僕らの有限戦争
Infinity project
序章 全ての始まり
全ての始まり
2020.12.31
これは警告である。誰に対してではなく、私が私自身に送る警告。
事の始まりは2020年5月。世界がまだ平和な形を保っていたあの頃の私へ、手短に要点を書き記しておく。
私は私が何者であるかを知っている。私は××××だ。私は××××ではない。
彼等の目的は×××である。故に、私は黒×××に関わってはいけない。接触を拒まなければいけない。そうしなければ××××から。
この世界は一度、新しい形に塗り替えられる。彼等にはそれだけの力がある。災厄の×××が居るから。その名前は×××××。これとの接触は避けるべし。さもなければ××××××××××事になる。
そこで私はペンを止めた。言葉が浮かばなかった訳ではない。傍らで息絶えた筈の彼の手が、最期に私の手を掴んだのだ。
書かなければいけない。それが分かっているのに、私は彼の手を振り払う事が出来なかった。この未熟さが今の状況を作ってしまったのだと言うなら、納得する他ない。
結局、私はペンを持ち替えた。慣れない右手で書く文字は歪で目も当てられなかったが、どうせ見るのは私だけ。思い出せるのも私だけだと分かれば、その書き順や形はどうだっていいと自暴自棄になれた。
世界は運命に嫌われている。
これは警告だ。絶対に……。
深夜0時を知らせる鐘が鳴った。ここまでかとペンを止め、空を仰ぐ。曇天の空から予報外れの雪が舞い、世界はゆっくりと終わりを迎えようとしているのに、私の心は不気味なほど穏やかだ。
「××××」
貴方の名前を呼んだ。もう開かない瞳。もう動かないその指。もう動かない唇。その全てが冷え切っていた。
「私は、必ず貴方を……」
世界は白に包まれた。
2020.05.13
「それで? 何で課題を忘れた」
高校生活というものが如何に無駄で溢れ返っているか。それを全校生徒で集い、意見交換会なるものをしたら、かなりの量にのぼると思う。
例えば、あまり意味のない校則ばかりが並んでいる妙に分厚い生徒手帳とか、将来使う事のない数学の小難しい方程式とか。
「黒瀧。……黒瀧北斗! 聞いてるのか!」
「は、はい! 聞いてます!」
条件反射で返事をした男子生徒に、女教師は眉をひそめた。
遠目からでも目立つオレンジ頭は友人達に「お前目印にしやすい」なんてよく言われている。癖の多い髪の手触りは犬の毛並みのように柔らかく、そのせいか寝癖が直らなかったと肩を落としながら登校して来る事も多い。
夜空のように深い紫色の瞳は必死に言い訳を捻り出そうとしているのか、職員室の天井を見上げていた。右側の横髪を止める白と黒二色のヘアピンに、白色の学ランの下に年中無休着込んでいるパーカーと、首からぶらんと垂れ下がっているイヤホン。それらは彼のトレードマークとしてあげられるだろう。
五月の陽気に負けず、長袖のカットソーを着用している女教師は肩程の長さまで切り揃えた髪を揺らしながら「それじゃあ、質問の答えを聞かせて貰おうか」と意地悪く笑った。分かりやすく視線をあちこちに彷徨わせた北斗へ、それ見た事かと机の脇に積まれていた3クラス分の英語のプリントを1枚取り、ひらひらと動かした。
「先週渡したこのプリント、うちのクラスで未提出なのはお前だけだ。何で忘れた」
「……やるには、やりました。けど持って来るのを忘れたんです」
「それはやらなかったのと同じ。小学生までしか通用しない言い訳だぞ」
女教師はファイル立ての中からクリアファイルを取り出し、中からプリントを1枚取ると北斗へ差し出した。家で見た覚えのある問題ばかりが並んでいる。その答えが合っているかは別として、こうじゃないかと自分なりに考えて何とか埋めただけあって、もう一度解き直すのは骨が折れた。
「家に取りに行くのは駄目ですか?」
「駄目。そう言って戻って来なかった奴居るから」
ならばと北斗がここで解いて行ってもいいか問い掛けると、女教師はわざわざ机の上のものをどかし、書くためのスペースを作ってくれた。ありがとうございますと言いながら、北斗はその場にしゃがみ込み、“2年3組 黒瀧北斗”と記名した。
眩しいだろと言いながら、女教師は背後のレースカーテンを引いて直射日光を防いでくれた。
整理整頓がきちんとされた彼女の机には、サボテンのボボちゃんがちょこんと座っている。北斗と同じクラスの女子数人が彼女に呼び出された際、このサボテンに目を付け、何気なく名前はないのか問い掛けたという。ペットじゃあるまいしと返答した彼女に、生徒達が「何か名前つけよう」と発起し、サボテンのボの字を取り、それを二度繰り返し“ボボちゃん”と命名された。
彼女のデスクトップの画面には、可愛らしい女の子が2人映っている。片方は元・人気モデルの早乙女鈴音。自分の夢に集中したいという理由で4年前、高校卒業と同時に芸能活動を引退した。
その隣は現役高校生アイドルの早乙女凛花。早乙女鈴音の妹で、学業とアイドルを両立させながら日々奮闘し、最近ではテレビ出演もメキメキ増えたりと知名度を広げ始めている。デスクトップの写真は、妹・早乙女凛花のライブに早乙女鈴音がサプライズゲストとして登場した時のものだ。
チラリと女教師に目を向ける。2人と同じ髪色。凛花と鈴音を大人びさせたような顔立ち。そっくりだなぁと考えていると「こら、手止まってる」と野次が飛んで来た。
「五十嵐先生、妹さん達の事大好きっすね」
女教師こと北斗の担任でもある五十嵐琴子は「はぁ? 別に普通だろ」と答えた。
30歳、既婚。4年前までは同じ新夏区内の皇明学院に赴任していたが、翌年の人事異動で此処・九々龍学園に転任してきて早3年。時の流れは早い。
「妹がモデルで、そのまた妹がアイドルとなれば応援してやりたくなるのが親心……否、姉心だろ?」
うぅん、そう言うものだろうかと首を傾げてしまった北斗に五十嵐は「お前みたいなガキんちょにはまだ難しい話だったか」と笑った。
「職員室に来る度に毎回同じ話してるが、鈴か凛花のファンか?」
「そんなんじゃないですよ。目に入るから聞いてみただけです。
……それより、旦那さんとはどうなんですか」
嗚呼、目玉焼きに何をかけるかで喧嘩したと先程よりも声のトーンを落としながら答えた五十嵐に「下らな」と笑っていれば、職員室にはコーヒーサーバーの稼働音と香ばしい香りが溢れ返った。北斗の年の離れた兄と姉はそれを美味い美味いと言って飲むのだが、北斗には良さが分からない。それを伝えれば兄と姉が忽ち子供舌だなと揶揄って来たものだから、2人の前で今後一切口にしない事を決めた。
「先生、出来ました」
北斗から手渡されたプリントの回答を斜め読みした後、五十嵐は「うん、殆ど間違ってるが無事提出扱いだ」と笑った。持って来ていようとなかろうと、その正答率が低かった事実を突きつけられ、ズンと肩を落とした北斗を横目に五十嵐は時計を一瞥した。
「そろそろ行かなくていいのか、時間だろ?」
北斗も同じように掛け時計を見上げた後「やべっ」と大声を上げた。
足元に置いていたギターケースを背負い「失礼しました」と言いながら足早に立ち去って行った北斗に、五十嵐はやれやれと息を吐きながら採点用の赤ペンを手に取った。
首元でぷらんぷらんと揺れ動くイヤホンを耳に捩じ込み、ポケットに押し込んでいたスマートフォンの画面を見る。再生ボタンを押せば、すぐに可愛らしい歌声とポップなBGMが弾けるように鳴り響いた。
早乙女凛花の3枚目のシングル『りんかねーしょん』だ。何度聞いてもいいなと考えながら、北斗の足は目的地へ急いだ。廊下を走るなという体育教師の言葉にすいませんと生返事をしながら、近くの階段を駆け上がる。
長い渡り廊下を抜ければ、あっという間に図書室の扉が迫って来た。
丁度サビの前で辿り着いてしまった事を残念に思いながら、なるべく音を立てないように扉を引くと、何度来ても変わらない息の詰まる空間が北斗を出迎えた。
インクの匂いが立ち込め、ページを捲ったりペンを動かす音が鳴り響く中、数人の生徒が手に持っていた文庫本や教材から視線を上げ、すぐに興味をなくしたように目を伏せた。
居心地の悪そうな顔をした北斗に、図書室のカウンターで小さく手を上げた女子生徒が「よっす北斗」と声を掛けた。「比与森」と声を掛けながら、彼女の元に歩み寄る。
「またお兄様のお迎え? 大変だねぇ、あんたも」
「だってさぁ、放っておいたらずーっと勉強してそうなんだもん」
図書室という事もあってか、声のボリュームをいつもより抑えながら問い掛けて来た比与森は「それもそっか」と笑った。
比与森杏奈は北斗と同じクラスで、かつて同じ部活に所属していただけあって、その親交は友人の中でも一二を争うほどに長い。
区内じゃ専ら可愛いと評判の白セーラーの上に、遠くから見ても悪目立ちする赤色のパーカーを身に着ける生徒はどれだけ校内を探しても彼女くらいだろう。金髪のベリーショートも相まって、かなり派手だ。
北斗が背負っているギターケースを一瞥した後、比与森は「最近調子どう?」と問い掛けた。
父に必死に頼み込んで小遣い3ヶ月分を前借りしたお金と、親戚や従兄弟から貰ったお年玉を合わせて手に入れたシックな黒色のギターは、喉から手が出る程に欲しかった北斗お気に入りの逸品だ。「カラフルな方が可愛いじゃん」と楽器店に同行した姉は赤や水色、黄色といったボディが色鮮やかなギターを指差しながら口を挟んで来たが、頑固なまでにこれがいいと主張し、大金を会計で叩き付けた。
自分で選んだ事もあってか、今では宝物ランキング堂々の首位を独占する位にその価値は高い。
「スタジオ借りるのは金かかるから家で弾いてる」
北斗の返答に比与森は「頑張ってんじゃん」と言いながら、つい感情が高ぶったのか、パンと盛大な音を立て北斗の背中を叩いた。
いって、と大声を発してすぐ、北斗はパッと口元を覆った。
読書や勉学に励んでいた生徒達の
ごめんと小声で呟き、この通りだと両手を合わせた比与森の視線は、北斗の大声を聞いても尚その顔を教科書に向けたまま、ペンをせっせと動かしている男子生徒に向けられている。
いつの間にか届いていた父からの“何時に帰って来る? 帰りに玉ねぎ買って来てほしいな”というメッセージを一瞥し、北斗はスマートフォンを片手に彼の元へ歩み寄った。
隣の椅子をゆっくりと引きながら、彼の右肩をちょんちょんと人差し指でつつくと、ようやく顔を上げた彼は図書室内の掛け時計を見上げ「もうそんな時間か」と耳に嵌めていたイヤホンを取った。
成程、曲か何かを聞いていたから気が付かなかったのだなと考えながら、ドカッと音を立て北斗は隣の椅子に腰掛け。イヤホンを指差しながら「何聞いてたの」と問い掛けた。
「嗚呼、リスニングだ。何回か聞いている内に段々聞き取れるようになって来た」
リスニング、と片言の外国人のように言葉を繰り返した北斗に彼はくすりと笑いながら、机の上に広げた文房具や教材を片付け始めた。
北斗よりも跳ねの少ない黒色の髪は耳の下で切り揃えられ、かなり度の強い黒縁の眼鏡の奥では母親似の切れ長なオレンジ色の瞳が覗いている。
この暖かい日に学ランの襟元のホックすら外していない彼に、北斗は信じられないものを見るように目を細め、一足先に図書室を出る兄の背を追い掛けた。
図書室から距離の離れた渡り廊下に差し掛かってすぐ、ぷはっと水面から顔を出すように息を吐き出した北斗は「何回来ても駄目だ、息詰まる」と顔を
「兄貴はよくあの場所に長時間も居られるなぁ。俺には無理」
「お前は昔から体動かさないと死んじゃうタイプだもんな」
彼・黒瀧湊斗は北斗の双子の兄にあたる。と言っても二卵性のためあまり似ていないし、性格や趣味趣向全てが真逆だ。
それでも正月やお盆に親戚と会う度「やっぱり双子だからそっくりね」と言われるのだから不思議だ。そんなに似ているだろうかと従兄弟に訊ねてみたところ「客観的に見れば違うものだよ」と言われた事がある。
頭脳明晰、品行方正、冷静沈着。兄の事を説明しなさいと言われたら、北斗はこの3つの四字熟語をまず思い浮かべる。
テストでは常に学年首位の座を保ち続け、その答案用紙に80以下の点数が書かれているのは一度も見た事がない。
天井から吊るされているのではと思うくらいいつでも姿勢がピシッとしていて、授業態度もいいもんだから、兄が職員室に呼び出されたとしてもやれ今回も満点だとか、難関大学も狙えるとかそんな賞賛の言葉を教師陣に掛けられるだけ。
ノートが出ていない、課題に不備があるとしょっちゅう担任の五十嵐に呼び出しを受けている北斗からすれば、兄の存在は月もしくは雲のような存在だった。
一見完璧超人に見える兄の欠点を挙げるとすれば、コミュニケーション能力に乏しい事だろう。言葉足らずのせいで不愛想と思われがちな兄から友人の話は一切聞いた事がない。話せば普通に優しくて、たまに抜けてるところも多くて面白いのに勿体ないと北斗は感じた。
「静かな場所が好きなんだ。勉強や読書に集中できるし、何より心が落ち着く」
「マジ? 俺は騒がしい方が落ち着くなぁ」
やっぱり真逆。一見タイプが合わないように思われがちだが、お互いの足りない部分を補ったような相手の存在が心地よく、高校生になった今もこうして一緒に行動する事が多い。
「嗚呼けど……北斗のギターの音は好きだ。よく……ええっと、何だったかな。推しの……早乙女凛花? 彼女の曲をよく弾いてるだろ?」
バレてたかと気恥しそうに笑いながら北斗は答えた。人気アイドル・早乙女凛花。彼女の姉・五十嵐の前では否定したものの、北斗は2018年にデビューした当初から彼女を応援している所謂古参ファンに分類される。
きっかけは何となく動画投稿サイトで曲を聞き流していた時、偶然辿り着いた彼女の歌声を聞いた瞬間、世界が変わった。
可愛らしく、透き通った歌声。ふんわりとウェーブがかったピンク色の髪を二つ結びにし、空色の瞳を真っ直ぐ向ける彼女のダンス。目が、耳が惹き付けられた「すずたやの方が可愛い」「歌もダンスもそこまで上手くない」なんて批判の声にも負けずに奮闘する彼女を気が付けば応援していた。今では立派なファンだ。
「兄貴も曲とか聞いてみなって。凛花ちゃん以外にもおすすめのバンドとかアーティストいっぱいいるからさ」
スマートフォンを片手に再生リストを眺めながら「兄貴これ好きそう」「これは……あんまりかもだけど、俺が一番好きな曲だから聞いて欲しい」と吟味し始めた北斗に、湊斗はクスリと笑いながら「帰ったら聞かせてくれ」と答え、生徒玄関へ足を向けた。
東京湾に面する新開発都市・新夏区は、政府が新たな商業施設"ocean color town"や芸能事務所"ススミプロダクション"を初めとし、大手金融機関 "
四方を海に囲まれた新都市には、お台場や葛西臨海公園駅をつなぐ海の上を通るモノレール"うみすずめ"と、新台大橋にて行く事が可能だ。
さらにアイドルやミュージシャンのライブ会場、野球の試合会場にも使われる"日ノ出ドーム"や大型テーマパーク"キャンシィランド"が開業された事もあり、今日現在新夏区の人口は20.34万人にまで及んでいる。
新夏区八国に位置する九々龍学園の周辺は、美術館や博物館・図書館など、芸術的娯楽施設が数多く建ち並び、自然に満ちた地区だ。 駅までの平坦な道から区の開発前に山を切り崩し作られたためか、傾斜のキツい坂道を抜けた先に九々龍学園は門を構えている。
黒瀧双子は父の“帰りに玉ねぎ買って来て”というメッセージを眺めながら、駅前へ続く長い坂道を下った。
夕日に「眩しっ」と目を細め、北斗は隣で同じようなしかめっ面をしている湊斗に笑いながら、彼に質問を投げた。
「玉ねぎがなければ作れないメニューって何だと思う?」
「うーん……カレー、牛丼、肉じゃが……挙げたらキリがないな」
腹減って来たと呟き、北斗は「じゃあ今日の気分は」と問い掛けると。ほぼ同時にカレーと発せられた。
こうやってシンクロした時はお互いが双子である事を再認識する。やっぱりと笑い合いながら、駅ビル内の食品コーナーに向かおうとした時、湊斗の足がピタリと止まった。
「兄貴?」
どうかしたのかと問い掛けて、北斗は湊斗が見上げている大型ビジョンに視線を移した。周囲にも彼等と同じように足を止めて立ち尽くしている人が大勢いた。
……それが全ての始まりだった。
「志藤内閣総理大臣」
名前を呼ばれた第64代内閣総理大臣・志藤美冬は「はい」と短く返事をすると、肩まで伸びた艶のある黒髪を揺らしながら発言席に着いた。日本初の女性の内閣総理大臣というだけあって、メディアからの注目は大きい。臨時会には、各々カメラを抱えた報道陣が目映いフラッシュをたきながら彼女の姿を写し出している。
志藤は議員一人一人の顔を眺め、丁寧なお辞儀をした。
「4年前突如収束した徒花病、35名にも上る死者を出した篠倉中卒業生連続殺人事件、近年起きた犯人の足取りを掴めていない死因不明の残虐な事件。
それらは全て、奇妙な能力を持った同じ人間によるものです」
彼女の発言に野党から「一体何の話をしている」といった野次が次々と飛んで来た。
「2006年、彼等の能力を解明するための施設・“異端者研究所”が設立されました。彼等の行動を管理し、能力を制御。国民の皆様の生活を保護するため、最善の処置を行う施設でした。
……ですが、近年発生している不可解な現象や事件は全て、彼等の能力を用いなければ説明がつかないものばかり。……幾つか物証もあります。
幾度となく研究所に調査を行い、指導を行いましたが改善されるどころか悪化する一方。この状況を踏まえ、新たに可決・施行された“異端者対策法案”について、この場をお借りして国民の皆様にご説明させていただきます」
異端者対策法案。聞き慣れないフレーズに北斗はチラリと湊斗の表情を窺ったが、彼の目は大型ビジョンに向けられたままだった。
「警察機関に"異端者対策本部"を設置します。人員選抜については全ての判断を警視庁・警視総監 海堂氏へ一任。相手が異端者……もしくはそれを擁護する者と判断された場合、全警察機関による彼等への発砲を認可します。その生死は問いません」
「な……」
北斗と湊斗の口からほぼ同時に声が漏れた。幾ら脅威だと言っても、彼等も同じ人間。それは迫害と同じだ。
「軽犯罪の増加も視野に入れ、最高裁判所裁判長官・藪野氏へ警察機関とのより早い協力と対応を任命いたしました」
志藤の捲し立てるような発言に、国会内は報道陣によるカメラのフラッシュとシャッターを切る音だけが響いていた。
「そして、防衛軍ーG8として大都市東京を支部に制定。支部長を含む支部員3名を、国外に派遣する誓約を先程捺印致しました。」
志藤はそう言って手に持っていた捺印書を高く掲げた。確かに支部員を世界で殺戮を行う異端者弾圧のため、海外に派遣するという内容で印が押されている。
「異端者の抑圧は異端者対策本部と防衛軍東京支部員、国民の皆様の不安には警察機関が消防や救急と連携して対応致します。
今、此処は日本であって日本ではありません。より多くの人と国民の皆様の協力無くして、平和な日本は未来永劫築きあげる事は出来ません。
どうか、皆様のご理解ご協力を何卒お願い申し上げます」
質疑応答が繰り広げられ、周囲の人々が興味を失ったように立ち去って行っても、北斗と湊斗はしばらくの間動けずにいた。やがて湊斗のハッと思い出したような「玉ねぎ」という言葉に我に返り、彼等の足は予定よりかなり遅れる形で駅ビル内の食品コーナーに向いた。
国立異端者研究所研究部主任
11号室長 星野様
【異端者対策法案に関しての報告書】
異端者対策本部を設置。人員選抜は総監・海堂へ一任。異端者・異端者擁護派と判断された場合、各警察機関は発砲を認可。
異端者・異端者擁護派の殺傷は罪に問われない。
最高裁判所裁判長官・薮谷と警察機関との連携を求める。
防衛軍東京支部を設置。支部員3名(支部長含む)を異端者弾圧のため、国外派遣。
異端者弾圧は異端者対策本部と防衛軍東京支部員で行う。
一般人による軽犯罪等の横行には、警察機関が消防・救急と協力し対応。
コメント:法案はあまりに横暴で残虐的ですが、自分のやるべき事は変わりません。通常通りの業務を続けます。
制作者:国立異端者研究所研究部12号室長
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