Interview4 貸金庫屋の狸親父

 結局、リリィさんからも大した情報は得られず、僕は、かの勇者の故郷であるA村に来ている。結構な山奥の村で、特定が怖いのであまり色々言えないけれど、これといって特に何もないところだ。


 村で聞き込みをしてみたところ、やはりこの村から勇者が出ていたことがわかった。それも2人。これだけ勇者の入れ替わりが激しいと、一つの村に連続してお告げが下ることもある。けれど、それは人口が最低でも5000人以上の大きめの村の話であって、こんな辺鄙な(って言ったらまずいんだけど、まぁここが人口60人程度のど田舎であることはゆるぎない事実なのである)村ではまず考えられないことだ。

 とにもかくにも、そのうちの一人がお蔵入りになってしまった例の先代勇者で、そして、もう一人恐らくこれから同じ運命を辿ることになりそうなくだんの勇者なのだろう。


 ちなみに先代が勇者になる前に働いていたのだという縫製工場跡がこの村唯一の観光名所になっている。潰れたのはごく最近のはずなのだが、廃れっぷりが凄まじい。それはそれはもう見事な廃墟である。どこからどう見ても何かしらがタイプの廃墟に仕上がっている。完璧だ。


 さて、手土産の酒瓶を5本ほど空けたところでやっと得られた重要情報はというと、やはり勇者は『勇者』だったということである。勇者であることを認定する王室発行の認定証も村役場に保管されており、まぁわざわざ偽造してまで勇者になりたいヤツなんていないと思うけれども、一応それを防止するための透かしも確認出来た。つまり、まごうかたなき本物の認定証だったというわけである。

 

 ということは、ここを旅立ったのは間違いなく本物の勇者なのだ。とすると、入れ替わったのはここではない、ということになる。

 ならば、ここに長居しても仕方がない。せっかくなので一泊し、翌朝ここを発つことにしよう。


 宿で適当に夕食を済ませ、どこかで酒が飲めるところはないかと尋ねると、そんな気の利いた店は村に一軒しかないらしい。仕方なく、紹介された小汚いパブへと向かった。


「先代勇者はそれはそれは可愛い女の子でなぁ」


 一人でちびりと飲んでいると、隣に座った赤ら顔の親父がそんなことを言ってくる。コイツ、昼間話しかけた時はまったく口を割らなかったくせに。成る程、地酒派だったのか。


「ウチのせがれなんか、『絶対に嫁にするんだ』なんて言って、追いかけて行っちまったのよ」

「えぇ? でも、その先代勇者は……さすがにもう……」


 そう、次のお告げが来た、ということはつまりそういうことなのだ。

 勇者が魔王によって倒された、という。


「そう、そうなんだよなぁ。だからもうじき帰って来ると思うんだよ、俺ぁよぉ。それに、アイツが帰って来てくれねぇと困るんだわ。何せ跡継ぎだからなぁ」


 そう言って、彼は大きなため息をついた。


「何かお店でもやってらっしゃるんですか?」


 昼間会った時は暇そうにぷらぷらしてたじゃないか、アンタ!


「んぉ? ウチかい? ウチはねぇ、貸金庫屋さね。まぁ、別に老舗ってわけでもねぇし、特に繁盛するような商売でもねぇんだけどよぉ、店番するヤツがいねぇと俺が遊べねぇだろ?」


 とんだ狸親父である。

 まぁ、とにかく、息子さんはその『可愛い女勇者』の尻を追いかけて消息を絶ったわけだ。もしかすると、既に魔物に襲われてご臨終しているかもしれない。


「つってもよぉ、1年前くらいに一度帰って来たんだけどな?」

「はい? 帰って来たんですか? で、また行った、と?」

「そうそう。忘れモンでもあったのかと思ったんだけどな? 2ヶ月くらいかなぁ、そんくらいはここにいたんだよ。俺ぁてっきりあの勇者を諦めて――っていうか魔物にやられちまったのかもしれねぇけどよ、まぁとにかくそれで帰って来たもんだと思ってな? せがれに店任せて山の向こうの温泉に行ったのよ。そしたらよぉ――」


 3日後、彼が戻ってきた時には、店番をしているはずの息子は忽然と姿を消していたのだという。客の出入りを管理する帳簿を見ると、どうやら2日前までは営業していたらしく、アンリという客の名が記されていた。


 アンリ。

 今日、僕は、幾度となくその名を聞いた。


「確か『アンリ』って……」

「おうよ、この村から出た2人目の勇者様よ。せがれが帰って来てすぐにお告げが来てここを出たんだけどな。まぁアンリは婆ちゃん子だからなぁ、ちょいちょい戻って来て顔を見せてたんだよ。いやぁ、良い孫を持ってシーナ婆さん幸せよな」


 幸せ、かぁ。幸せなんだろうか。だって勇者だぞ? 平均寿命30もいかない超ブラック職業だぞ? 

 しかも彼は勇者の証である伝説の武器防具を奪われているのである。もしかしたら口封じに殺されているかもしれない。世界を救う(予定の)勇者様にそんなことが出来るなんて、相当頭のイカれたヤツだ。


 しかし何だろう、何かが引っ掛かるのだ。

 消えた貸金庫屋の息子、最後の客は勇者。


「なぁ親父さん、もし良かったら、ちょっとその金庫見せてくれない? ここの飲み代は僕が持つからさ」


 そう言うと親父は「良いのかい? あんがとよ兄ちゃん!」と僕の背中を数発ぶっ叩き、既に空になっていたグラスを高く上げて店主を呼んだ。


「マスター、いつもの! あとさ、今日はツケもぜーんぶ払っちゃうから! この人が!」


 こンの野郎……!




「ほいよ、これが鍵だ。この鍵はここしか開かねぇヤツだから」


 あんなに飲んだのに親父はしっかりした足取りで僕を地下にある金庫まで案内してくれた。帳簿によれば、勇者アンリは午前中に来店して武器と防具、それから手荷物を預けた後、午後には引き取りに来たことになっている。祖母に会うのにごっつい鎧やら物騒な剣、それからかさばる道具類なんかは邪魔になるので、彼は帰省の度にこの店を利用していたようである。そして今回も、というわけだった。


 僕の頭の中には『あるひとつの可能性』が浮上してきている。しかもそれはいまや『可能性』の枠をはみ出しまくって、ほぼ『確信』に変わろうとしている。すなわち、ここの息子が勇者アンリの武器防具を盗み、逃走したのではないか、という。

 とすると、アンリはもしかして――。


 親父はさっさと2階にある居住スペースへと引っ込んでしまい、ここには僕しかいない。しんと静まり返った地下は広く、冷たい石壁一面には頑丈な鉄の扉がずらりと並んでいる。そのすべてが貸し出し専用の金庫で、大きさによってそれぞれ料金が異なっている。

 ちなみに1階の受付カウンターの脇には、一時的に食料品を預けるための冷蔵機能付き金庫もあるらしい。料金もかなりリーズナブルで、こちらは主婦が良く利用しているのだとか。

 対してこの地下の金庫はというと、短くても1泊、長期だと年単位で預ける人もいるらしく、1週間、1ヶ月、1年というパック料金も設定されている。

 しかし、勇者アンリの場合、いくら数時間だけとはいっても預けたいモノがモノだけに生鮮食品などと同じ扱いをするわけにもいかず、こちらの金庫を貸していたらしい。


 しんと静まり返った地下室に、チャリ、と鍵についている番号札が鎖にぶつかる音が響く。僕はごくりと唾を飲んでから、鍵穴にその鍵を差し込んだ。



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