「あーあ、またお邪魔虫が来ちゃったかー……よっと」


 魔物の少女はてのひらを第二倉庫に向けると、紫の火炎弾を放ち、直撃を受けた第二倉庫が炎上する。

 ミトは魔物の少女の周囲に目をやった。少女の周囲には守備隊の兵士達が倒れている。第二倉庫に予備の火矢を取りに行った者達だ。全員、ピクリとも動かない。恐らくはもう……


「貴女がやったの? 第一倉庫の火矢も……この人達も」


 ミトの語気には静かだが、激しい怒気が含まれていた。しかし魔物の少女は涼しい顔で、まるで動じない。


「ふふん……『そうだ』と言ったら──」

「成敗っ!!」

「わーっ!?」


 言うなりミトは宝剣カヤ・ビラキをさやから抜き放ち、真っ向から斬りかかったが、魔物の少女は慌てて後方に退いて、間一髪でミトの斬撃を回避した。


「ちょっ!? 早い早い早い!! 今私、しゃべってる最中さいちゅうだったじゃん!! 何なの貴女!? イノシシか何かなの!?」

「誰がイノシシだっ!! ナジミさん、貴女は生存者の確認を!! この魔物は……私が処刑します!!」

「は、はいっ!!」


 ナジミに指示を出すと、ミトは再び魔物の少女に斬りかかった。


「はぁぁぁっ!!」

「……右の袈裟斬り」

「っっっ!?」


 ミトの鋭い袈裟斬りを、魔物の少女は最小限の動きで回避した。


「くっ!!」

「……左の薙ぎ払い」


 ミトは間髪入れずにカヤ・ビラキを水平に振り抜いたが、またしても攻撃をかわされた。


「このぉっ!!」

「……真っ向斬り」


 言いながら、魔物の少女はトッと小さく跳び下がった。三度みたび、ミトの攻撃はくうを切った。


「やるねぇ、私じゃなかったらとっくに真っ二つだよ」


 魔物の少女がクスリと笑う。


「うん。そうそう、今貴女の思った通り。私は相手の思考を読む事が出来るのよ」

「くっ……それなら!!」


 ミトはカヤ・ビラキを胸の前で垂直に立てて構えた後、再度突撃した……だが!!


「か……はっ!?」


 ミトの一撃よりも早く、魔物の少女の掌底しょうていが、ミトの鳩尾みぞおちにめり込んでいた。

 あまりの激痛に、ミトは思わず両膝を地に着いてしまった。


「ふふん、何も考えずに闇雲やみくもに剣を振り回せばいけると思った? でも、そんな雑な攻撃でこの私を斬れると思ったんだったらさー……思い上がりも……はなはだしいよ!!」


“バチンッッッ!!”


「あぅっ!?」


 ミトのほおに平手打ちが飛んだ。ただの平手打ちとは言え相手は魔族である。ミトは、まるで成人男性に思いっきりぶん殴られたかのように、派手に吹っ飛んだ。


「ぐ……っ、ああ……っ!?」


 うつ伏せに倒れたミトはすぐに起き上がろうとしたが、背中を踏みつけられて再び地面につくばらされた。


「あはは、ヒキガエルみたーい。うんうん……分かる分かる、魔物なんかに足蹴にされちゃって……悔しくって仕方ないよねー、あははははは!!」

「じゃ……ジャイナさんを……離せーーーーー!!」

「おおっと」

「ぎゃん!?」


 ナジミが魔物の少女に突っかかって行ったが、魔物の少女は身体をスッと引くと、片足を前に出した。差し出された足につまずき、ナジミは顔面から地面に突っ込んだ。


「さーてと……そろそろ飽きちゃったし、二人共殺しちゃうね。怖がらなくても大丈夫、恐怖なんてどうでも良くなる位……甚振いたぶり抜いた後に殺してあげるから」


 そう言って、魔物の少女は刃渡はわた一尺いっしゃく(=およそ30.3cm)ほどの短剣を何処からともなく取り出した。血の色をした刀身が妖しく光る。


「さてと……どっちから死にたい? ふーん、二人共『殺るなら私から』かぁ……熱い友情だねえ……泣けるぜ。なんちゃってー……よし、決めた!! この仮面のイノシシちゃんからにしよっと」


 魔物の少女が剣を逆手に持ち替え、足下のミトに剣を突き立てようとしたその時だった。


「待てぇぇぇい!!」


 聖剣イットー・リョーダンをたずさえ、武光が駆けつけた。


「もー、またお邪魔虫? 何なのよ貴方は?」

「唐観武光……そこのイノシシ娘とドジ巫女の仲間や!! そいつらを離してもおうか!!」

「へぇー」


 魔物の少女はミトに視線を落とすと、小声でささやいた。


「ねぇねぇ、さっき心の中で、必死に名前を叫んでたのってあの人の事だよね? へー、そっかそっか、彼が愛しの王子様なのね」

「だっ、誰があんな奴……っ!!」


 ミトが、踏みつけられられたまま、バタバタともがく。


「やだもー、照れちゃって。かぁーわぁーいぃーいぃー……っとぉ!?」


 魔物の少女は武光の水平斬りを跳び下がって躱した。


「ちょっと王子様? 今、楽しい楽しいコイバナの最中なんでー、そういうのやめてもらえません?」

「はあ? 王子様って何やねん。お前……一体何者や!?」

「ふふん、いいでしょういいでしょう、そこまで言うなら教えてあげねばなりますまい!!」

「あっ、やっぱええわ」


 うるわしの黄金騎士団と同じたぐいの面倒臭さを感じ取った武光は、別に良いと言ったが、魔物の少女は構わず、芝居がかった大仰な動きで漆黒の翼を左右に広げた。


「聞いておびえろ、見てすくめ!! 私の名は……ヨミ!! 《妖禽族ようきんぞく》第一王女にして、魔王の妻となる(予定の)……って、ちょっと!!」

「大丈夫か二人共!?」

「と、当然です!!」

「な、何とか……」

「無ーーー視ーーーすーーーるーーーなーーー!! 今私、名乗ってる最中さいちゅうだったじゃん!! えっ、何? 『うわぁ、やっぱコイツ面倒くせーーー』って何よ!!」


 渾身こんしんの名乗りをスルーされ、ふくれっ面で抗議するヨミを見て、武光はミトに問うた。


「さっきからアイツずっと、一人ノリツッコミみたいな喋り方してるけど……友達おらんのかいな?」

「ちょっと、聞こえてるわよ!! 地味に心の傷をえぐるな!!」

「違うわ武光、あの魔物は相手の思考を読み取る事が出来るのよ」

「なっ!? って事は……じゃんけん百戦百勝やんけ!!」

「いやいやいや!! 私の能力は我が一族の中でも『千年に一度しか使える者が現れない』とまで言われてるんだからね!? じゃんけんが強いどころか、貴方達の攻撃なんか一発だって当たらないんだから!! あーーーっ、めちゃくちゃうたがってる!! やめろ、心の中で罵詈雑言を並べるな!!」


 少しの間の後、ヨミはガックリと肩を落とし、大きな溜め息を吐いた。


「あー、もー……何か疲れちゃったよ。今日はもう帰る」


 そう言った後、ヨミはミトを見て、ニコリと微笑ほほえんだ。


「……乙女の情けよ。王子様と末長すえながくお幸せにね? まぁ、そのすえはもうすぐ来ちゃうけど。この街は進軍中のリザードマン達に飲み込まれて消える事だし、甘い言葉をささやく時間くらいはあげるわ」

「ふん、残念やったな!! 進軍中のトカゲ共は、俺と先生の二人で壊滅させたぞ!!」

「えっ……嘘!? ハッタリじゃない……リザードマン達壊滅しちゃってるじゃん」

「どや!!」

「えー、もー勘弁してよ王子様。またリザードマン増やさなくちゃいけないじゃん。私みたいな、か弱い乙女にはかなりの重労働なんだからね!! ……リザードマンの足を切ったり、腕をいだり、首を引き千切ちぎるのって」

「なっ!?」

「自分達でやってくれたら楽なんだけど、いくらリザードマンに再生能力があるって言っても痛みは普通に感じるみたいだからさー、怖がってなかなか自分で手足を千切ったりしてくれないんだよねー。分裂する度に、個々の寿命も半減しちゃうみたいだし……」


 平然と言ってのけられたヨミの言葉に三人は戦慄した。


「待て!! それを聞いたからには生かしておけん!! ここで……叩っ斬る!!」


 悪役丸出しの台詞せりふを吐きつつ、武光はイットー・リョーダンで斬りかかったが、動きを読まれ、攻撃が全く当たらない。


「ほらほら、頑張って王子様。さっきのイノシシ仮面の方がまだ全然速いよ?」

「ハァ……ハァ……マジで動き読まれとるやんけ……ぜ、全然当たらん」

「どう? 分かった?」


 ヨミは勝ち誇ったような挑発的な笑みを浮かべた……が、それに対して武光も不敵な笑みを浮かべた。


「ああ、よう分かったわ……お前の倒し方がなあっ!!」

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