第6章 暗黒種族 「僕の優先順位からするとね。君たちは殲滅かな」 3
午後の学習カリキュラムを終えた遥菜は、レイファとお喋りがしたいと考えながら、第3パーティールームに向かっていた。
他の会場は絨毯敷きになっているのだが、第3パーティールームだけは、床も壁も板張りである。
第3パーティールームは100人前後の小規模パーティールームで、格闘訓練に向いている。
ソウヤたちは道場と呼んで、昼食後の2時間を鍛錬に充てている。
エイシの操縦訓練に、1日10時間以上も費やしている。それにも拘らず元気な男達だ。
遥菜が会場に入ると、男3人が約束組手をしている。
「ソウヤたちのやっているのは空手なの?」
入り口近くで壁を背にして座っているレイファに、遥菜は隣に座り声をかけた。
「そうなのぉ~。大和流古式空手だよ~」
「残念ながら、ソウヤが一番強そうにみえるわ」
「そうなんだよねぇ~」
甘い声音で、嬉しそうに返事したレイファの笑顔につられ、遥菜も微笑みを浮かべた。
恵梨ネーとも仲は良いが、姉以外にも同性がいるのは嬉しく、お喋りはストレスの発散になる。そして、彼女の心地好い天使のような笑顔は、遥菜の心を癒してくれる。
「あとね~。ウチ達が暮らしてた”絶対守護”内で開催された総合格闘技大会18歳以下の部で、ソウヤが準優勝したの~」
「素晴らしい成績とは思うわ。思うけど・・・。何というか、準優勝というのが、微妙に凄くないわね」
「優勝すると思ってたんだけどねぇ~、準々決勝で足首を捻挫しちゃって、決勝はウェンハイに・・・」
「ウェンハイ? この前の帝国軍パイロット?」
「う、うん。ソウヤとウェンハイは、大和流古式空手の同門でライバルだったの~。練習の終わりに、いっつも立合いしていて。大体は、時間切れの引き分けだったんだよね~」
その瞬間、遥菜は閃いた。
たしか、ドラマで観たことがあるわ。
全力を尽くして戦うと、2人の間のたわだかまりは消え去り、笑顔になっていた。
そして、ソウヤとウェンハイもそういう関係だったという。
そうならアタシでも・・・。
「ソウヤッ!!」
遥菜が突然大声で呼び掛けた。
ソウヤたちは組手をやめて、遥菜に注目する。
「今からアタシと勝負しなさい。アナタの歪んだ精神を真っ直ぐに矯正してあげるわ。ついでに、アタシのストレス発散も兼ねてあげるからっ!」
遥菜は右手にソウヤを指差し、左手を腰にあて、傲然と言い放った。
「オレたちは道場で、日々大和流古式空手の鍛錬をしてきたんだぜ。オレの相手がテメーに務まるかよ。素人とまではいかないようだが、オレの相手にはなんねぇーぜ」
なんてことなの・・・。
ソウヤの分際で、呆れ果てた表情と揶揄する口調で冷静に応じてきたわ。
・・・だけどね。戦ってもらうわよ。
「ビンシーのチェーンソーブレードは真っ二つにしてあげたわ。イイかしら・・・アナタの眼はね。言うほどの実績はないのよ」
事実を辛辣な口調で挑発する。
「チェーンソーブレードん時は、視る目がなかった。それは認めるぜ。だがよ、立合いや喧嘩なら日常茶飯事だったんぜ。テメーじゃムリだ」
どんな日常を送っていたのよ、アナタ。・・・いや、アナタ達。
「遥菜、止めた方が良い。ソウヤとじゃ体格からして違いすぎだろ」
「私の方は気にしないで、ソウヤがケガしそうになったら、止めてくれればいいわ」
遥菜の揺るがない決意を持つ視線に、ジヨウは抗えなかった。だが彼は、争いを最小限に抑える術は心得ている。絶対守護内では日常茶飯事のことだったからだ。
「仕方ないな。ただし、大和流古式空手の立合いルールで行う。大和流古式空手の立合いルールは、倒れた者への攻撃は禁止。また、3秒以内に立ち上がること。相手が立ったら構えてなくとも攻撃OK。負けはギブアップか、3秒以内に立ち上がれないか、もしくは審判が判断する。防具がないから追加ルールで、目突き金的禁止。それと、審判は俺が務める。立合いは10分間。10分以内に勝負がつかない場合は、ダメージにかかわらず引き分けとする。これ以上は譲歩しない。2人共、それでいいな!」
ジヨウが早口でだが、断固とした口調で全員に言い放った。
ソウヤと遥菜は、それぞれの言葉で肯定の返事をした。
遥菜はワンピースを脱ぎ、艶やかな黒髪を一つにまとめていた。
統合マテリアルスーツを身に着けているということは予測通りだった。
しかし、体の形が良く分かる魅力的な姿にソウヤの目が、つい吸い寄せられてしまう。
均整のとれた肉体に、女性としての魅力を追加した体型。
エメラルドグリーンを基調とした花柄の統合マテリアルスーツ。
凝視しそうになるのを理性で無理ヤリに押さえつけ、ソウヤは道着っぽい服を調える。
オセロット王国の全土に根を下ろしている武道の道着を、レイファが大和流古式空手風に手直ししたものだった。しかし大和流古式空手の道着と比較すると、生地が厚く動きにくい。
効率的な攻防一体の技術と、虚実を織り交ぜ相手を翻弄する技が持ち味の大和流古式空手には、全く適さない道着である事この上ない。
「ソウヤよ。負けそうになったら我が手助けしてやろうぞ」
「バカ言うな。オレか負ける要素なんてねーぜ」
ソウヤは渋々とだが体を動かし、全身の感覚を研ぎ澄ませ立合いに備える。
それにしても、メンドーなことになったぜ。遥菜の技は未知数だが、筋力と体力は圧倒的にオレの方だろう。技が互角ならケガをさせずに抑え込めるだろうが・・・。
「ソウヤァ~。負けそうになっても、顔はダメだよ~」
甘い声音で、レイファが注意してきた。
ソウヤは、うっかりレイファに顔を向けてしまい、魅惑の笑顔を視界におさめてしまう。レイファの視線が、瞳が、語っている。顔への攻撃はマジ許さないと・・・。
レイファの瞳の魔力には抗えない。
ああっと、不満気に肯定するのが精一杯だ。
しかし納得できないぜ。
「2人とも、何でオレが負ける前提なんだ」
それに、だいたい何がしたいんだ、遥菜は?
言い争いは数えきれない程したが、本音で言い合えるのはイイことだ。
ソウヤは、そう考えている。だから、今までにあった遥菜との対立は、まったく気にしていなかった。そんな事ぐらいで神経使ってたら、絶対守護ではやってけない。
「はじめ、の合図で立合いを開始する」
ソウヤと遥菜が、立合いの準備を終えたことを見てとり、ジヨウが宣言した。
遥菜が道場の中央にいるジヨウとソウヤに近づく。ソウヤの体が自動的に戦闘モードに突入する。
「正々堂々と相手して、叩き潰してあげるわ」
遥菜の凛としたソプラノの声が部屋に響き、ジヨウの長いため息が低音域をカバーした。合唱の最後は、テノールの声域の「はじめ」で締められた。
遥菜が距離を詰め、ネコ科のような、しなやかで力強い動きで間合いに入ってくる。
そこからネコ騙し、次いで道着の襟と袖が掴まれ、遥菜が背負い投げを放ち、ソウヤは床に叩きつけられた。
オセロット王国で武道と云えば柔道で、ソウヤたちが着ている道着は元々柔道着だった。
何をされたのか、どういう風に投げられたのかは見えていた。なぜ遥菜に自分が投げられたのか、自分に何が起こったのかが、理解できなかった。
ネコ騙しの前に、体が浮き上がるような感覚を捉え、サイドステップで一旦態勢を整えようとしようとしたのだったが、次の瞬間床に背をついていた。
絶対守護の外殻近傍の通路を歩いていた時の感覚に似ている。
重力が変化したのか?
意図的にやったてーのか?
マジかよ?
カラクリはどうなってんだ?
驚きのあまりソウヤの心が麻痺する。
だが、体は戦闘モードに入っていたため、反射的に右脚を繰り出し、遥菜の脇腹に蹴りを入れてから立ち上がる。右足には分厚い木の板を蹴ったような感触が残っていた。
その違和感は、遥菜が平然と起き上がったのを見て確信に変わった。
鍛え上げられた筋肉ではあり得ない。統合マテリアルスーツの性能か? 今、それを判断する必要はない。生半可な攻撃は通用しないという事実に対しての対策をとるだけだ。
対策として簡単なのは、統合マテリアルスーツに覆われていない場所を攻撃するのだが、顔は攻撃してはならない。
決断すべきは、全力で戦わなければオレがやられる。
相手が女だろうが、負けてやるのは性に合わない。覚悟してもらうぜ!
決意を心で叫び、ソウヤ得意の流麗な連続技で容赦のない反撃にでる。
ソウヤの蹴りが唸り、拳が空気を切り裂く。
「虚実交えての連携を使っているぞ。ソウヤは本気のようだ。それを躱す遥菜もやるようだが・・・なんだ? なにか変だぞ。どう考えれば良いのだ?」
隣に聞いたクローはすぐに間違いに気付いた。隣にいたのはレイファで、両手を握り合わせ顎の下に持っていき、眼を輝かせながら両者の攻防・・・ではなく、ソウヤを見つめていた。
吐息を一つ吐くと、クローは審判をしているジヨウの斜め後ろに移動し尋ねた。
「本気のソウヤの攻撃が通用してないようだぞ。ほとんど躱されている」
「そうだな。あたった攻撃もきっちり防御されている。しかも、ソウヤの攻撃が微妙にずれているようだ。いや、遥菜がずらしているのか? とにかく、受け流されてるな」
ソウヤの攻撃は見た目の流麗さの割に鋭く、重く、速い。それがフェイントを織り交ぜ、連続して繰り出されるているのだ。クローですら、受け切れない攻撃が次々と遥菜を襲っている。
だが、ソウヤの攻めは通用せず、遥菜の攻撃の圧力が、徐々に増していった。
暫くして、遥菜の圧勝で勝負が決着した。
ソウヤはダメージでなく、疲労で動けなくなっていた。
倒れこんでいるソウヤに向かって彼女は、立合いをしてまでも言いたかった事を伝える。
「生きる為に強くなりなさい。アタシより強くなりなさい。・・・それで、全員で、オセロット王国にいくわ。だから・・・その気になったらアタシの部屋にきなさい」
「ダメッ! 女子の部屋になんて・・・あの、その・・・良くない・・・と思うんだよね~」
頬を朱に染め、だんだんとレイファの甘い声が小さくなっていく。
その表情から、遥菜は言葉の綾に気付き、顔を耳まで真っ赤にして大きな声でいう
「あ、いや、違うわ・・・いや、違わないけど・・・違うわ。今度は勝手に入れないようになっているから、コネクトで通信してきなさい。それで・・・、えっと・・・」
レイファから伝染したのか、いつもきっぱりと物を言う遥菜にしては珍しく言い淀んだ。そして一旦深呼吸してから、ソウヤに指さして傲然と言い放つ。
「アタシの使った技のカラクリと、エイシの操縦のコツを教えてあげるわ。わかった? それだけだからね。それ以上でも、それ以下でもないわ」
上半身を起こして唖然としているソウヤ。
呆れ返っているジヨウとクロー。
レイファは、どうして良いか分からないという表情を浮かべている。
皆の態度に迷いつつも、遥菜は確認のためソウヤに尋ねる。
「どう、スッキリしたでしょ。これで、少しだけ仲良くなれるわ」
「なれるかぁあああ!」
「遥菜~。たぶん、それ違うよ~」
「うむ。一方的に叩きのめしたら、友情ではなく憎しみが生まれるだけだぞ」
「男と女が戦う時点で間違ってるだろ」
戸惑い顔に浮かべたあと、今度は別の意味で顔を赤く染めて、遥菜は文句を口にする。
「まったく、もう一人弟が出来た気分だわ」
完全に逆ギレだった。
「オレが弟かよ。逆だ! テメーが妹の間違いだぜ」
「いいえ、どう考えても、アナタが弟だわ」
そう言い放ち、これ以上顔に赤くなる場所がなくなった遥菜が、部屋から立ち去った。
遥菜が出ていった扉から視線を剥がし、ソウヤは首を巡らし、ジヨウとクローをみる。
「弟だろうな」
「弟に違いないぞ」
「なんで即答なんだよ」
ソウヤはレイファに期待を込めた視線を送ったが、やはり期待通りの回答は得られない。
「遥菜さんの弟なら、いいかな~って・・・」
「裏切り者ばかりだぜ」
大の字になって、ソウヤは独り言を口にする。
「それにしても、なんなんだよアイツは・・・。いきなり絡んでくる。弟認定する。それにカラクリってよぉ・・・。でも・・・なんかスッキリしたぜ」
ソウヤは直感力が鋭く、頭の回転も速く、知恵もある。
それでいて遥菜の推察通り、彼は根が単純でもあった。
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