終章 ロイヤルオセロット 「全将兵に捧ぐ」
終章 『全将兵に捧ぐ』
参謀のギンツブルク少将が、初めてアゲハに搭乗した時の感想は圧巻だった。飾り気のない宇宙戦艦から、王族用コノエ級宇宙船”アゲハ”へと移動したというギャップもあったのかも知れない。
豪華絢爛な内装だけでなく、船内はゆったりとした空間が広がっている。しかも最新鋭の研究開発設備にパーティー会場や、その招待客の宿泊施設、それ以外に娯楽施設まである。
600メートルという星系内宇宙警備艇クラスの大きさにも拘わらず、宇宙戦艦並みの防御力を誇る。
パーティーの開催前まで、アゲハから共有されたエルオーガ軍との戦闘データを分析していた。その分析結果と、オセロット王国軍参謀本部に所属していた当時、様々な所を視察した知見からアゲハには戦闘以外の設備はないと想像していた。
その常識が全く通じないとは・・・。
司令のパウエル提督によると、琢磨殿は研究開発成果を自らのテストしているという。
兵器開発には常に危険が伴う。
彼は命懸けの研究開発者であり、必要によっては自ら戦闘に加わるという命知らず・・・。
ギンツブルクは思索しながら、パウエル提督に付き従ってパーティー会場にきたが、何故か違和感を覚えた。
パウエル中将は、ステージの端に陣取ったのだ。
「楓艦隊の司令官であるパウエル中将におかれましては、中央にて琢磨殿を迎えるべきと小官は考えますが・・・」
アゲハの第1パーティー会場は、立食形式にすると500名を優に超えるキャパシティーがある。後ろの招待客までホストの挨拶を届けるため、また様々なパフォーマンスを披露するため、ステージが設けてある。
楓艦隊107隻。
将兵約2万人の内、佐官以上を2交代でパーティーが開催される。
「必要があるのだ。棚橋提督と小官にしかできな・・・」
パウエル中将が説明している途中で、琢磨がバックステージから現れたのだ。
将校全員が一斉に敬礼する。
条件反射でギンツブルクも敬礼した。しかしパウエル中将より、1瞬だけ遅れた。
何故、登場前に合図がなかったのか? それに他の将校は敬礼に遅延がなかったようだが?
「ああ、ありがとう。でも今は民間人だからね。必要はないかなぁ」
気楽な調子で、フラッとステージの中央へと歩を進めながら、敬礼は必要ないと手を振っていた。
王族とはいえ王国軍で中将までのぼり、1時退役して予備将官となっている。切り札ともジョーカーとも呼ばれ、王国軍で1番有名な予備将官である早乙女閣下。オセロット王国の国民からは”死の遣わし手”であるというのが、一般的な認識である。
自分のイメージとは全く異なるのだが・・・。
外見は一致しているから本人なのだろう。もしかして影武者か?
琢磨は中央までくると正面を向き、未だ敬礼を解いていない全将校に対して苦笑いを浮かべながら答礼する。
「楽に」
全将校が一斉に敬礼を解いた。
「全将兵諸君」
重々しく語りかけた。
この映像は楓艦隊全艦に流されている。
「鮮やかな艦隊運用での作戦通りの完璧な布陣。巧みで精度の高い攻撃により獲物を罠へと誘導する手腕。何より1個艦隊の進軍速度とは思えない速さによる戦場への到着」
ステージを歩いている様子がなければ、自分のイメージに近かったのだが・・・。
「流石はオセロット王国一とも呼ばれる楓艦隊。その勇姿を存分に堪能させて貰った。私の要求通りの完璧な仕事に、感謝と敬意を表する」
この重圧が”死の遣わし手”・・・。
「はいっ。真面目な話は終了でいいかなぁ。いいよねっ?」
はっ?
「ああ、そうそう。残念ながら今はアルコール類を提供できないから、王国本星に帰還したら楓艦隊全将兵を招待して、早乙女家主催の祝勝パーティーを開催するからね。パーティーに出席するのも将兵の仕事だから業務扱いにするとしよう。当然、来賓は呼ばないから安心して欲しいね」
いや、違う。祝勝パーティーとか戦勝パーティーというのは、参謀本部なり国なりが主催して腹の探り合いをしながら、優秀な将校と友好関係を築く場でしょう。
何故、来賓を呼ばない?
それに、全将兵?
楓艦隊の兵員数は2万人弱だ・・・。
一体全体いくらの金額になるのか?
「う~ん、それだと職場の宴会だなぁ~」
そうそう。職場の宴会を主催しても早乙女家にメリットはないでしょう。
「よしっ、1親等までの家族も招待しようかな? ・・・そうしよう、決まりだね。そうなると・・・家族で楽しめるイベントやアトラクションが必要になるかな。今すぐに手配するとして・・・1週間は必要になるかな? ・・・1週間後の9時開始で16時終了として、場所は基地から一番近いウチの東地区が良いだろうね。招待状は明日には皆のコネクトに送信する。祝勝パーティーの詳細を詰めるには、少し時間が掛かりそうだから・・・開催2日前までには連絡できるかな・・・」
早乙女家の私有地で琢磨主催の祝勝パーティーをする。しかも、将兵の家族まで参加を認めるとなると総勢7万人ぐらいだろうか・・・。
誰も疑問を感じないのか?
ギンツブルク少将が周囲の将校の表情を盗み見る。
真面目な表情の将校。
微笑を浮かべている将校。
満足そうな表情の将校。
ニヤニヤしている将校。
「はいっ、それでは全艦通信終了ぉっと・・・。それでは今より、祝勝パーティー改め慰労会を開始しようかな。皆、楽しんで欲しい」
琢磨が挨拶を締めると、おおおぉぉーーーー、と彼方此方で将校達が喜び叫んだ。
ギンツブルク少将は茫然自失となり立ち尽くす。
何なのだ?
何が起きている?
自由すぎないか?
琢磨殿も大概だが、楓艦隊の将校連まで・・・。
「逃がしはしない、琢磨」
いつの間にかステージにあがった棚橋少将が、バックステージに戻ろうとする琢磨を、その場に縫い止めた。
「それは人聞き悪いなぁ。ボクには準備しなければならないことが、沢山あるんだよね」
棚橋少将の言葉使いと口調が、オセロット王国の軍大学の頃に戻っている。
「ほう・・・。それは折角の再会した友との旧交を温めるより、重要だと? 具体的に何をするのか訊いたいのだが?」
2人は軍大学の同期だった。
オセロット王国の軍事大学は、本人の階級が中尉以上で、少将以上の推薦が必要である。そして少将以上への昇進には基本軍事大学の卒業が必要となる。同期は20代~60代と様々な年齢と経歴の軍人がいる。
「王太子殿下を迎える準備と余興の準備があるかな?」
揚羽と結婚して王族となった琢磨は大尉で任官し、軍事大学に入学した。そこで3つ年下の当時、棚橋中尉と出会ったのだ。
「それで? アゲハにご降臨を賜りますのは何時間後か、正確に教えてもらえないかな?」
「以前はもう少しアバウトだったよね、輝翔?」
「お前との付き合いも長くなったからだ、琢磨」
2人の視線が交錯し、口の端を吊り上げた笑みを交換する。
「さて、琢磨殿。楓艦隊の新しい参謀長を紹介したい」
パウエル中将もステージに上がっていた。
どちらの舞台袖から琢磨が退場しようとしても対応できるように、パウエル中将と棚橋少将がステージの両端で待機していたのだった。
「これはこれはパウエル提督。お久しぶりです」
「それでは、ステージの下で続きをしましょう。このまま我々がステージに上がったままだと、部下が慰労会を楽しめません。それは琢磨殿にとっても不本意でしょう」
肩を竦めて肯定する。
「パウエル提督の言う通りかな・・・。まいったねぇ、ボクが楓艦隊を理解すると、それだけ楓艦隊もボクの事を理解してしまう・・・仕方ないね」
琢磨はステージ下のパーティー会場へと、そのままの姿勢で移動する。ロイヤルリングのミスリル合金で重力を操り、自分自身を浮かび上がらせパーティー会場の中央へ運んだのだ。
琢磨が移動を始めると同時に、パーティー会場の中央にスペースが出来た。楓艦隊の将校は予めスペースを空ける準備をしていたようだ。
生身で中に浮き、移動できるとは・・・。
”死の遣わし手”恐るべし。
琢磨殿は噂通りの人物ではないのだろう。楓艦隊の将校は、誰一人恐れも驚きもしていない。それどころか、既に慰労会を楽しんでいる。
ギンツブルク少将はパウエル中将に促され、琢磨のいる場所に自己紹介のため向かった。
慰労会開始の合図と同時にソウヤが話しかける。
「なあ、遥菜」
「何っ?」
いつも以上にキツイ口調で遥菜がソウヤに応じた。
「そんなに邪険にすんなよ。戦友だろ。それに、ちょっと訊きてーことがあるだけだぜ」
遥菜もそうだが恵梨佳も、微笑を浮かべながらも近づき難い雰囲気を身に纏っている。そのぐらいで恐れ入るようなソウヤたちではないが、周囲の将校は違うようだった。
目が遭えば会釈するが、話しかけようとはしない。
「全将兵と家族まで呼んで、早乙女家に入りきんのか?」
「問題ないわ。それに邸宅には将兵を入れたりしない」
遥菜の発言にクローが疑問を呈する。
「我の耳には早乙女家でパーティーを開催するように聞こえたぞ」
恵梨佳が冷たい口調で答える。
「10万人ぐらいだったら、1箇所で屋内パーティーをすることも可能です。早乙女家の私有地がどのくらいか想像がつかないでしょうね。といっても、実は私も正確に幾つの惑星を所持しているかは知りません。そうですねぇー、オセロット王国の首都”ミカミ”にある敷地であれば、楓艦隊全艦を停泊させて整備するぐらいのスペースはあります。それに邸宅では、将兵が緊張してパーティーを楽しめないですね」
「ウチたちも参加できるの?」
「もちろんだわ、レイファ。すっごく楽しいわよ。幾つかのイベント会社に依頼して、コンサートやゲームとか色々なイベントを、敷地のあちこちで同時並行に行うのよ。どれに参加しようか迷うぐらいだわ」
琢磨が主催するパーティーは、誰もが何かしら楽しめるように配慮する。
そしてパーティーのホストである琢磨は、開催の挨拶だけしかない。琢磨自身が直接人に会って挨拶廻りをしないで済むのだ。というよりも、全体向けの挨拶だけしたらパーティー会場を後にするのを通例としている。大人数出席するパーティーではホストがいなくとも、誰も気にしないで済むからだ。
「なるほど、それは愉しそうだな。だが、今はそれよりも・・・」
ジヨウの視線がテーブルの上に注がれる。
テーブルに次々と温かい料理が調理ロボットにより配膳されているのだ。
「腹減ったぜ。あっちの方に肉がある」
「我も付き合ってやろうぞ」
「仕方がないな」
言葉を発するや否や、ソウヤたち3人は肉の配膳されたテーブルへと向かった。
「ああっ」
遥菜は止めようと手を伸ばしたが、彼らの肉に対する素早い反応には敵わなかった。
「ウチも~っと」
伸ばした手の方向を変え、遥菜はレイファの腕を掴んだ。手を伸ばしていた分、今度は間に合った。
「な~に~、遥菜ぁ?」
「食事をしたければ、アタシから離れたらダメだわっ!」
意味が分からず呆気にとられるレイファに、恵梨佳が小声で注意する。
「私達が傍にいたから遠慮していたようだけど、早乙女家と繋がりがない将校にとっては絶好の獲物ですね。ほら、見てみなさい。将校が群がっていきます。彼らがテーブルにすら辿り着けない様子を・・・」
恵梨佳の言う通だった。ソウヤたちはテーブルに辿り着く途中で将校たちに足止めを喰らい、周りを取り囲まれ動きが封じられた上に質問攻めに遭っていた。
「さあ、私達と一緒に他のテーブルに行きましょう」
「アタシのお薦めは、焼き鳥だわ」
ジヨウたちが前にも後ろにも進めなくなってから2時間になる。クローはファイアット家を知っている将校がいて、今も話が盛り上がっている。
ソウヤはジヨウに説明を丸投げした。そして王女に頼まれた食事を運ぶと口から出任せを吐き、将校連の包囲の輪を抜け出していった。
クローをこのままにしておくと、話がややこしくなるに違いない。
それは、これまでの俺の経験から確実だった。
しかも、肉を取りに行きたいのに、自分より背の高い肉の壁に取り囲まれ、周囲の様子すらわからない状況に陥っていた。
慰労会の最中、パーティー会場の照明の明度が徐々に落ちていった。
何が起きた?
将校連は一斉にステージへと向いている。
肉の壁の間を抜け、恵梨佳と遥菜を探すが見当たらない。ステージが5本のスポットライトで照らし出された。
いつの間にか傍にレイファとソウヤが現れた。
ソウヤに文句を言おうとした。しかしレイファが先に口を開く。
「ステージが始まるよ、ジヨウにぃ。遥菜がベースで恵梨佳さんがドラムなんだってぇ~」
「はっ?」
「ロイヤルオセロットってグループのステージだってよ。驚きだぜ」
「びっくりだよねぇ~。王太子殿下はオセロット王国で有名なアーティストなんだってぇ~」
「王太子殿下がエレキギターでボーカル。揚羽さんがピアノ。蒼真って遥菜の弟が・・・なんだっけ、レイファ?」
「う~ん、良く分からない楽器」
「あっ、ああ。それで・・・」
ソウヤがジヨウの質問を遮って、ステージの開始を知らせる。
「始まるぜ」
ステージ中央の王太子殿下が叫び、ドラムが勝利の勝鬨を告げる。
前奏が始まり、王太子殿下が声を発する。
「まずは1曲目・・・”全将兵に捧ぐ”」
1曲30分にも及び曲の始まりだった。
この曲は、勝鬨を告げる歌から兵士への鎮魂歌、平和を尊び、最後に未来へと向かうという物語を綴る歌であった。
曲にマッチした光の演出がパーティー会場を大いに盛り上げる。
ジヨウは王太子殿下を始めて見た時のことを思い出した。
あの通信の時、冗談や洒落ではなく本気だったのか・・・。
オセロット王国の王族・・・大丈夫か?
いや、オセロット王国の未来・・・大丈夫か?
ジヨウは、大シラン帝国からの脱出先を隣の国だからと安易に決めたことを、後悔し始めていた。
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