術士、頭を抱える


 51-①


 リョエンは頭を抱えていた。


 昔から、強く頼まれると断る事が出来ない性格である。リョエンは武光のあまりのしつこさに根負けし、術を教える事を約束させられてしまった。


 武光達がジューン・サンプにやって来てから一週間、リョエンはなんとか武光を追い出そうと、術を教える代わりに掃除・洗濯・食事の準備やその他ありとあらゆる理不尽な雑用を押し付けていたのだが、未だに逃げ出す気配はない。


 それどころか、五日前から『武光だけ術を習って強くなるのはズルい』などと、訳の分からない事を言って、武光の仲間の仮面の監査武官までもが転がり込んできてしまっている。厄介やっかい居候いそうろうを追い出すどころか、自称弟子がさらに増えてしまったのだ。

 そして更に、昨日から『私も強くなって武光様の役に立ちたいんです』と、アスタトの巫女までもが転がり込んできてしまった。


 追い出そうとしてるのに、自称弟子が何故かドンドン増えてゆく。


 サリヤから話を聞いたのなら、今の落ちぶれた自分に教えを乞うても仕方ない事くらい分かりそうなものだが。


 ……術を教わるのならサリヤにでも教われば良いのに。


 彼女は特別な才能がある訳ではないが、子供の頃から真面目で勉強熱心な頑張り屋さんで……今では自分なんかよりも余程素晴らしい術士となっている。それなのに彼らはどうして自分にこだわるのだろう?


 リョエンは少しずつ綺麗になっていく部屋を見ながら頭を抱えた。


 51-②


「良い加減にして!!」


 十日目、遂に監査武官が掃除中にキレた。

 彼女は、生まれてこの方、家事なんて一度もした事が無いんじゃないかと思ってしまうほど家事全般が下手だった。


「来る日も来る日も雑用ばっかり……全然術を教えてくれないじゃない!!」


 彼女には悪いが、リョエンは内心しめしめと思っていた。彼女にとって、慣れない家事は相当のストレスだろう。このまま怒って出て行ってくれれば良いのだが……


 だが……そう上手く事は運ばなかった。


 怒り狂う監査武官に対し、武光は不敵な笑みを浮かべ、言った。


「フッ……甘いなぁジャイナ、お前はリョエンさんの意図に気付かへんのかいな?」

「リョエンさんの意図? 一体何なのです、それは!?」

「今までの雑用は全て修行の一環……もう既に修行は始まっとんねん!!」

「な、何ですってー!?」


 始まってない!! 全く始まってないから!! とっとと出て行ってもらいたいだけですから!!


 リョエンは思わず口から本音が飛び出しそうになるのを咳払せきばらいで何とか誤魔化した。


「ええか、例えば毎朝の雑巾掛ぞうきんがけ、実はアレはただの掃除やない……足腰を鍛える為の訓練も兼ねとるんや!!」

「た、確かに雑巾掛けしている時は足腰にかなりの負荷がかかっていたわ!!」


 いや、足腰関係無いですから!! 術に足腰の強さ関係ありませんから!!


「それに家のすぐ側に井戸があるのに、わざわざ街の中央の井戸まで天秤棒てんびんぼうかついで水をみに行かされてたのも、実は修行や。天秤棒の両端に大量の水が入った水桶みずおけを吊るして中身をこぼすことなく運ぶ為には体幹たいかんの強さとバランス感覚が必要や。水汲みはそれを鍛える為の訓練やったんや」

「まさかアレに、そんな意味があったなんて……『街の中央の井戸から汲み上げた水を飲まないと術を教える気力が湧かない』なんて言ってたのは、只のいびりや我儘わがままではなかったのですね!!」


 いや、只のいびりですごめんなさい。あと術には体幹の強さもバランス感覚も必要ありませんから。


 ……だめだこいつら。


 リョエンは激しく頭を抱えた。作戦変更だ。

 この人達を追い出すには発想の逆転が必要だ。術を……教えてしまおう。

 めちゃくちゃ簡単な術をちょろっと教えて、『もう、私が教えられる事は何も無い』という事にして、私から『卒業』して頂き、この屋敷から『巣立って』もらおう。

 名付けて《免許皆伝作戦》だ。そうと決まれば一刻も早く行動に移し、1秒でも早く出て行ってもらおう。


 リョエンは武光に向かって、ニコリと微笑ほほえんだ。


「武光さん、よく私の意図に気付きましたね……合格です。貴方に術を教えましょう」

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