第1章 絶対守護絶体絶命 1

「シラン帝国本星と恒星シランとの間に船影多数」

 女性オペレーターの一言で、約100名いる絶対守護の中央オペレーションルームが慌ただしくなった。

「何を言ってるんだ!? 何のことだ? オセロット王国軍は絶対守護前方に布陣しているではないのか? ふざけたことをぬかすな!」

 オペレーションルームの男性指揮官がオペレーターを怒鳴りつけた。

「は、はい。い、あ。いいえ。惑星シランと恒星シランの間に・・・その・・・突然に出現しました。オセロット王国の宇宙戦艦の模様です。それに前方のオセロット王国軍の布陣に変更はありません」

 巨大な重力は時空境界の制御を難しくする。時空を歪ませるからだ。故に時空境界突破航法では通常、大質量体からなるべく離れた位置に境界脱出する。シラン帝国本星に進軍するのであれば、恒星シランとの間ではなく、反対側を選択するのがセオリーだ。

 男性オペレーターが冷静な口調で報告する。

「オセロット王国軍の艦艇であります。艦艇数、少なくとも200隻以上」

 別の女性オペレーターが答える。

「時空境界突破航法による重力波異常は検知されていません」

「貴様らは馬鹿か? ならば境界突破は不可能、直ちに壊れているセンサーからのデータを遮断し、絶対守護のレーダーシステムに反映させよ」

 オペレーターの上官が理不尽に怒鳴りつけた。

 中央オペレーションルームでは、オペレーター全員で共有されている超巨大ディスプレイが半円形の壁を覆っていた。

 そのディスプレイに、索敵レーダー衛星1台1台の動作状況が表示されている。レーダー出力、レーダー受信アンテナ、システム、センサー類のチェックなど、確認できた機能は文字が赤から青に変更されていく。

「65536基の索敵レーダー衛星は正常動作しているのを確認しました。出現位置を観測できる5基のレーダー衛星が同時に故障するとは考え難く・・・」

「進言いたします。レーダー衛星の故障であれば、敵艦を捕捉できません。また、複数種類のセンサーから特定した敵宇宙戦艦の艦型データと、質量測定の結果に矛盾がありません。重力波検出用センサーに異常はないと推察できます」

 半円形ディスプレイの円の中心に向かって階段状にオペレーター席がある。円の中心近くではオペレーションルームの最高管理者が、無言で監視している。どうやら色々と考え状況を分析しているらしく、最高管理者として指示を出していない。

「バカな! 全く反応がなかったとでもいうのか? どうやって境界突破してきんだ?」

「敵艦隊を超望遠レンズで捉えました。映像でます」

 超望遠の映像でも1隻1隻は小さい点でしかない。デジタル処理で大きく映し出しても、素人が見たらモザイクにしか見えない。しかし専門家は、一目でオセロット王国軍の艦隊だと分かる。それも相当に訓練された艦隊であることが・・・。

「まさかシラン恒星の近くに境界脱出してきたというのか・・・だから検知できなったのか・・・」

 時空境界突破航法の最大の弱点は、巨大質量体の近傍に境界顕現できないことだ。

 だが事実、シラン恒星の近くにオセロット王国軍は顕れた。巨大兵器群と3個艦隊の全体を捉えた映像の端には、シラン恒星が写り込んでいる。間違いなくシラン恒星近傍で出現したのだ。

 オペレーションルーム内に囁き声というには大きく、独り言というには問いかけの声が広がっていった。

「まさか、超光速の新航法を開発したのか・・・」

「ダークエナジーで重力波キャンセルする技術を?」

「いや・・・あれはダミーに違いない。中身なんて入ってないんだ。ハリボテに決まってる」

「ああ、そうか。あれは戦艦なんかじゃない。戦艦に似せた戦闘機じゃないかな?」

 オペレーター達は、オセロット王国軍の侵攻に対する不安から、目先の疑問を解決することで逃れようとしているようだった。

「どの索敵レーダー衛星の質量センサーでも、宇宙戦艦または宇宙空母級の質量を示しています」

「それは何か? オセロット王国は、6個艦隊をシラン帝国本星まで進軍させ得るとでも・・・」

「・・・そうだよな。オセロット王国の国力では、2個艦隊が限界なんだ」

「いや、しかし・・・時空境界突破でない新航法技術を開発してた・・・」

「まて、オセロット王国は技術後進国ではなかったのか?」

 国内情報操作で、オセロット王国はシラン帝国より遥かに技術が遅れているとされていた。そうでもしないと、前線の兵士による反乱、集団離脱が頻繁に起き、オセロット王国への亡命が相次ぐからだ。

「あの・・・。もしかして、ワープしてきたんじゃ・・・?」

 オペレーションルームが一瞬にして静かになった。

 核心をついた意見に驚かされた訳でなく、薄ら笑いまで出ていた。

「バカかお前は?」

「そうだぞ。ワープなんて・・・千年近く前の技術だ」

「今や残骸すらないよ」

「だけど・・・オセロット王国には残っているのかも」

「お似合いな技術だ・・・そうだなっ!」

「オセロット王国軍の兵器データベースから、シラン恒星近傍に顕れたのは3個艦隊のようです」

「他の物体は何だ?!」

「小官は遠征用の補給物資を積載した補給部隊と推測します」

 現実を認めたくない気持ちが、無駄口と論理性を欠いた推測にあらわれていた。

 最前線に補給部隊を投入などしない。オセロット王国軍は定石通り兵站を整え、シラン本星の直前に補給を終えているのだ。

 ただ、各種データから5個艦隊のオセロット王国軍が侵攻してきた。それは間違いないと、全オペレーターは理解していた。

「展開済みの2個艦隊と合わせて・・・5個艦隊」

 誰ともなくオペレーターの一人が呟いた。

 中央オペレーションルームの最高管理者が、考えを纏め終え全オペレーターに指示を出す。

「絶対守護は第一戦闘配備に移行。各処にオセロット王国軍のデータを送信せよ。分析班は参謀本部に状況説明するための資料を10分でまとめよっ! ドッグ内の艦隊司令を旗艦のコンバットオペレーションルームへ呼び出せ」

 次はオペレーターを安心させるため、最高管理者は自身でも信じていない言葉を続ける。

「敵は、たったの5個艦隊。こちらは4個艦隊と、無敵の絶対守護が相手をするのだ。恐れるものは何もない。落ち着いて自分の職務を遂行せよ」

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