斬られ役、罠にはめる


 34-①


“ヴヴヴ……ヴヴヴ……ヴヴヴ”


 振動が、幻璽党に潜入中のミトから新たな知らせが来た事を武光に伝える。震えているのは、ケータイではない、イットー・リョーダンである。


 もちろん、イットー・リョーダンにバイブレーション機能やマナーモードなど付いてはいない、この振動はイットー・リョーダンが身震いしているのだ。


 そもそも、どうやって武光とミトは連絡を取り合っているのか……その答えがこれである。以前、セイ・サンゼンの宿屋でイットー・リョーダンの大改造をした時に、武光はカヤ・ビラキの一部を目貫めぬきの代わりにして完成させたのだが、その部品を介する事で、離れていても、カヤ・ビラキの思念を受け取ったり、こちらの思念を送ったりする事が出来るのである。


 ただ、武光達にとっては便利な機能なのだが、イットー・リョーダンに言わせれば、〔耳元になんかめちゃくちゃ鼻息の荒いけだものがいるようでゾワゾワして気色悪い〕との事で、カヤ・ビラキからの思念が届く度に、イットー・リョーダンはその身を震わせていた。


「おっ、連絡が来たな」


 ……武光とミトがそれぞれタイラーファミリーと幻璽党に潜入してから二週間が経過しようとしていた。


 武光はミトからの情報を元に幻璽党の小部隊に対して、シジョウの手下を引き連れて大勢で襲いかかり、ミトもまた武光の流した情報を元に、タイラーファミリーの小部隊に対して、ライチョウの手下を引き連れて大勢で襲いかかるという事を繰り返していた。


 その結果、両勢力の兵数は着実に減っていた。両勢力共に百名を超えていた手下共の数はもはや半分以下になっている。


〔あちらの大将は兵力が急激に減ってかなりあせっているらしい〕

「よっしゃ……じゃあそろそろ仕上げに移るか」


 武光はシジョウの部屋の前にやって来た。


「入るぞ」

「おう、先生か。どうした?」


 武光は幻璽党の連中を斬りまくっているうちに、いつしか『先生』と呼ばれるようになっていた。


「シジョウ……ひとつ、提案があるんだが」

「何だ?」

「タイラーファミリーのコマを借りたい、三十五人だ」

「……何?」


 シジョウは思わず聞き返した。何故なら現在のタイラーファミリーの総勢がおよそ四十人しかいないからだ。


「あんたも分かっているだろうが、このまま泥仕合を続けてちゃあ幻璽党と共倒れになっちまう。幻璽党に勝ってもこちらもただでは済まんだろう。タイラーファミリーが弱ったところに、後から別のハゲタカ共が来て全部掻ぜんぶかさらっちまうかもしれん」

「ぐぬぅ……」


 シジョウは苦い顔をした。武光の言う事が、いちいちもっともだったからだ。


「まだ余力があるうちに、幻璽党を叩かねばならん……そこでだ。奴らを罠にかける」

「罠だと……?」

「ああ。ジャイナを通じて、偽の情報を流して奴らの主力を誘い出し、包囲殲滅ほういせんめつする!!」

「何でそこまで俺に手を貸す? まだ報酬ほうしゅうが足りねぇってのか?」


 シジョウの問いに対し、武光はクッッッッッソ真面目な表情を作って答えた。


「フッ……金ならもう充分に稼がせてもらった。いつもならこんな物騒ぶっそうな所はとっととオサラバしてる所だがな……俺はあんたが気に入ったのさ。ここから先はタダで構わん、アンタの敵を全員叩っ斬ってやる!!」

「先生……良いだろう、アンタに俺の駒を預けるぜ」


(よっしゃあああああ、アホが……まんまと釣られよった!!)


 武光は心の中でガッツポーズを取った。


「……任せておけ、全員叩き潰してやる!!」


 この時、武光の言う『全員』の中に自分達が含まれているという事を、シジョウは知る由もなかった。

 シジョウからの了承を得た武光は、罠を張るべく、タイラーファミリーの主力を引き連れて、街の外の遺跡に向かった。


 34-②


「とうとうタイラーファミリーが宝を掘り当てたみたいね」

「なっ!? それは本当ですか!?」


 ミトの報告にライチョウは血相けっそうを変えた。


「ええ。今朝街に出て、タイラーファミリーの奴を三人程斬ってきましたけど、そのうちの一人が白状しましたよ、場所は……街の南西の《ラトップ遺跡》ですって」

「くっ……奴らに宝は渡さねぇ!! 大至急兵隊を集めろ!!」


 化けの皮が剥がれたわね、所詮外道しょせんげどうはこんなもの。大声で手下に怒鳴り散らすライチョウを見て、ミトは溜息を吐いた。


「ライチョウさん……お急ぎの所悪いのだけれど、私に十人程兵隊を貸してくださらない?」

「何をするつもりだ?」

「そんなの決まってます……シジョウ=タイラーを討ちます!! 今、タイラーファミリーの連中は莫大ばくだいな財宝に目がくらんでいます。宝を掘り出すのに必死でシジョウ=タイラーの守りは手薄てうす、これは千載一遇せんざいいちぐう好機こうきです」

「しかし宝が……」


 しぶるライチョウに対し、ミトは大袈裟おおげさ溜息ためいきいた。


「貴方はもっと利口な男だと思っていましたが……とんだ見当違いですね」

「何だとぉ!?」

「良いですか? もし貴方達がラトップ遺跡に襲撃をかけたとして、絶対に勝てるという保証はあるのですか!?」

「くっ……それは……」

「ですが、もしシジョウ=タイラーさえ討ち取れば残りは烏合うごうの衆、南の遺跡で万が一の事があっても充分に挽回ばんかい可能です。一か八かに全てを賭けるのはシジョウのような愚者のする事、真の知恵者は何重にも手を打っておくものです」

「良いだろう……アンタに十人預ける。十人は俺と共にここに残れ。残りの三十人は全員南の遺跡だ!!」

「あ、貴方は行かないのですか!?」

「ああ……俺は危ない橋は渡らねぇ。兵隊共が安全を確かめるまではな」


 〔王家の姫がそんなはしたない事してはいけません!!〕とカヤ・ビラキにしかられそうだが、ミトは内心舌打ちしたい思いで一杯だった。

 作戦ではこの男も罠の中に放り込んで始末する手筈てはずだったのだが……あまりしつこく食い下がっても怪しまれるだろう。ここは素直に行くべきだ。


「分かりました、私はラウダノン邸に向かいます。行きましょう、ベン!!」

「分かったんだな!!」


 ミトとベン……そして、ライチョウの手下九人は、シジョウ=タイラーを討つべく、ラウダノン邸に向けて出発した。

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