第2章 幻影艦隊 「見えないのは反則だよね~」 4

 ソウヤたち4人は、ジヨウの部屋に集まった。

 慣例となった脱出計画の打ち合わせのためだ。

「疲れたぜ・・・」

 ソウヤはソファーに倒れこむように座った。クローは偉そうな態度を崩さないようにしているが、人の目がなければ横になっているだろう。

「我もだ・・・」

 ビンシー搭乗訓練後の教官による強烈な指導が終了した後だった。

 教官機に勝利してから1週間。

 教官機が2機から3機になり、最終的には4機対4機になった。同数で、しかも本気になった教官相手には、まったく敵わなかった。

 しかし、ジヨウ隊のチームワークと戦力バランスの良さにより、特殊訓練生の中では断トツの成績である。

 4人が定位置のソファーに座ると、この日は珍しく最初から脱出関連の話で始まった。

 大抵は、食事や訓練の話から始めるのだが、今日知った情報はそれだけ重要だった。

「オレたちの初陣の敵は、幻影艦隊じゃなくオセロット王国だってな。・・・運がイイぜ」

 ソウヤの言葉に、全員から笑みが零れた。

 初陣に得体のしれない幻影艦隊と戦うより、通常の敵であるオセロット王国の方が戦いやすく、生き残れる可能性も高いはずだ。しかも攻撃目標は軍事基地でない。

「軍事研究施設の占拠が目的らしいな。いいかソウヤ、焦るな! 判断は冷静にな」

「ふむ、全くだ。それにだ。認めはしたが、我は納得していないぞ」

 心配性で計画的なクセに、どこか抜けている。そんなジヨウが念を押すのは、我慢できた。

 だが、クローの憎まれ口を我慢する必要はない。ソウヤは反撃の口撃をすべく毒づく。

「心配すんなよ、クロー。オメーは置いていってやるぜ。大好きなリールラン大佐の元にな」

 リールラン大佐とは最悪の出会いだった。

 というよりソウヤたちの所業が悪かった所為なのだが、彼らはリールラン大佐に眼をつけられていた。4人の為だけに、特別訓練コースを実施されたことも、一度や二度ではなかった。

 その度にクローが、貴様の振る舞いは封家の一員として恥ずかしいぞ、などと宣ったため、リールラン大佐の対応は、いっそう過剰で過激になっていった。

「ほぉー、偶然だ。我も貴様を置いていこうと考えていたぞ」

 ソウヤとクローが睨みあう。2人の腰が、少しずつソファーから離れていく。

 飛びかかろうとした瞬間、2人の後頭部に手刀がヒットする。

 ソウヤにはジヨウが、クローにはレイファが手刀を落としたのだった。

「第1目標は生き残ることだ。俺達は、どのチームよりも訓練した。チームワークも最高だろ」

 どのチームよりも訓練したのは事実だが、リールラン大佐とクローの所為で余分に訓練させられただけともいえる。しかし、ジヨウは握った拳に視線を集中しながら、尚も続ける。

「第2目標は脱出だ。だが戦闘中に、しかも初陣で脱出タイミングを見極めるのは難しいだろうな。亡命が遅すぎれば投降と見做され捕虜になる。逆に早く亡命したはいいが、オセロット王国が敗走して、俺たちが大シラン帝国軍に捕まるケースは最悪になる・・・。良くて軍法会議の上、懲罰。悪ければその場で射殺だ・・・。やはり慎重に慎重を重ね、熟慮に熟慮を重ねるべき・・・いや、考えすぎて判断が鈍るのも拙いだろうな・・・。ここは・・・」

 そこでジヨウは気が付いた。

 ソウヤたちが彼の話に集中していないことを・・・いや、聞いていないことを。

「あっ、気が付いたね~」

「ようやくかよ。もう残ってないぜ」

「これは我の分だ。渡さんぞ」

 クローはテーブルの皿からオレンジ色の食べ物を、体全体でガードしながら掴む。

「何してるんだ?」

「ジヨウにぃ、非常食の試食だよ~。ほら、2週間たってから大丈夫かどうか食べてみよ~って・・・。今回は、フルーツ味にしてみたの~」

 親指一本分ぐらいの大きさで焼しめた非常食が皿の上に残っていなかった。

 6種類、計12本あったのにも関わらずに・・・。

「うまかったぜ」

「うむ、戦闘糧食など問題にならん。士官食堂の味に匹敵すると言って良いぐらいだぞ」

「俺の分は?」

 尋ねるジヨウに対して、ソウヤは手に持っていた最後の一欠片を、クローは最後の一個を口に放り込んだ。

 唖然とするジヨウをしり目に、2人は大急ぎで咀嚼を終え、返事する。

「今、喉をとおったぞ」

「もう腹の中だぜ」

「お前ら・・・」

「ソウヤの食べた方がミルクイチゴ味で、クローの方がチョコオレンジ味なの~」

 食べ物の恨みは怖いというが、レイファが火に油を注ぐように非常食の解説を加えると、ジヨウの端整な容貌が険しくなる。

「ああ、そうか。説明されても、俺には分からないんだけどな」

「うん、それでね~。ジヨウにぃ、どっちの味を多く作ればいいのかな~?」

 ジヨウが、レイファに対しては珍しく声を荒げる。

「は・な・し・を聞け、レイファ! 俺は食べてないんだからな!」

「うん、そうだね~」

 レイファは、まったく堪えていなかった。

「ふむ、ジヨウよ。良いではないか。気にしない方がいいぞ。我は気にしていないぞ」

「そうだぜ、ジヨウ。今日の作戦会議で、食料の議題は優先度が低いはずだぜ」

 もちろん、クローとソウヤも堪えていなかった。

 会議の再開に15分以上の時間が必要だった。主にジヨウの機嫌直すために時間をとられたのだ。


 帝国軍の拠点攻略部隊は、帝国の勢力範囲外“マーブル星系”の外縁へと進攻していた。

 マーブル星系は惑星数が1、準惑星が6という小星系である。ゆえに惑星開発に不適格なため、帝国、オセロット王国双方にテラフォーミング計画はなく、行政的な価値は皆無とされている。

 帝国本星からは遠く離れていて、その上オセロット王国を侵略する際の侵攻コースにもなり得ない。政治的、軍事的にも価値のない星系である。

 しかし、つい最近オセロット王国の秘密軍事研究所の存在が明らかになった。帝国の諜報部隊と兵装開発部隊が、幻影艦隊の共同調査を実施していて、偶然にも発見したのだった。

 何故こんなにも価値のない星系に研究所があるのか、と帝国軍内で疑問が噴出したが事実存在するものは存在する。

 その後、慎重な調査を重ねた結果、幻影艦隊に対抗する兵器開発の為の研究所であると判明したのだった。

 帝国軍上層部は、疑問への解答を脇に追いやり、急いでオセロット王国の拠点攻略作戦という建前で、研究開発成果と開発されたであろう兵器の強奪作戦が計画された。

 その作戦計画に急遽参加したのが、バイ・リールラン大佐率いる特殊訓練第一期生である。

 しかも、ガンフェン級宇宙空母”ウーゴン”という帝国軍が誇る最大級の宇宙空母を擁しての参加であり、マーブル星系軍事研究所攻略部隊は戦力の増強を・・・喜ばなかった。

 オセロット王国の軍事研究所の守備戦力は、諜報部隊の偵察結果から、多く見積もって宇宙戦艦6隻と断定した。そこで参謀本部は、倍以上の戦力を揃えたのだった。勝利は決定している中、そこに新たに戦力が増えることは、戦功の獲得競争が激しくなることを意味する。

 帝国軍内では軍閥が幅を利かせていて、少しでも自分の所属している軍閥に功績を与えられるよう腐心する。この計画も帝国軍内で調整を重ねた結果で決定したのである。それにも関わらず、バイ・リールラン大佐の部隊は無理やり合流した。これでは歓迎される訳はない。

 攻略部隊の司令官サハシは、バイ・リールランを邪魔するという強い誘惑にかられたようだったが、リールラン大佐は封家序列第2位バイ家の令嬢である。そのバイ家の威光を恐れたのと、作戦参謀の意見具申で冷静になり、リールラン大佐の部隊を極めて公正に扱うことにした。

 その結果が、宇宙空母ウーゴンを研究所のある準惑星の攻略担当にすることだった。

 そもそも、ビンシーのような人型兵器は基地や要塞攻略を得意としている。小回りの利く機体を生かし基地にとりつき、内部から破壊したり占領したりするのだ。

 公正な扱いだった。表面上は・・・。この役割は、初陣の部隊にとって荷が重すぎているが・・・。


 宇宙空母ウーゴンのブリーフィングルームに特殊訓練生第1期生が集合していた。

 ブリーフィングルームの壇上でリールラン大佐は、帝国軍内の政治的駆け引きには一切触れず、初陣には生還率が高い作戦に参加し、実戦経験を積んでもらうと告げた。敗戦続きで大シラン帝国存亡の危機という窮状にも一言も触れず、武勲をあげ生き残れば大シラン帝国での明るい未来が待っていると特殊訓練生を焚きつけた。

 リールランが壇上から降りると、ブリーフィングルームの巨大ディスプレイに作戦が表示され、その横に立つ作戦参謀から作戦詳細が語られた。

 艦隊の布陣と研究所との位置関係は、ディスプレイと特殊訓練生の間の上方に、ホログラムで映し出されている。

 作戦参謀が時に熱く、時に淡々と作戦の成功パターンの数々を語ると、若い者の多い特殊訓練生の一同は、作戦の成功は既定であると楽観視した。特殊訓練生の一部を除いて明るい表情で未来へと思いを馳せていた。

 作戦参謀の説明が終わり、リールランは再び壇上に上がり、特殊訓練生に希望を与え、士気を高める演説を始めた。

「・・・自らの手で、名誉と地位を手に入れよ。諸君らの奮闘を期待する」

 最後にバイ・リールラン大佐が話を締めて、特殊訓練生第1期生の初実戦前のブリーフィングが終了したのだった。

 ブリーフィング後、ソウヤたちは当然の如くジヨウの部屋に集まった。

 もちろん脱出計画の作戦会議のためなのだが、初陣が迫っている今回ですら、まともな会議にならない。

「いよいよ初陣だぜ」

「ソウヤ、見極めは慎重にするのだ。我は、貴様の尻拭いをしたくないぞ」

「そういう場合、7:3でオレの方が迷惑してるんだぜ」

「貴様は、自分で自分の後始末をする意識がないのか?」

「なに言ってんだ。後始末はジヨウの役目だぜ」

 ソウヤのシレッとした物言いに、クローが即座に納得する。

「なるほど!」

 ジヨウが大声で突っ込む。

「納得するな、クロー! 何で俺が・・・」

「ジヨウにぃは、必ず助けてくれるよね~」

 レイファが魅惑の笑顔と、甘い声音で言った。

「やりたくてやってるわけじゃない。どちらかというと、仕方なく・・・」

 すぐさま反論のセリフを口にしたジヨウだったが、レイファ相手だと強く言えず、何故か言い訳しているようにしか聞こえない。

 そのジヨウの言い訳っぽい台詞を最後まで言わせず、ソウヤが言い放つ。

「関わったらなら、最後まで責任を持つもんだぜ!」

「うむ、その通りだぞ、ジヨウ。我々は一心同体。そして貴様は、リーダーにして最終責任者だろう。しっかりするべきだぞ」

「なんで俺が責められるんだ? 非難されるべきはソウヤだろ」

「ちょっと待てよ。俺1人が悪者かよ?」

 話が逸れかかっている。というより、逸れまくっているのをジヨウが強引に戻す。

「いいか、これは戦争なんだ。そして、命懸けなんだ。1対1の立ち合いだって想定通りに進まない。ましてや、帝国軍の戦力分析が正しいなんて言い切れない。負け戦になるかもしれないんだ。だけどな、俺たちの勝利は帝国軍が勝とうが負けようが、4人揃って生き残ることだ」

「でもね、ウチ思うんだ~。4人一緒なら、どんな状況になっても、生き残れるよ~」

 レイファの穏やかな微笑みと、甘い響きの声で断言した。そのおかげで、一旦は引き締り緊張した空気が霧散し、ソウヤとジヨウ、クローの表情に良い意味での余裕が生まれたのだった。

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